48話 災禍の種
「災禍の種……? いったい、それはどういうものなんだ?」
おじいちゃんの家に色々な本があったから、それなりの知識は持っているつもりだ。
ただ、災禍の種というものは聞いたことがない。
名前からして、まともなものではないのだろうが……
「災厄を振りまく存在。だから、災禍の種、なんて呼ばれているわ」
「ろくでもない想像しか出てこないな」
「その想像、たぶん正解。これ、本当にろくでもない代物よ」
災禍の種を使うと、周囲を覆い尽くすほどの瘴気があふれるらしい。
魔物達が瘴気に誘われて、次から次に姿を見せる。
また、とても強力な魔物を誘い出すことも可能。
そうして災禍の種を使い続けると、やがて、瘴気がその土地を汚染して……
変異体などを生み出すこととなり、スタンピードを発生させることになる。
「……恐ろしいな」
「ええ、とんでもない代物よ。普通は、ギルドや国が厳重に管理しないといけないの。貴族であろうと、一個人が所有していいものじゃないわ」
「ギルドや国に引き渡す前に保管していた……という感じではないな」
屋敷の警備を見る限り、災禍の種を守っているように見えた。
「って、これ……」
「どうしたんだ?」
「……すでに、何回か使用されているみたい」
「なっ……」
「災禍の種は使用回数が決められているの。一度、使う度にヒビが入り……最後は砕け散り、深奥に封じ込められていた魔物が姿を見せる。そういうものなのよ」
アルティナの言う通り、黒い宝石にいくらかヒビが入っていた。
おそらく、二回くらいは使っているのではないだろうか? とのこと。
ドラゴンの襲来とスタンピード……ちょうど二回だ。
これは偶然なのか、それとも……
「こんなものを使うなんて……俺が言うのもなんだけど、グルヴェイグ家は正気か?」
「正気じゃないと思うわ。救いようのない悪党だとしても、災禍の種って聞いたら震え上がるほどだもの。それを何度も使うとか、完全にイカれているとしか思えない」
犯人は頭がおかしいのだろうか?
心中覚悟で災禍の種を使っているのだろうか?
……でも、それは違うような気がした。
本当に頭がおかしいのなら、ためらうことなく、何度も何度も……
それこそ限界が来るまで災禍の種を使うはず。
でも、そうはなっていない。
大胆に、しかし、慎重に行動を起こしているように感じた。
犯人は災禍の種を使用しているが、しかし、破滅を望んでいるわけではない。
災禍の種を利用することで、なにか新しい利益を得るように、そう誘導しているような気がした。
「師匠、どうする?」
「……アルティナは、すぐに災禍の種を騎士団に届けて、事の顛末を報告してほしい。国の直属の機関である騎士団なら、グルヴェイグ家と繋がっている可能性は低いだろう」
「師匠は?」
「俺は……グルヴェイグ家の当主のところへ向かう」
「えっ」
「ちょっとした知り合いかもしれないんだ。なにを考えているのか確かめてくる」
「無茶よ! 裏で、こんなことをしているようなヤツなのよ? ろくでもないヤツに違いないわ! 潜入がバレたら、どんな目に遭わされるか……!」
「わかっている。ただ、それを承知で当主と話をしたい」
それは、囮も兼ねていた。
俺が当主のところに顔を出せば、嫌でも注意が俺に向く。
アルティナに気づく者は少ないだろう。
現時点で、俺達の潜入はバレていない。
ただ、けっこう乱暴な手段もとったから、露見するのは時間の問題だろう。
そうなった時、アルティナが安全に逃げられるようにしたい。
災禍の種をこれ以上悪用されることなく、安全なところに運んでほしい。
そのための囮だ。
……それと、もう一つ。
こんなことをするグルヴェイグの当主に会ってみたい。
俺の知っている顔なのか、そうではないのか。
確かめて、できることなら止めたい。
ほとんど関係がなくなったとはいえ、俺もまた、グルヴェイグの血を引いているのだから。
止める責任があると思う。
「むぅ……」
「ダメか? 災禍の種は、聞く限り、適当な者に任せることはできない。アルティナだからこそ、任せることができるんだ」
「もう……そういうことを言われたら、断れないじゃない」
アルティナは苦笑して、災禍の種をハンカチで包み、さらに小箱にいれて腰のポーチに収納した。
「急いでセリスのところに行って、それから、すぐに戻ってくるから。だから、師匠は無茶をしないように」
「ああ、了解だ。元より、こんなおっさんにできることなんてたかがしれているから、ネズミのようにコソコソしつつ、うまいことやるよ」
「師匠は、別の意味でやらかさないか心配なんだけど……まあいいわ。くれぐれも気をつけてよね? あたし、もっと色々なことを師匠に教わりたいんだから」
「気をつけるよ」
アルティナと、コンと軽く拳を突き合わせた。
互いに小さく笑う。
それから俺は、先に一人で部屋の外に出て……
「なっ、お前は……!?」
「どけ!」
タイミングの悪いことに、巡回の兵士と遭遇した。
相手が驚いている間に、俺はすぐ行動に移り、体当たりをして吹き飛ばす。
ただ、意識を刈り取るまでには至らない。
「くっ……侵入者だ! 賊が現れたぞ! 西館に向けて逃走中だ!」
逃げる俺を見て、兵士が叫ぶのが聞こえた。
いいぞ。
その調子で、どんどん騒いでほしい。
その分、アルティナに対する注意が低くなる。
「……がんばって」
視界の端で、アルティナがそっと別の場所に逃げていくのが見えた。
誰も彼女に気づいていない。
なら、俺がやるべきことは一つ。
「さあ、来い! そうそう簡単に捕まえられると思うな? おっさんの意地を見せる!」
囮役をこなすべく、なるべく派手に騒ぎつつ、俺は屋敷の中を駆けていくのだった。
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