39話 変異体
外に出ると、いくらかの魔物の死体が転がっていた。
シグルーンがやったのだろう。
「他に魔物は……いないようだな」
「ちょっと意外ね。もっとたくさんの群れが待ち受けていると思っていたんだけど。うまい具合に変異体の近くに出ることができたのかしら?」
「うむ。変異体は台風の目のようなものだ。強すぎる魔力を持つが故に、ヤツの周囲に魔物が集まることは少ない」
地下道は、思っていたよりもいい場所に繋がっていたみたいだ。
運が良い。
「あたしの日頃の行いのおかげね♪」
「自分でそれを言ってしまうのか?」
「た、ただの冗談よ。場を和まそうとしただけ、本気で不思議そうな顔をしないで」
むぅ。
やはり、年頃の乙女は難しい。
「急ごう」
「ええ」
二人と一緒に、嫌な気配がするように向かう。
この嫌な気配は、変異体が放つ魔力だろう。
まだそれなりの距離があるはずなのに、ひどく濃密だ。
かなりの強敵なのだろう。
気を引き締めつつ、前に進んでいく。
「これは……」
ほどなくして開けた場所に出た。
変異体らしき魔物が見える。
魔物は、人型のオーガだ。
3メートルほどの巨体と、全身が筋肉で包まれている。
通常のオーガは肌は青黒く、角も一本。
ただ、こいつは違う。
燃えるような赤い肌。
槍のように伸びる角は三本。
そして、その身にまとう魔力はおぞましさすら感じてしまう。
間違いない、こいつが変異体だ。
通常のオーガではなくて、たぶん、オーガロードだろう。
なにかしらの要因で進化をして、スタンピードを引き起こすまでに成長した……とても厄介な相手だ。
ただ……
「はははっ、その程度かい!?」
シグルーンがオーガロードと戦っていた。
彼は素早い動きでオーガロードを翻弄する。
攻撃を避けて、カウンターを繰り出して……
堅実な戦い方だ。
勇者と呼ばれているだけあり、素直にうまいと思う。
オーガロードの攻撃力は計り知れないが、当たらなければ意味はない。
そして、パワーに特化した個体らしく、シグルーンは難なく回避することができていた。
「喰らえっ、勇者の一撃を!」
「……あのバカ、いちいち叫ばないと攻撃ができないのかしら?」
「まあ、そう言うな。シグルーンが優勢なのは喜ぶべきことだ」
手柄なんてどうでもいい。
それよりも、スタンピードを止めることが一番だ。
「シグルーン!」
「ちっ、もう来たのか」
シグルーンはちらりとこちらを見て、舌打ちする。
「ここは、僕に任せてもらおうか」
「しかし、皆で協力した方が早く、確実に……」
「僕の戦いを見ていないのかい? 例え変異体といえど、この僕の敵ではない! そう、これこそが勇者の力! 先のキミとの決闘は、ただの不調にすぎないのだよ。僕と共に戦うことができるなど、あまり調子に乗らないでほしいな」
「……ヨシ。先にあいつをぶっ殺すわ」
「落ち着け」
アルティナは目を逆三角形にして、剣の柄に手を伸ばす。
なだめるのに苦労した。
「ギルドマスター、彼の言う通りにしようと思うのですが、問題はありませんか?」
「む? しかし……」
「シグルーンが押していることは確かです。それに、下手に参戦しても、うまい連携がとれないのでは意味がない。マイナスになってしまう可能性もある」
「ならばいっそのこと、様子を見た方がいい……か。なるほど、了解だ」
「ありがとうございます」
ひとまず、シグルーンに任せてみよう。
このまま彼がオーガロードを倒してくれるのなら、よし。
もしも危なくなれば加勢すればいい。
あるいは、可能性は低いが、別の魔物が現れた時に排除する役に徹してもいい。
「……師匠、あたし、納得できないんだけど」
「すまない、俺のわがままに付き合わせて。ただ、やはり一番にスタンピードの収束を考えたい。そのために使えるものはなんでも使う」
「バカとハサミは……っていう感じで?」
「まあ……言葉は悪いが、その通りだ」
「ふふ、師匠も意外と人が悪いわね。でも、賛成。そういうことなら、様子を見ることにするわ」
よかった、アルティナも納得してくれたみたいだ。
あとは、シグルーンがオーガロードを倒してくれればいい。
俺達は念の為に武器を構えて、いつでも動けるようにしつつ、シグルーンの戦いを見守る。
「ほらほらほらぁっ、それだけの力しか持っていないのかい!? 変異体というから期待はしていたが、はははっ、がっかりだよ! さあ、正義の力を受けるがいい! これこそが勇者の力だ!」
「……なあ、アルティナ」
「なに?」
「彼は、いちいち喋らないと攻撃ができない癖でもあるのだろうか? あんな風に大声を出しても、低ランクの魔物ならともかく、変異体クラスの相手を怯ませることはできないと思うのだが……それに、声を出せば自分の居場所を教えることになる。また、体力の消費も激しくなるだろう。マイナスばかりで、まるで意味のない行為だと思うのだが、あれの意味をアルティナはわかるか?」
「ぷはっ」
耐えきれないといった様子で、アルティナが笑った。
「師匠って、ちょっと世間知らずなところがあるから、そんなストレートに言っちゃうのね。ってか、シグルーンにも聞こえているわよ?」
「ぐぐぐっ……!!!」
見ると、シグルーンは耳を赤くしていた。
時折、ものすごい目でこちらを睨みつけてくる。
はて?
俺は、なにか彼を怒らせるようなことをしただろうか?
単純に、当たり前の疑問を尋ねただけなのだが……
「ま、今回ばかりはシグルーンに同情するわ。ここまでの正論をぶつけられると、もう、恥ずかしくなるだけだもの」
「なんのことだ?」
「とにかく、今は気にしないで。あれがシグルーンの戦い方、っていうことで」
「なるほど」
気合を発することで己を鼓舞する……という感じだろうか?
そう理解することにした。
「ちっ、うるさい外野だ……そこで見ているがいい! この僕の力を!」
シグルーンはさらに加速して、攻撃を激しくしていく。
オーガロードが押され始め、一方的に翻弄されるだけになる。
「ふむ?」
違和感を覚えた。
仮にも、相手は変異体。
シグルーンも勇者の称号を授かるくらいだから、実力者ではあるのだが……
だからといって、変異体を相手に、ここまで圧倒できるものだろうか?
なにか見落としているような気がして、嫌な予感がした。
落ち着いて敵の動きを見ろ。
そして、なにを考えているか心を読め。
俺は努めて冷静に、オーガロードを観察する。
……すると、ヤツはなにかを狙っているような動きをしていることに気づいた。
その動きは……そう、パワーを溜めているかのようだ。
一発逆転を狙っている?
いや、そうじゃない。
これは……
「シグルーンっ、退け!!!」
「なにをバカな、邪魔をするなと……」
「ガアアアアアァーーーーーッ!!!!!」
瞬間、オーガロードが吠えた。
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