45話 グルヴェイグ家
グルヴェイグ家。
勇者シグルーンの家であり、また、エストランテの運営に関与する有力貴族だ。
様々な商会と繋がりを持ち。
様々な冒険者との交流を抱えて。
様々な有力者の支持を得ている。
エストランテの領主はアルスティーナ家が務めているものの、権力的な力を数値にして測った場合、グルヴェイグ家の方が上になる。
そのグルヴェイグ家が、最近、妙な行動を起こしているらしい。
詳細はわからないものの、義を掲げられるようなものではない。
また、不確定な情報ではあるものの、先日のドラゴン騒動やスタンピードにも絡んでいるらしい。
グルヴェイグ家の目的は、アルスティーナ家を追い落として、代わりに領主の座に就くこと。
そのためならば、どんな汚い手も取る……と、いうのがセリスの推測だ。
「純粋に、民からの支持で負けたのならば、わたくしは……アルスティーナ家は領主の座から退きましょう。しかし、グルヴェイグ家は……」
「汚い手を使い、追い落とそうとしている?」
「その可能性が高い、と睨んでいます」
「証拠はあるかい? グルヴェイグ家が悪事を働いているという証拠は」
「確たるものではありませんが……こちらを」
セリスから書類の束を渡された。
目を通すと、グルヴェイグ家が働いたと思われる悪事が列挙されていた。
ただ、どれも確実な証拠はない。
とはいえ、これだけの不正の匂いがするのなら、疑うには十分だろう。
セリスとグルヴェイグ家。
どちらを信じるかというのなら、もちろん前者だ。
「わたくしは、それでも、正々堂々とあろうといたしました。相手がどのような汚い手を使ってきたとしても、わたくしは正しくあり、真正面から跳ね返してみせよう、と。しかし……ここ最近のグルヴェイグ家は、さらに過激な行動をとっています。先のドラゴン襲来やスタンピードも、グルヴェイグ家が関与している可能性が高いです」
「スタンピードまで? 下手したら、自分の街が滅びるっていうのに、なにを考えているのかしら?」
「そこまでは……ただ、これ以上、放置できないと考えました。そのために……」
「これらの不正の確たる証拠を手に入れてほしい、というわけか……なるほど。これは確かに、表に出すことができない依頼だ。そして、とんでもなく難易度が高い」
グルヴェイグ家の白黒はどうであれ……
貴族を敵に回すことになる。
無事に済む保証はない。
むしろ、済まない可能性の方が高い。
「……とはいえ」
グルヴェイグ家が俺の想像している通りの『グルヴェイグ』家ならば、このまま見なかったことにはできない。
俺も、ある程度、関係があるんだよな。
グルヴェイグという貴族が二つもあるわけがない。
まず間違いなく、俺の生家と考えて問題ないだろう。
「請けていただけるとの話でしたが、今、断っていただいても構いません。それほどまでに、色々な意味で難しい依頼ですから……」
「いや、大丈夫だ。俺は請けようと思う。アルティナは……」「受けるわ」
「助かる」
「あたしは師匠の弟子だもの。師匠を支えるのが役目よ。だから、お礼なんていらないわ」
「それでも、ありがとう。アルティナがいてくれて、本当によかったよ」
「そ、そう……」
照れているらしく、頬を少し赤く染めていた。
こういうところは年頃の女の子なんだよな。
苦笑して……
それから、セリスに視線を戻す。
「悪事の証拠を掴む、ということで問題ないだろうか?」
「はい。ただ、それ以外にも、グルヴェイグ家はなにかを企んでいるようでして……できれば、そちらの情報を掴むこともできませんか? すみません、無理難題ばかりで……」
「気にしなくていいさ。今回の件……俺も、無関係とは言えないからな」
「え? それは、どういう意味でしょうか……?」
俺がグルヴェイグ家の関係者と知れば、二人は失望するかもしれない。
嫌われてしまうかもしれない。
それでも。
このまま隠し通すことはダメだ。
それは、あまりにも二人に対して不誠実であり、信頼を裏切る行為だ。
嫌われることは、とても恐ろしい。
想像しただけで震えてしまう。
でも、話さないと。
「俺は……俺もまた、グルヴェイグ家の生まれだ」
「「えっ!?」」
アルティナとセリスの驚きの声が重なり。
そんな二人に、俺は自分の出自を説明した。
不貞の子ではあるものの、グルヴェイグの血を引いていること。
ほどなくして病にかかり、おじいちゃんのところに預けられたこと。
そこで数十年を過ごして、今に至ること。
「……と、いうわけなんだ」
「はぁあああ……びっくりした。それだけなのね」
「それだけ、って……驚かないのか? 軽蔑しないのか?」
「驚いたわよ。でも、なんで師匠を軽蔑しないといけないの? 生まれがグルヴェイグ家っていうだけで、今は、なにも関係ないじゃない」
「そうですわ。ガイ様には、なんの非もありません。むしろ、グルヴェイグの血を引いているにも関わらず、わたくしに協力してくださること、深く感謝いたします。同時に、深く尊敬いたしますわ」
「アルティナ、セリス……ありがとう」
嫌われてしまうかも、と怯えていた自分がバカみたいだ。
剣を学び、心を磨いてきたつもりだったが……ぜんぜんだな。
もっともっと、色々な意味で強くならないといけない。
「よし、がんばらないとな」
「ふふ。師匠ったら、一気にやる気になっちゃって」
「可愛いですわ♪」
「お、おっさんをからかわないでくれ……」
二人の温かい視線が恥ずかしい。
気を取り直して、咳払いを一つ。
話を元に戻す。
「グルヴェイグ家がなにかを企んでいるという話だけど、それについて、さらに詳しい情報は?」
「すみません……」
「なにもない……か。なら、独自に調査を進めるしかないな」
「でも師匠、誰が敵で誰が味方かわからないんでしょう? ものすごく慎重に動かないと、あたし達、警戒されてなにもできなくなるわよ。最悪、消されるかも」
「ふむ」
アルティナの言うことはもっともだ。
下手な行動をすれば、グルヴェイグ家に気づかれてしまうだろう。
そして、最悪、暗殺者などを差し向けられてしまうだろう。
セリスから聞いた話から考えると、そこまでしてもおかしくはない。
そのような相手に、どう立ち向かうか?
「……正攻法は無理だな」
まともに戦うことができないからこそ、セリスはここまで苦戦しているわけで……
真正面から挑もうとしたら、俺達も同じように苦戦して、蹴散らされてしまうだろう。
時間をかけて慎重に調査を進めれば、あるいはうまくいくかもしれないが……
その間に、グルヴェイグ家の野望が成就してしまうかもしれない。
そうなれば意味はない。
非合法には非合法。
悪には悪。
その考えで挑むべきだろうな。
「よし。グルヴェイグ家に忍び込み、直接、情報を手に入れることにしよう」
「ちょっ……!? 師匠、それ、マジで……?」
「他に方法がない。これが、現状のベストだ……怖気づいたか?」
「ううん、とてもわくわくしてきた!」
アルティナは瞳をキラキラと輝かせていた。
嘘ではなくて本心なのだろう。
この子は、こういう子なんだろうな。
戦闘やトラブルを身近に置いて、それを乗り越えて成長することを喜びとするタイプなのだろう。
「ですが、ガイ様、それはとても危険なことなのでは……? もしも捕まった場合は、重罪は免れません。場合によっては極刑も……」
「でも、やるしかない」
「……」
「リスクなしにリターンを得ることはできないさ。それを承知の上で、がんばろうと思う。大丈夫、無茶はしないよ。キミに責任を感じさせたくないし、それに、悲しませたくないからね」
「……っ……」
セリスは前に出て、俺の手を取る。
両手で包み込むようにして、それから、じっとこちらの目を見た。
「……正直なところを申し上げますと、こういう展開になるだろうと予測していました。ガイ様はとても強く、そして、優しい方ですから」
「ああ」
「ガイ様の優しさに付け入り……わたくしは、卑怯な女です。最低ですね……」
「そんなことないさ」
こちらもセリスの手を握る。
とても小さい手だ。
この手で、彼女は街を治めて、できる限りのことをしてきた。
がんばり続けてきた。
だからこそ、その背を支えたいと思う。
「セリスは優しい。本当に卑怯だとしたら、こんなことは口にしない」
「……それも計算づくかもしれませんよ?」
「なら、それでいいよ。セリスの優しさに騙されたままでいい」
「あなたという方は、本当に……」
セリスは微笑む。
ややあって、俺から離れて、深く頭を下げた。
「どうか……どうか、よろしくお願いいたします」
「任された」
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