61話 兄妹弟子
「も、申しわけありませぬっ……! 誠に、誠に申しわけありませぬっ!!!」
あれから、呆然としている女の子に、ここは俺の家ということを伝えて……
なにやら心当たりがあったらしく、態度を一転。
その場に膝をついて、地面に頭と両手をつけて、とんでもない謝罪をされた。
「まさか、兄弟子に剣を向けてしまうとは……」
兄弟子?
「拙者、なんという愚かなことを! かくなる上は切腹をいたします!」
「切腹?」
「腹を斬ることです」
「やめてくれ!?」
「あんた、なに考えてんの!?」
当たり前だけど、俺とアルティナは慌てて止めた。
ついでに、土下座もやめさせた。
「別に、俺は気にしていないから」
「し、しかし……」
「それよりも……とりあえず、中で話さないかい? 外は暑いだろう」
「賛成。あたし、もう喉がカラカラよ。あんたもそうでしょ?」
「……かしこまり申した」
変わった喋り方をする子だな?
不思議に思いつつ、家の鍵を開けて中に入る。
「鍵を……師匠の弟子ということは、本当だったのですね。うぅ……重ね重ね申しわけありませぬ。やはり、拙者は切腹して詫びるしか……」
「だから、それはやめてくれ。アルティナ、その子を頼む。俺は、飲み物を準備してくるから」
「はいはい。まったく……おかしな子が現れたものね」
その後……
冷たいドリンクといくらかのお菓子を用意して、三人でテーブルを囲む。
「俺は、ガイ・グルヴェイグ。この家の家主の孫で……今は、俺が家主になるのかな?」
「なんと!? トマス殿のお孫様であられましたか!?」
「あたしは、アルティナ・ハウレーンよ。一応、剣聖の冒険者。で、今は師匠の弟子」
「剣聖であられましたか!? あぁ、つくづく、愚かな自分が許せませぬ……切腹がダメというのならば、指を切り落として捧げることで……」
「「いるかっ!!」」
俺とアルティナの声がぴたりと重なる。
「それで、キミのことを教えてもらえないだろうか?」
「し、失礼いたしました! 拙者は、ノドカ・イズミと申す者であります。ここに暮らす、トマス・グルヴェイグ殿の剣の弟子であります」
「えっ、おじいちゃんの!?」
おじいちゃんが他に弟子をとっていたなんて話、初耳だ。
でも、納得だ。
だから兄弟子と呼んでいたのか。
それに、彼女の剣には覚えがある。
おじいちゃんの弟子だからだろう。
だからなのか、すんなりとノドカの話を信じることができた。
「トマス殿は、時折、拙者が暮らす街にやってきて剣を教えていられました。拙者はトマス殿の剣に魅了されて弟子入りをしたのです」
「なるほど……そういえば、おじいちゃんって、たまに長期間、家を空ける時があったな」
俺が小さい頃は、ずっと側にいてくれたけど……
成人してからは、たまに家を空けるようになっていた。
ノドカが言うように、各地に赴いて剣を教えていたのだろう。
それで日銭を稼いでいたんだな。
「ねえねえ、師匠のおじいさんって、そんなにすごい人だったの?」
剣の話になるとわくわくするらしく、アルティナの瞳は子供のように輝いていた。
ノドカも同じ性格らしく、とても嬉しそうに語る。
「それはもう! トマス殿の剣は、まさに至高。天下無双の一言に尽きますな。力強く、それでいて繊細で、どのような相手にも負けることはない。拙者、トマス殿の剣を見て一目惚れをしてしまい、その場で、弟子入りだけではなくて求婚してしまったほどです」
「ごほっ」
そこまでしていたのは予想外だ。
「もっとも、子供の頃の話なので、軽くあしらわれてしまいましたが。拙者も、恋もなにもわかっていなかった頃の話。今思えば、あれが拙者の初恋なのかもしれぬ」
「んーーー……そういう話、大好き♪ 剣もいいけど、やっぱり乙女として恋バナも避けられないわよねー」
「ふむ。そなたとは気が合いそうだ」
「あたしも」
二人は笑顔で握手をした。
よかった、すぐに仲良くなれたようで。
「ところで……もしかして、ノドカがここに住んでいたのかい?」
「はい。トマス殿に本格的に弟子入りをしたく、街を出てここまでやってきたのですが、あいにくの不在でして……ただ、トマス殿からは、いつでも好きにやってきて自由にしてよいと、鍵を渡されております故」
ノドカが鍵を見せてくれた。
うん、確かにこの家の鍵だ。
でも、おじいちゃんから鍵をもらうなんて、すごいな。
おじいちゃんは人が良さそうに見えて、かなり警戒心が高い。
幼い頃、後継者争いに敗れた影響なのだろう。
だから、一見、人当たりは良さそうに見えて、しかし、心まで晒すことはない。
そんなおじいちゃんの信頼を勝ち取ったというのだから、この子は信頼してもよさそうだ。
「そっか。それで、家が綺麗だったのか」
「ガイ殿は帰郷ですかな? でしたら、残念ですな……トマス殿は、未だ出かけている様子。いつ戻られるか、拙者もわからないのです」
「あー……そのことなんだけど」
「?」
――――――――――
「そう……でしたか。トマス殿は、すでにこの世を……」
かわいそうだけど、事実を隠しておくわけにはいかない。
おじいちゃんがすでに他界していることを告げると、ノドカは酷く落胆した様子で俯いてしまう。
「あたし達は、師匠のお父さんの墓参りに来たの。だから……あなたも一緒にしない?」
「拙者も……よろしいのですか?」
「嫌なわけないじゃない。そうでしょ、師匠?」
「ああ、もちろんだ。同じ人に剣を教わった者同士、おじいちゃんに挨拶をしに行こう」
「……はいっ!」




