49話 望まない再会
後ろの方が騒がしい。
おそらく、ガイが陽動を始めたのだろう。
そのおかげで、アルティナに気づく者はいない。
彼女のいる東館に兵士がやってくることもない。
「……師匠……」
アルティナは足を止めて、振り返る。
ガイは超人だ。
あれほどの力を持つ人を見たことがない。
そのくせ、本人は自身の力をあまり……というか、ほとんど理解していない。
謙虚すぎる姿勢で、自己評価はとことん低い。
そんな彼に憧れて、アルティナは弟子入り志願した。
ガイの剣を教わりたい。
ガイのようになりたい。
そして、ガイの隣で彼を支えていきたいと思う。
「師匠なら平気だと思うけど、でも、やっぱりあたしも……って、ダメダメ!」
アルティナは気合を入れ直すかのように、ぱんと自分の頬を張る。
「あたしは、災禍の種を騎士団に届けないと! 師匠に託されたんだから、それを、まず第一に考えないと!」
それが今やるべきこと。
アルティナは、自分にそう言い聞かせて、誰もいない廊下を駆けた。
……アルティナは気づいていない。
ポーチに収納されている災禍の種が怪しい光を放つ。
また、胎児のように小さく動いていた。
――――――――――
「ふむ?」
囮になるべく、できるだけ派手に立ち回っていたのだけど……
気がつけば兵士が消えていた。
より正確に言うと、兵士の増援がなくなっていた。
周囲を見ると、武器を破壊されて、利き手や利き足などを負傷して、うめき声をあげつつ転がる兵士の山。
「……もしかして、全員、倒したのか?」
そんなバカな、と思うものの、周囲には、文字通り山程の兵士が倒れている。
何人倒したか覚えていないが、それなりの数を叩きのめしたことは確かだ。
つまり……
「全員倒した、ということなのか……ふむ? 貴族の屋敷を警備するにしては、練度が足りていないな。余計なお世話だろうが、心配になるレベルだな、これは」
俺のようなおっさんにやれられてしまうなんて、なんて情けない。
いや、しかし、アルティナからは自己評価を改めるようなことを言われている。
少しは自信を持っていいのだろうか……?
「って、今考えることではないだろう」
頭を振り、余計な考えを追い出す。
こんなことを考えてしまうということは、やはり、俺はまだまだダメだ。
謙虚な姿勢を忘れず、堅実に歩んでいかないとな。
「さて……と」
屋敷の中を探索して、当主の執務室らしき場所を発見した。
扉の向こうに人の気配がする。
たぶん……この先に、グルヴェイグ家の当主がいる。
俺と関係があるか?
それとも、無関係なのか?
それを……確かめたい。
そして、可能ならば暴挙を止めたい。
「よし」
覚悟を決めて。
気合を入れて。
それから、扉をそっと押した。
「……何者だ?」
部屋の中にいたのは、執事とメイドが一人ずつ。
それと、奥の執務机に、きらびやかな服を着た貴族らしき男が見える。
「さきほどから屋敷が騒がしいが、貴様の仕業か?」
「そうだ。ただ、不躾ですまないが、先に質問をさせてほしい。あなたが、グルヴェイグ家の当主だろうか?」
「いかにも。私は、グルヴェイグ家の当主、ハイネ・グルヴェイグだ」
「……え……」
もしかしたら、という予想は、頭の片隅でしていた。
しかし、本当にその予想が的中してしまうと、途端に頭の中が真っ白になってしまう。
この男は……
俺の兄だ。
数十年会っていないから、幼い頃の面影はまったく残っていない。
ただ、この瞳……鋭く、他人を拒むようなこの瞳は昔のままだ。
「まさか……ハイネ兄さん、なのか?」
「……なんだと? 私のことを、そう呼ぶということは……ま、まさか……お前、ガイなのか!?」
ハイネは幽霊でも見たような顔をした。
その反応は仕方ない。
おじいちゃんのところに送られてから、一度も会っていない。
手紙のやりとりもしていない。
数十年、まったくやりとりを交わしていないのだ。
死んでいると思われても仕方ないだろう。
「まさか、生きていたとはな……じいさんと一緒にくたばっていたと思っていたが」
「期待に添えず悪いな」
「……あの泣き虫が言うようになったじゃないか。私はだいぶ寛容になったつもりだが、さすがに不愉快だぞ? 頭を垂れろ、跪け。長らく会っていなかったうちに、すっかり礼儀を忘れてしまったみたいだな。また躾けてもいいのだぞ?」
「……バカらしいな」
「なに?」
子供の頃、俺は、ハイネにいつも泣かされていた。
屈辱を受け続けてきた。
従順で言いなりになっていたのは、ハイネが怖かったから。
逆らうとなにをされるかわからないという恐怖があったから。
でも、今になって考えると、なんてバカらしい。
見ろ。
ハイネのだらしのない体を。
腹は出て、横に広く、筋肉の代わりに脂肪しかついていないことが服の上からでもわかる。
見ろ。
それでいて、盗賊のような品のない顔を。
いや、盗賊に失礼か。
連中でも、もう少し覇気のある顔をしているものだ。
この男は、それ以下だ。
こんなヤツに怯えていたなんて、昔の俺は本当に情けない。
「……でも、今は違う」
おじいちゃんのおかげで、それなりに戦うことができるようになった。
剣を覚えた。
俺を師匠と慕う弟子もできた。
もう、屈することは……ない。
「躾けられるというのなら、躾けてみせろ。ただし、そのだらしのない体でまともに動けるのか疑問ではあるがな」
「貴様、この私を愚弄するか!?」
「事実を口にしただけだ」
「おのれ……下手に情けをかけたのが間違いだったようだな。辺境に追放するのではなくて、殺しておくべきだった」
ハイネは怒りの表情で、机の脇にかけておいた剣を手に取る。
「死ねっ、出来損ないの弟よ!」
ハイネは、それなりの速度で、それなりの鋭さで剣を振るのだけど……
それなり、で届くような甘い鍛錬は重ねてきていないつもりだ。
「遅い。そして、甘い」
「なっ……!?」
ハイネの剣を弾いて。
逆に、彼の喉元に刃を突きつけた。
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