6話 実は……?
振り返ると、軽鎧と長剣を装備する若い男性の姿が。
たぶん、冒険者だろう。
苛立たしそうにこちらを睨みつけている。
ふむ?
彼とは初対面のはずだ。
言葉も交わしていないから、怒らせるような真似をしていないはずなのだけど……?
「おいっ、リリーナ。なんで、こんなおっさんの冒険者登録を許可するんだよ。ありえねーだろ」
「……ガイさんは、冒険者になるための要項を満たしています。それなのに、理由なく却下するようなことはできません。あと、名前で呼ばないでください」
「はっ。おっさん、っていう時点で失格だよ。失格。こんなおっさんが冒険者になったら、冒険者の質が落ちたって、周りに疑われるかもしれないだろ? そんなのごめんだね」
「ですから、ガイさんは、冒険者になるための要項を満たしています。嫌な例えですが、仮に活躍できなかったとしても、Gランクからなので、そういった冒険者が消えていくことは多々あることで……」
「うるせえなっ! 俺にケチつけるつもりか!?」
「ひっ」
男が怒鳴り、リリーナが怯えてしまう。
どうやら、彼はあまり素行がよろしくないようだ。
とはいえ、先輩冒険者であることに変わりない。
ここは穏便に済ませたい。
「落ち着いてくれないか?」
「なんだよ、おっさんごときが俺に意見するつもりか?」
「いえいえ。先輩冒険者であるあなたの言うことは正しいのだろう」
「へぇ。おっさんにしては、なかなかわかっているじゃねえか。身の程を知っているな」
「俺は世間知らずで、まともな戦闘経験はない。そして、四十のおっさんだ。あなたが言う通り、大した活躍はできないかもしれない」
「なら、とっとと冒険者証明証を返却しな」
「その……少しだけがんばらせてもらえないだろうか?」
「あぁ?」
「大した活躍はできないかもしれないけれど、そこそこの貢献ができるかもしれない。薬草採取とか、そういうのは得意なんだ。そういう方面でがんばれば、ギルドに貢献できるだろう? だから……」
「うるせえな」
男が剣を抜いて、切っ先を突きつけてきた。
「やっぱ、おっさんはダメだわ。俺は、てめえの話なんて聞いてねえんだよ。辞めろって言ったら、はいわかりました、だろ? おっさんごときが、Aランク冒険者であるナカラ様に逆らうんじゃねえ」
「えっと……落ち着いて。どちらかが悪いとかそういうことは置いておいて、さすがに、街中で剣を抜くというのは……」
「だから黙れって言ってるだろうが!」
かなりの短気だ。
まいったな。
どうしよう?
冒険者証明証を渡したくない。
冒険者としてがんばりたい。
ただ、下手にいざこざを生んでしまうのなら、いっそのこと諦めてしまうことも……
「やめてください!」
リリーナがカウンターの外に出て、男と対峙する。
「さっきから聞いていれば、無茶苦茶なことばかり……冒険者にふさわしくないのはあなたの方です!」
「……なんだと?」
「当ギルドは、年齢で人を差別することはありません! ガイさんは、冒険者になる資格を満たしています。それをダメと言うのはただの差別で、そもそも、あなたが決めるようなことではありません!」
「てめえ……ちょっとばかり良い顔をしているからって、調子乗ってないか? ナカラ様に逆らうってのか?」
「ですから、そういう態度が……」
「あー、もう許せねえわ。お前も罰を与えてやらないとな。そうだな……その体を差し出せや」
「なっ……!?」
「一晩、好きにさせてくれたら許してやるよ。このおっさんも含めてな。ほら、受付嬢はギルドのために、だろう? なら、やることはわかっているな?」
「わ、私は……」
「へへ、それじゃあ……」
「やめろ」
リリーナに手を伸ばす男の手を掴む。
俺に関して文句をつけることはいい。
彼が言うように、俺はおっさんで、大した活躍は期待できないだろう。
ただ、リリーナにまで害を及ぼそうとするなら話は別だ。
相手が一流の冒険者だとしても、噛みついて、おっさんなりの意地を見せてやろうではないか。
「彼女に手を出すな」
「てめえ……」
「キミのやっていることは、冒険者としてふさわしい行為と言えるのか? いや、言えない。少し冷静になれ。そうだな、体操をして体を動かすなんてどうだろう? そうすれば……」
「うるせえなっ! おっさんごときが、この俺に指示するんじゃねえ!!!」
男は、俺の手を乱暴に振りほどこうとした。
ただ……ふむ?
加減してくれているのか、こちらを侮っているのか。
大した力が込められておらず、俺は、男の手を掴んだままだ。
「な、なんだ……? こいつ、なんて力だ……」
「なんだ? キミは、なにを言っているんだ?」
「まるで万力で固定されているかのような……くそっ、離せ! 離せって言っているんだよっ!!!」
男は全身をひねるようにして、強引に俺の手を払う。
さすがに、今度は振り払われてしまう。
やはり本気を出していなかったのだろう。
「てめえ……舐めるなよ、おっさんごときが!」
「落ち着いてくれ、まずは話し合いを……」
「死ねやぁ!!!」
完全にキレた男は刃を向けてきた。
縦に、横に、斜めに。
ありとあらゆる角度から斬撃を繰り出してきた。
剣撃の嵐というべきか。
ただ、なんていうか……
「やけに遅いな?」
「なっ……」
「あ、いや。すまない。バカにするつもりはなくて……手加減をしてくれているんだよな?」
「ば、バカにするんじゃねえ! そんなわけねえだろうが!」
「なら、どうしてこんなに剣が遅いんだ? 子供でも見切れる速度じゃないか?」
「て、てめえ……この俺を、ここまでコケに……」
「いや、しかし、事実だろう?」
「こ……」
「こ?」
「コロス!!!」
激高した男は、さらに剣速を引き上げた。
風を断つかのような勢い。
空気が震えていた。
ただ……
「ふむ」
「て、てめえ……!?」
「うん?」
「なんで!」
「どうしたんだ?」
「なんで当たらねえんだよっ!!!?」
いや、それは……
「キミの剣が雑で、遅いからだろう? このような時まで、手加減をしてくれるなんて……もしかして、俺を心配して稽古をつけてくれているのか? キミは、実は優しい人なんだな」
「なぁっ……!?」
「ぶふっ」
後ろでリリーナが吹き出していた。
はて?
俺はなにかおかしなことを言っただろうか?
彼は手加減をしているに違いない。
でなければ、これほど雑な剣を見せるなんてこと、ありえない。
「ぶっころ……!!!」
「でも、もう大丈夫だ。ここまでにしよう」
「なっ……!?」
彼の剣を奪い、逆に剣先を突きつけた。
「なっ……え、あ? い、今、どうやって……」
ふむ?
相手の剣を奪い己のものとする。
これくらい普通のことだと思うが、なぜ、そんなに驚いているのだろう?
「稽古をつけてくれたのはありがたいが、終わりにしよう。これ以上の騒動となると、騎士団がケンカと勘違いして動いてしまうかもしれない」
「……くそっ、てめえの顔は覚えたからな!」
男は捨て台詞を残してギルドを後にした。
……しまった、剣を返すのを忘れていた。
まあいいか。
ギルド経由で返してもらおう。
「ガイさん!」
リリーナがキラキラとした目で俺を見る。
「助けていただき、ありがとうございました! ガイさんって、とても強いんですね!」
「いやいや、そんなことはないよ。今のは、あの人が手加減してくれただけさ」
「いえ、そんなことはありません! あんなでも、一応、Aランクですから。剣の達人として有名なんですよ?」
「そうなのかい? しかし、その割にかなり雑な剣技だったけれど……」
「ふふ。Aランク冒険者の剣技を雑と言ってしまうなんて、ガイさんって、本当にすごいんですね」
「あ、いや。俺はそう見えただけで、でも、俺の目がおかしいだけかもしれないわけで……」
「そんなことないですよ。とてもすごいと思います。あのナカラの剣を子供扱いした人なんて、今まで私、見たことありませんから! ガイさんはすごいです! 私が保証します!」
「そうかい? ありがとう」
「私、ガイさんを応援しますね。これから、がんばってください!」
うん。
この笑顔に応えられるように、俺は、立派な冒険者になろう。
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