54話 天と地
「いくぞ」
心を研ぎ澄ませつつ、改めて剣を構えた。
すり足でゆっくりと近づいていく。
「愚かな義弟よ……最後のチャンスをやろう。お前が私に忠誠を誓うのならば、この暴挙、なかったことにしてやってもいいぞ? 出来損ないにしては、なかなか使えるからな。この私がうまく使ってやろうではないか」
「……あなたにとって、俺は、数十年経った今でも出来損ないなんだな」
「それが事実だろう?」
「違う」
おじいちゃんに剣を教えてもらった時のことを思い返した。
優しくしてもらった時のことを思い返した。
それと……
亡き母さんの笑みを思い出した。
「俺は……俺だ。ガイ・グルヴェイグだ。出来損ないなどというものではないし、あなたのおもちゃでもない」
「ちっ、生意気な……従順でない獣などいらん。死ぬがいい!」
不機嫌そうなハイネは魔剣を振る。
基本となる刃が宙を走り……
それに追随するかのように、見えない刃も動いた。
見えない刃を視認することはできない。
目で捉えることはできない。
ただ……
耳で捉えることはできた。
ガガガッ……ギィンッ!
「なっ!?」
見えない刃は、計五本。
その全てを防いで、あるいは弾いた。
「バカな!? 魔剣の攻撃を防いでただと!? しかも、その全てを……」
「え、嘘……師匠、いったいどうやったの……?」
二人が驚いているが、それほど難しいことをしたわけじゃない。
「種が割れれば、対処は簡単だ」
「ふ、ふざけるな!? 見えない刃を避けるどころか、迎撃することなど不可能だ! いったい、なにをした!?」
「見えないだけで、剣の気配はしっかりと感じるからな」
1日1万回の素振りを続けて……
ある日、剣にも魂が宿っていることに気がついた。
それぞれ個性を持つ。
それは量産品であっても同じだ。
その剣だけが持つ魂の色がある。
故に、目に見えなくても存在を感じ取ることはできる。
「……いやいやいや。そんな無茶無謀、師匠にしかできないから」
アルティナに真っ先に否定されてしまう。
「剣の気配とか魂とか、下手したら詐欺商法で使われるような話よ? それを現実に存在するとか……まぁ、師匠だから、色々とおかしいのは今更か」
ひどい言われようだ。
俺は、本当にアルティナの師匠なのだろうか?
師を敬う気持ちが欠片もないぞ。
「ば……」
ハイネが体を震わせて、
「ばかげたことをっ!!!」
怒りに吠えた。
「そんなふざけた話、信じるわけがないだろう!? この私をバカにして、コケにして……殺す! 貴様は万死に値する! 死ねぇっ!!!」
ハイネが突撃してきた。
メインの剣を両手で構えつつ……
さらに、不可視の刃を同時にコントロールして、雨のように降り注がせる。
全ての隙間を埋めて、ネズミ一匹逃さないような、圧倒的な多面攻撃。
これほど制圧力に優れた攻撃は、そうそうないだろう。
ただ……
「甘い」
「なぁっ……!?」
俺は、その場から動くことなく。
そして、やたら無意味に剣を振ることなく。
その全てを叩き落してみせた。
「……うそぉ」
見えないものの、なにが起きたかは理解したようだ。
アルティナが唖然とした様子でつぶやいた。
「バカ、な……見えない刃を叩き落とすなど、いったい、どうやって……」
「しかも、今のたったの一太刀よね……師匠、いったいなにをしたわけ?」
「ん? いや、一太刀じゃないぞ」
「え」
「八回の斬撃を叩き込んだ。それで、全ての攻撃を防いだ。さすがに、一太刀で数十に及ぶ攻撃を防ぐなんて無理だ」
「数十の攻撃を八回の斬撃で防ぐのも、ちょっと頭おかしいんだけど……八回の斬撃がたった一回にしか見えないほどの超高速斬撃っていうのは、もっと頭おかしいわ。師匠、大丈夫?」
「……褒めているのか、けなしているのか、どっちなんだ?」
「もちろん、褒めているわよ♪」
アルティナはハイネを見て、ニヤリと笑う。
「残念ね。こそこそとくだらないことを企んでいたみたいだけど……師匠がここにいる以上、あんたの悪巧みはここで終わり。退場よ」
「ぐっ……!」
「あんたも、そこそこの剣技を持ってて、かなりの剣を持っていたけど……でも、師匠と戦ったのが間違い。どれほどすごい魔剣を持っていたとしても、師匠とあんたでは、剣の技術に天と地ほどの差があるわ。なにをどうやっても勝てない……あんたの負けよ」
「ぐぅううう……!!!」
ハイネの顔が赤くなり、次いで青くなり、最後に再び赤くなる。
魔物のような形相でアルティナを睨みつけているものの……
しかし、ハイネは現実に触れた。
俺に剣技で負けていることを実感した。
反論することができず、唸り声をあげることしかできない。
ハイネにとって、俺に負けている、劣っているるということは、とんでもない屈辱なのだろう。
許され難い敗北感を味わっているはず。
それはそうだろう。
子供の頃、当たり前のように俺を下に見て、毎日のように虐げていた。
そんな日々が普通になって、彼の中の常識となり、絶対的な事実となる。
しかし、それがまがい物だとしたら?
下に思っていたはずの相手が上だとしたら?
ハイネのプライドはズタズタだろう。
でも、それを素直に認めることはできず……
「この私が……貴様などに、劣る……? そのようなこと、そのようなこと……ありえるものかぁあああああっ!!!」
予想通り、激情に突き動かされるまま、ハイネが突撃してきた。
力はある。
速さもある。
しかし、技術はまるでない。
元々、その剣は拙いものではあったが、怒りのせいで本来の力を発揮できず、さらに剣筋が乱れていた。
その全てを捌いた。
あるいは回避した。
「な、なぜ、この私の剣が当たらない……!? 相手は、どうしようもないクズだというのだぞ……!!!」
「終わりか?」
「なっ……」
「もう終わりか、と聞いている」
「このっ……クズがぁっ!!!」
あえて煽る。
そうすることで、体力を無駄に消費させるためだ。
ただ……
いくらか本心と失望が混じっていた。
幼い頃、あれほど恐れていたハイネは、こんなにも弱く、情けない存在だったのか。
復讐というわけではないが……
今度は、俺がヤツを終わりに導こう。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
「……哀れだな」
「貴様ぁっ、この私を……!!!?」
「そろそろ終わりにしよう。もう……今のあなたは、見ていられない」
「この私を哀れむというのか、ガイのくせに!? そのようなことは……がっ!?」
カウンターの一撃を叩き込み、ハイネを床に沈めた。
ぴくぴくと痙攣する兄を見下ろしつつ、小さく呟いた。
「あなたは、なにもわかっていない。だから……負ける」
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