60話 そろそろ気になってきた
エストランテにやってきて、そろそろ3ヶ月が経とうとしていた。
季節は夏へ移り変わり、陽が長く、暑くなってきた。
最初の頃は色々な事件が起きたものの、今は落ち着いている。
冒険者稼業も順調で、つい先日、Eランクに昇格することができた。
でも、これに慢心せず、もっと精進していこうと思う。
「うーん」
「どうしたの、師匠?」
朝。
宿の一階でアルティナと一緒に朝食を食べている時、ふと、とあることが気になり……
そんな俺を見たアルティナは、不思議そうに小首を傾げた。
「いや……そろそろ、おじいちゃんの墓参りに行った方がいいかな、って」
「師匠のおじいちゃんの?」
「おじいちゃんが亡くなって3ヶ月とちょっとなんだけど、けっこうな山奥だから、ちょっと墓が大変なことになっているかもしれない」
「そっか……ふむ」
アルティナは考える仕草を取る。
それから、明るい顔で言う。
「それなら、あたしもお墓参りに連れて行って?」
「え、アルティナも?」
「師匠のおじいちゃんっていうことは、あたしにとっても家族みたいなものよ。そりゃまあ、一度も会ったことはないけど……でも、ちゃんと挨拶しておきたいかな、って」
「アルティナ……ありがとう。きっと、おじいちゃんも喜ぶよ」
そんなわけで、里帰りが決まった。
しばらく街から離れることをリリーナに告げて、残念がられて。
旅の準備をして。
そして翌日、エストランテを出発した。
――――――――――
「よし、到着だ」
エストランテを出発して、1週間で家に到着した。
鍛錬も兼ねて半分くらいは走っていたから、それで大幅に時間を短縮できたのだろう。
「へぇ、ここが師匠の家なんだ」
アルティナは、興味津々といった様子で家を見る。
小さな山小屋だ。
それと、同じく小さな物置き。
裏手は畑と、鍛錬をするための広場があるものの……まあ、それだけだ。
「なんてことのない、普通の山小屋だろう?」
「そうね。小さくてどこにでもあるような感じで……でも、あたしは好きよ。なんていうか、温もりを感じるわ。きっと、師匠とそのおじいさんの思い出がたくさん詰まっているのね」
「ありがとう、そう言ってくれると嬉しいよ」
「でも……」
アルティナが小首を傾げた。
「ここ、3ヶ月くらい放置されていたのよね? それにしては、なんだか、思っていたよりも綺麗というか……」
そこは俺も気になっていた。
この辺りの土壌は栄養豊かで、植物の生育が早い。
だから、ここにいた頃は、毎朝、鍛錬の後に雑草などの処理をしていた。
そうしないと、あっという間に雑草が伸びて家が蔦などで覆われてしまうのだ。
でも、家が蔦に覆われているということはない。
きちんと手入れされていた。
「もしかして、泥棒でも住み着いているんじゃない?」
「うーん」
可能性はなくはないが……
わざわざ、こんな人里離れた小さな山小屋を狙うだろうか?
でも、指名手配されている者だとしたら、隠れるには絶好の場所か。
「人の気配はしないが……とりあえず、中に入ろうか」
「賛成。ずっと外にいると暑いし、陽に焼けちゃいそう」
俺達は家の中に入ろうとして……
「何者だっ!?」
突如、背後に気配を感じた。
さっきまで人の気配はなかったはずなのに……!?
「この賊め!!」
「くっ!?」
膨れ上がる殺気。
俺は、剣を抜きつつ振り返り……
ギィンッ!
いきなり斬りかかってきた相手の攻撃を防いだ。
うん?
今の斬撃、どこか覚えがあるような……?
「師匠!?」
「大丈夫だ! それよりも……」
目で近づくな、と合図を送る。
それから、改めて剣を持つ相手を睨む。
歳は、アルティナと同じくらいだろうか?
とても若く、子供から大人に成長する途中、という感じのあどけなさが見えた。
夜空のように鮮やかな黒髪。
赤のリボンでまとめて、後ろに流している。
見たことのない服を着ているものの……
それよりも不思議なのは、彼女が持つ剣だ。
刃が片側にしかない。
しかも、わずかに湾曲している。
それと……厚さが違うのだろうか?
こうして刃を交わすと、とても頑丈な作りであることが理解できた。
「覚悟しろ、賊め! 拙者の剣で、そなた達を冥界に送ってくれよう!」
「ま、待ってくれ! 俺達は別に……」
「もはや問答無用っ、一刀両断!!!」
女の子は裂帛の気合を込めて、剣を振り下ろしてきた。
ゾクリ、と背中が震えるほど。
もしも直撃したら、骨ごと両断されてしまうだろう。
剣で受け止めようとしても、その剣も斬られてしまうはず。
アイスコフィンなら、さすがになんとかなるだろうが……
そうなると逆に、防御の反動で相手を傷つけてしまうかもしれない。
見知らぬ子で、いきなり斬りかかられたけど……
でも、悪い子には見えない。
できるなら怪我をさせたくない。
なので……
「なっ……!?」
アイスコフィンで受け止めて……
同時に斜めに傾けて、威力を殺しつつ、軌道も一緒に逸らした。
「拙者の必殺の一撃を、こうも簡単に……?」
必殺とか言っているぞ。
なんて物騒な子だ。
早いところ誤解を解いた方がよさそうだ。




