66話 弟子の婚約者
「……キバ・シュロウガは、拙者の両親が決めた婚約者なのです」
落ち着きを取り戻した後、ノドカが事情を話してくれた。
ノドカ曰く……
ノドカの家は剣の道場を開いていて、たくさんの門下生を抱えている。
そのような家に生まれたノドカは、そうすることが当たり前のように、自身も剣の道を歩んでいくことに。
ノドカは才能を発揮して、どんどん力をつけていく。
本人はそのことを喜び、ますます剣の道に没頭していくものの……
彼女の両親は、それを良しとしなかったらしい。
女の子なのだから、女の子『らしく』あってほしい。
剣に興味を持ち、理解してくれることは嬉しいが、しかし、それよりも家庭に目を向けて欲しい。
女性が家を守る、というのは古い考えではあるが……
ノドカの両親は、そう考えるのが自然だったという。
そんなある日、新しい門下生であるシュロウガがやってきた。
シュロウガもまた剣の才能を持つ。
屈指の実力者となり、ノドカも上回る。
ノドカの両親はシュロウガの力に惚れて、彼に道場を継いでほしいと願うようになり……
あろうことか、勝手にノドカとの婚約を決めてしまう。
これに反発したノドカは、家を飛び出した。
そして、二度とシュロウガに負けないために、さらに剣の道を邁進するために、おじいちゃんを訪ねることにした。
「……と、いうわけなのです」
「なにそれ! 女性が家を守るとか、ばっかみたい! 時代錯誤も良いところじゃない!」
アルティナは怒っていたものの、俺は、一理あるなと思っていた。
共に働いているうちは問題ないが、家や子供などの守る者ができれば、どちらかが家に残らなければいけない。
そこで女性が、という考えになるのは、単に俺が古い考えを持つおっさんだからだろう。
……この辺りも矯正しないといけないかもな。
「拙者は……剣が好きなのです。今はまだ拙いとしても、いずれ、大陸に名を轟かせるような剣士になりたいのです。それなのに、剣を捨ててしまうなんて……ましてや、あのような粗暴な男の妻などになんて、絶対に無理なのであります!」
「粗暴……酷い男なのかい?」
「この手紙を見ていただければ、シュロウガのことがそれなりに理解できるかと」
ノドカが手紙を差し出してきた。
アルティナが隣から覗き込む。
『よう、ノドカ。未来の旦那様であるキバ・シュロウガ様だ』
『まったく……手間をかけさせてくれるな? 家出なんていう、子供のようなわがままを見せるなんて、さすがの俺様もびっくりだ』
『女のくせに剣を学びたい? 笑わせるな。そんな必要はない。女なら女らしく、俺様の言うことを聞いていればいい。それだけでいい』
『それに、ノドカは俺様よりも弱い。そして、俺様は強い。弱者が強者に従うのは自然の摂理だろう? そんなことも理解できないから、ノドカはダメなんだよ』
『すでにお前の居場所は掴んだ。この手紙がその証拠だ。後日、俺様が直接迎えに行ってやろう。光栄に思え』
『ノドカの剣士ごっこと、子供のようなわがままは終わりだ。女として、俺の子を産む準備をしておくといい。いいな? これはお願いではなくて命令だ……以上』
「「うわぁ……」」
手紙を読み終えた俺とアルティナは、ドン引きだ。
俺も時代錯誤な人間だとは思うが……
まさか、俺以上の、ここまで酷い者がいたなんて。
「これ、マジで酷いわね……怒りが湧いてくるよりも先に、引いちゃったわ」
「本当にな……女性を物としてしか見ていないようだ」
本人に会ったことはないのだけど……
手紙を読んだだけど、シュロウガという者の歪んだ思念が伝わってきた。
「実物は、お二人が想像している二十倍は酷いであります」
「「マジか」」
そこまで言われてしまうと唖然としてしまう。
想像の二十倍は酷い……
いやはや。
本当に想像できないな、これは。
ただ、ノドカが嘘を吐いている、誇張表現をしているとかは思わない。
彼女は良い子だ。
まだ短い付き合いだけど、それでも、優しく思いやりのある子というのがわかる。
そんなノドカに、ここまで言わせてしまうのだ。
よほど……なんだろうな。
「拙者、あのような野蛮人の妻となるくらいならば、自ら腹を切りましょう。しかし、なにもせずに死を選ぶことは逃げることに他ならず……せめてあがいてみせようと、剣の腕を磨くべく、トマス師匠の下へ参った次第です」
「そういう理由があったのか……」
「ノドカって、けっこう苦労人なのね……」
思っていたよりも大変な話に、俺とアルティナはすっかり同情していた。
「師匠、アルティナ殿。短い間でありましたが、ありがとうございました。お二人と過ごした時間、拙者の宝物です。この先、どうなろうと、お二人のことを忘れることは絶対にないでしょう」
「……なにを言っているんだ?」
「え? いえ、あの……別れの挨拶を……」
「なぜ、別れることになる?」
「え?」
ノドカがキョトンとした顔に。
「ノドカは俺の弟子だ。ならば、弟子の問題は師匠の俺の問題でもある。なにができるか、それはまだわからないけど……全力でノドカのためにがんばろう」
「が、ガイ師匠……しかし、拙者の問題で迷惑をかけるわけには……」
「迷惑なんて思っていない。むしろ、それくらい頼ってほしい」
「うぅ……し、しかし……あいたぁ!?」
アルティナがじれったそうにしつつ、ノドカの頭を小突いた。
「もうっ、うだうだ言わない! だいたい、本当に巻き込みたくないなら、あたし達になにも言わずに消えるのがベストでしょ? それをしないっていうことは、ノドカは、助けてほしいって思っているのよ!」
「あぅ、そ、それは……しかし、拙者のせいでお二人に迷惑をかけてしまうなんて……」
「いいんだよ」
「……ぁ……」
ノドカが泣いている子供のように見えて、そっと頭を撫でた。
「俺は、病気になっておじいちゃんに助けてもらった。迷惑をかけてしまったと、その時は申しわけなく思ったが……おじいちゃんは、なにも気にしていない。むしろ迷惑をかけてもらった方が家族らしくて嬉しいと笑っていたよ」
「……ガイ師匠……」
「だから、ノドカも気にする必要はないんだ。どうしても気にしてしまうのなら、いつか、俺達が困った時に力を貸してほしい。それでいいんだよ」
「……あぅうううううーーー、あびがどうごじゃりますぅ……」
ノドカは我慢できずに涙を流して、でも、笑顔で……
ひしっと、しがみついてくるのだった。




