63話 二人目
「拙者、ガイ殿の剣の腕に惚れました。どうか、拙者を弟子にしていただけないでしょうか?」
手合わせを終えて、再び家の中。
ノドカが床に膝をついて、深く頭を下げた。
「いや、落ち着いて。とりあえず、そんなことはしないでくれないか」
「いえ、弟子にしていただけるまで、この頭、上げるわけにはいきませぬっ」
「そう言われても、俺は、弟子を取れるような大層な人間じゃないのだが……」
「ちょっと師匠、それじゃあ、あたしはどうなるのよ?」
「アルティナは……」
しまった、反論できない。
すでにアルティナを弟子にしている以上、俺が未熟だから、とか、そういう言い訳は通用しないんだよな。
というか……
「アルティナは、ノドカの味方なのか?」
「まぁ……思うところは色々あるけど。でも、この子の剣に対する姿勢は本物だと思うから。なら、同じ剣士として、気持ちは痛いほどわかるから、応援しちゃうわ」
「ふむ」
アルティナが反対しないのなら、無理に拒むこともないか。
俺も、冒険者ランクがEになった。
なんだかんだ、うまくやれているのではないか?
わりと良い感じに……いやいや。
自惚れるな。
油断と慢心は大敵、おじいちゃんによく言われていたことじゃないか。
それに、俺は、ずっと田舎にこもっていたおっさんだ。
それなのに調子に乗れば、破滅しか待っていないだろう。
とはいえ。
「……わかった。ノドカの弟子入りを許可しよう」
「本当でありますか!?」
「ああ、いいよ。ただ、俺は今までものを教えた経験が少ないから、うまくできるかどうか、そこが不安なんだ。教えられることは教えるものの、全てうまくいくかわからない。だから、見て覚える、ということも考えてほしい」
「了解いたしました! そして、ありがとうございます!」
ノドカは勢いよく立ち上がり、びしっと敬礼した。
なんていうか……
とても元気な大型犬を相手にしているかのようで、ちょっと微笑ましい。
もしも彼女に尻尾があったのなら、ぶんぶんと左右に振られているだろう。
「では、ガイ師匠! さっそく、剣を……!」
ノドカは笑顔でぐいぐいっと詰め寄ってきて……
キュルルル。
可愛らしい音が鳴った。
「……あ……」
ノドカが赤くなる。
なんともいえない空気が流れる。
「……先にごはんにしようか」
「はい……」
とても恥ずかしそうに頷くノドカだった。
――――――――――
食事の後、まずは、ノドカに剣の心構えや、俺の教えについての考えを語る。
アルティナにもしたことだ。
幸い、俺の考えに理解を示してくれた。
ノドカはとても感激した様子で、「なるほど!」と連発していた。
その反応は教える側としては嬉しいのだが……ふむ。
これは、責任重大だな。
アルティナは元より、ノドカも大きな才能を持つ剣士だ。
すでに完成されているように見えるが、そうではない。
まだまだ成長する要素を残している。
しかし、きちんと導かないと、その才能も腐ってしまうだろう。
「師匠になったからには、しっかりしないとな」
改めて気合を入れ直す俺だった。
――――――――――
「……と、いうわけで、基本はこの素振りをするように」
「……」
その後、俺がいつもしている素振りをノドカに教えた。
とても単純な素振りではあるものの、しかし、剣を収める上で一番大事な基礎だ。
ここをしっかりと強化することで、より強く、より高みに登っていくことができる……と思う。
そう考えて素振りを教えて、実践してみせたのだけど……
「え? え? え?」
なぜか、ノドカは唖然としていた。
それから、助けを求めるような視線をアルティナに向ける。
「あ、アルティナ殿……拙者、あのような無茶苦茶な素振りをしなければいけないのですか……?」
「ええ、気持ちは痛いほどわかるわ。ものすごい絶望よね? でも、大丈夫」
「それじゃあ……!」
「そのうち慣れてくるわ♪」
「あぅううう……」
助け舟を出してもらえず、ノドカはしくしくと泣いた。
「師匠も鬼じゃないから、大丈夫よ。なにも、いきなり完璧にこなせ、っていうわけじゃないし。少しずつ慣れて、完成させていけばいいの。あたしだって、未だにぜんぜんできてないし、回数だってまったく足りていないし……あ、思い返したら凹んできた。あはは……やっぱり、あたしは井の中の蛙ね、げこぉ」
アルティナが壊れた……?
「くっ……これが強くなるための道ならば、拙者、なんとしても歩みきってみせましょう! では、さっそく!」
ノドカが素振りを始めて……
「あ、まった」
「はい?」
「構えがちょっとズレているのは……まあ、いいか。刀っていう変わった剣を使っているから、そのせいだろう。ただ、重心がズレているのは気になるな」
「なんと!? 一目でそこまで見抜くとは……」
「それと、振り下ろす時だけじゃなくて、振り上げる時も剣をピタリと止めること。一つの動きを常に完全に再現するんだ」
「なるほど……」
「あと、気を練るのと、感謝の気持ちを捧げるのを忘れずに。精神論になってしまうけれど、しかし、とても大事なことだ。剣の道は心の鍛錬。心を鍛えることで剣も鍛えられる」
「な、なるほど……」
「もう一つ、付け足すのなら、剣の軌道が毎回、微妙にズレているのも気になるな。これも同じにしてほしい。それと、手足に力が込められすぎている時もあれば、逆に抜けすぎている時もある。ああ、あと、体の芯のバランスもたまにおかしいな。刀を使う癖だろうか? その辺りを意識しつつ……そうそう。それと、剣の重さもしっかりと感じて、意識してほしい。それから……」
「……ぶしゅぅぅぅーーー……」
「ノドカ!?」
ノドカは、目をぐるぐると回して倒れてしまった。
もしかして、体調が悪かったのだろうか……?
「いや、完全に師匠のせいだからね……?」
なぜだ……?




