65話 手紙
おじいちゃんの家に戻り、1週間が経った。
人里から離れているせいか、時間がゆっくりと進んでいるかのようだ。
エストランテで冒険者として活動するのも良いのだけど……
こうして、のんびり過ごすのも悪くないな。
……とはいえ、きちんと剣の鍛錬は続けている。
「「97、98、99……100っ!!」」
「よし、そこまで」
「「はふぃいいい……」」
素振りを終えると同時に、アルティナとノドカがその場に崩れ落ちた。
互いに背中を預けるようにして、ぐったりだ。
「いつものことながら、疲れたわ……」
「こんなにも辛いものだったのでありますね……拙者、甘く見ていたであります」
「このおかしな素振りを、師匠は1万回……1時間で終わらせているんだから、本当、おかしいわ」
「そうですね、おかしいで……い、いえっ! 拙者はそのようなことは思っていません!?」
「えっと……とりあえず、おつかれさま。ほら、冷えたドリンクだ」
気になる発言はあったものの、気にしないことにした。
「ありがと、師匠」
「ぷはーっ、生き返るであります!」
「二人共、良い感じだ。たった1週間で、ずいぶん成長したな」
「そう……かしら?」
「あまり実感はないのですが……」
「そんなことはないさ。1週間前は、素振り100回をこなすのに30分くらいかかっていたけど、今は20分で終わっている」
「そう……なの?」
「ノドカは、昔、おじいちゃんに剣を習ったことが活きているんだろうな。たぶん、俺と同じやり方が合っているんだろう。それとアルティナは、そんなノドカが良い刺激になって、今まで以上に成長しているよ」
「ガイ師匠……ありがとうございます!」
「そっか、ノドカが……」
それぞれ嬉しそうな顔に。
その気持はよくわかる。
剣が上達した時、鳥になって羽ばたいたかのような、そんな開放感を得られるんだよな。
それは気持ちよくて、そして、心地良い。
だからこそ、もっともっとがんばろう、という気持ちになれる。
二人の師匠として、良い感じに伸ばしていかないとな。
決して、やる気を折るようなことをしてはいけない。
「じゃあ、二人共、シャワーを浴びてくるといい。その後、食事にしよう」
「「やったー!!」」
アルティナとノドカは子供のように喜び、家の中に駆けていった。
姉妹のようだ。
身近に良いライバルがいると、大きく成長できると聞く。
二人は、もっともっと強くなれるだろうな。
「よし」
師匠として負けていられない。
俺はもう少しだけ、追加で素振りをするのだった。
――――――――――
激しい鍛錬をずっと続けていても効果は薄い。
むしろ体を壊してしまう可能性の方が高い。
なので、午後はゆっくりと、のんびりと過ごしている。
「師匠」
家の増築工事を進めていると、アルティナに声をかけられた。
いつまでも庭でテント生活もあれなので、新しく俺の部屋を作ることにしたのだ。
「調子はどう?」
「もう少しで完成、というところかな。見てくれ、良い感じだろう?」
「……本当に良い感じね。これ、専門の職人が建てたといっても通用すると思うんだけど……」
「この家、おじいちゃんと一緒に何度も何度も修理したり、改築してきたりしたからな。慣れているのさ」
「あぁ、なるほど。それなら納得だわ。剣士なのに意味不明に大工も得意とか言われたら、あたし、師匠の頭をひっぱたいていたかも」
「なぜ……?」
「師匠の非常識さを叩いて修正しようかと」
理不尽すぎやしないか……?
「あ、そうそう。ところで師匠、手紙が届いていたわよ」
「……なんだって?」
「なんで、そんなに驚いているのよ?」
「こんな人里離れた山奥の家に手紙が届くなんて、滅多にないことだったからな……おじいちゃんがいた頃も、半年に一回、手紙があるかないか、といった感じだ」
「言われてみると……それにこれ、ノドカ宛なのよね」
「それこそ、おかしな話じゃないか……?」
以前から、ノドカがここに住んでいたといっても、それでも、そこまで長くないと聞いている。
それなのに、相手はどうやってノドカの居場所を知ったのだろう?
「で、ノドカに手紙を渡そうと思って探しているんだけど、見当たらなくて……師匠、知らない?」
「ノドカなら狩りに出たな。たぶん、そろそろ帰ってくるんじゃあ……」
「ガイ師匠! ノドカ、ただいま戻りました!」
「ああ、ちょうどいいところに。おか……えり?」
ノドカは刀に獲物である猪をくくりつけて帰ってきた。
返り血は浴びたまま。
髪もぼさぼさになっていて……
剣士としては問題ないのかもしれないが、年頃の女の子としてはアウトだ。
どこまでできるかわからないが、師匠として、剣だけではなくて女の子らしさも教えなくては。
「ノドカ……獲物の血抜きなどは俺がやっておくから、シャワーを浴びてきなさい。アルティナ、手伝ってあげてくれるか?」
「オッケー」
「む? しかし、拙者は別にシャワーなんて……」
「いいから行くわよ! あんた、女の子として終わっているわよ」
「そこまで!?」
アルティナに引きずられて、ノドカは家の中に消えた。
苦笑しつつ、俺は、ノドカ宛の手紙の裏を見た。
差出人は、『キバ・シュロウガ』となっていた。
――――――――――
「むぅ……シュロウガから手紙、ですか」
シャワーを浴びて、アルティナに色々と整えてもらい……
スッキリしたところで手紙を渡すと、ノドカが苦い顔に。
「友達か?」
「まさか! あのような卑劣漢、決して友達などではありませぬっ。あのような輩を友達とするならば、拙者は、アリを友達にするでしょう!」
良い子のノドカに、ここまで言わせるなんて……よほど嫌っているみたいだな。
関係が気になるが、しかし、プライベートに踏み込んでいいものか。
……いや。
師匠なのだから、剣を教えるだけでいいわけがない。
弟子がなにかしら問題を抱えているのなら、それを解決するのも師匠の役目だ。
俺が目指すのは、形式だけの師匠ではない。
おじいちゃんのように優しく強く、そして、人に頼られるような剣士なのだ。
「ノドカ。なにか難しい顔をしているが、問題が?」
「い、いえ、そのようなことは……」
手紙を読み終えたノドカは、さきほどよりもさらに難しい顔になっていた。
怒りと、それと怯え。
その二つが入り混じった、今までに見たことのない顔をしていた。
……こんな顔をして、放っておけるわけがないな。
「なにかあったのなら、教えてほしい。俺では頼りないかもしれないが、多少は力になれることがあるかもしれない」
「ガイ師匠が頼りないなんて、そのようなことは! ただ……これは、拙者の問題ですゆえ……」
「あほなの?」
「あいたっ」
アルティナがノドカにデコピンをした。
「そんな泣きそうな顔をして、放っておいてくれとか、できるわけないでしょ?」
「せ、拙者は……」
「師匠も……それに、あたしも心配なのよ。だから、話しなさいよ、ほら」
「アルティナの言う通りだ。俺達は師と弟子という関係だが、俺は、それ以上に家族だと思っている。ノドカの問題は俺の問題だ。強制はしないが、できることなら話してほしい」
「ガイ師匠、アルティナ殿……うぅ、拙者は幸せ者です……うわぁあああーーーんっ!!!」
ノドカは泣き出してしまい、そのままの勢いで俺に抱きついてきた。
「ちょっ……!? こらっ、師匠に抱きつくんじゃないわよ!」
「まあまあ。よくわからないけど、今くらいは甘えたいんだろう。もう大丈夫だからな」
「むぅ……」
「うぅ、ガイ師匠……」
アルティナに拗ねられて、ノドカに泣かれて。
場は混沌としていたものの、一歩、前に進むことができたような気がした。




