55話 災厄は続く
剣の道は長く遠い。
極めるとなると、それこそ一生を使ってでも会得できるかどうか。
その道を歩むとなると、心を鍛える必要がある。
トラブルに動じることなく。
死の危機に直面しても慌てることなく。
どんな時もひたすら冷静に……
俺はそう、おじいちゃんから教えられた。
俺自身、それができているとは言えない。
まだまだ未熟で、ちょっとしたことで感情を乱してしまう。
でも……
ハイネよりはマシだ。
兄は簡単に動揺して、激情して、心を乱す。
その乱れは剣にストレートに現れて、刃を鈍らせていた。
だから俺に負けた。
「まだまだ修行不足だな……って、人のことは言えないか」
「いやいやいや。師匠が修行不足だったら、あたしはどうなるのよ? っていうか、他の人達全員、修行不足ってことになるわよ。寝ぼけたことを言うのも大概にしてよね」
……俺はなぜ、怒られているのだろうか?
それほどおかしなことは言っていないつもりなのだけど……むう。
もしかして、自己評価が低いようなことを口にしたせいか?
しかし、俺の修行が足りていないのは事実だ。
そのことを、どう、アルティナに理解してもらえばいいのだろう?
やれやれ、難しい問題だ。
「師匠、こいつどうする?」
「災禍の種は騎士団に預けたんだよな?」
「ええ。それと、関連する資料もあちらこちらにバラまきつつ、セリスにも届けておいたわ」
「いつの間に……」
「こいつがギルドや騎士団と繋がっていたとしても、もう、隠し通すことは不可能よ。セリスにも色々と頼んでおいたから、今頃、動いてくれていると思う」
「なら、縛り上げてセリスに渡すか」
悪事の証拠を見つける予定が、悪の親玉そのものを捕まえてしまった。
かなり予定が狂ったけど、まあ、許容範囲内だろう。
結果的に強行突入になってしまったけれど……
それも、まあ、よし。
セリスに怒られるかもしれないが、その時は、誠心誠意、謝罪をしよう。
道具の応急処置などに使うテープを取り出して、ハイネの手足を縛る。
ついでに口も閉じておいた。
「さて、あとは……」
ゴガァッ!!!
ハイネを担ごうとしたところで、遠くから轟音が響いてきた。
同時に地震のような揺れが屋敷を襲い、飾られている調度品が床に落ちる。
「な、なによ!?」
「この気配は……」
街の中心部から邪悪な気配がした。
魔物ではなくて、かといって人間でもない。
それでいて……おぞましいほどの嫌悪感。
「いったい、なにが……?」
――――――――――
「この僕が……このようなところで終わるわけがない!」
シグルーンは、騎士団エストランテ支部にいた。
血に濡れた剣を片手に握り締めて。
その周囲に、苦痛にうめきつつ、倒れる騎士達の姿。
そして……
もう片方の手に、災禍の種が握られている。
「この僕こそが正義であり、絶対の実力者なんだ!!!」
――――――――――
「なんだ……あれは?」
外に出ると、化け物がいた。
家を超えるほどの大きさ。
鋭い爪と槍のような角。
オーガに似ているが、しかし、そのサイズは桁違いだ。
「なによ、あれ……大怪獣みたいじゃない」
「この気配……あれも災禍の種か」
おまけに、気配から察するに、元になったのはシグルーンだろう。
「まったく、親子で連続でやらかしてくれて……!」
「アルティナ、ここは俺に任せてくれないか?」
「師匠?」
ハイネもシグルーンも無関係とは言えない。
グルヴェイグ家が原因なら、俺が片をつける必要がある。
「だから、俺が戦う」
「バカ! 師匠は、本気のバカね! あほっ、間抜け!」
そこまで言うか……?
「……なんとなく、わかっていたわ。師匠とシグルーンが……そこの男が家族だ、っていうことは。グルヴェイグなんて姓、そうそうあるものじゃないわ」
「それは……すまない」
「謝らないで。聞かなかった私も悪いんだから。でも……それを気にして、一人でなんでも背負おうとしないで。あしたにも背負わせて」
「……アルティナ……」
「そりゃあ、師匠に比べたらひよっこもいいところよ。まだまだ。でも……ちょっとくらいは、師匠が抱えている重みを背負えるつもり。だから……無理をしないて。思い詰めないで。あたしがいることに……気づいて」
「……そうだな」
俺はバカだな。
おじいちゃんから、なにを教わってきた?
剣の道を通じて、体と心を鍛えて……
でも、それだけじゃない。
人との繋がりを得ることも望まれていたはずだ。
それなのに、自ら殻を作り、関係と閉ざしていたら意味がない。
「アルティナ」
「うん」
「一緒に戦ってくれるか?」
「もちろんよ!」
アルティナは、にっこりと、とても嬉しそうに笑うのだった。




