36話 スタンピード
数日後。
突然、ギルドに呼び出された。
ギルドを訪ねると、俺達以外にもたくさんの冒険者がいた。
みんな、緊急招集を受けたみたいだ。
そして、リリーナを伴い、初老の男性が現れた。
歳は60くらいだろうか?
白髪の髪は長く、サングラスで目を隠している。
そのサングラスの下に大きな傷跡が見えた。
彼が、このエストランテの冒険者ギルドのマスター、アデル・ソールドだ。
元、凄腕の冒険者。
現在はギルドマスターの立場に収まり、日々、エストランテの冒険者を導いている。
「諸君、急な召集に応えてくれてありがとう。感謝する」
「なに、構わないさ。民草の期待に応えるのが勇者というものだからね!」
しれっとした顔で、シグルーンも混ざっていた。
彼に厳しい視線を向ける者はいるが、ただ、憧れの目を向ける者も多い。
なんだかんだ、勇者という称号の影響力は大きい。
俺とシグルーンの決闘を見た人も、あれはイカサマだ、たまたま調子が悪かっただけ、と言う人もいる。
アルティナやリリーナは怒っていたものの、俺はよかったと安堵していた。
おかげで、シグルーンの機嫌がよくなっていた。
下手に恨みを持たれたくないので、機嫌が上向いたようでなによりだ。
「なにが起きたかわからないが、勇者である僕に任せるといい! どんな依頼だろうと、すぐに解決してみせようじゃないか!」
「頼もしい言葉だ。なら、今回の緊急依頼、頼りにさせてもらおうか」
「任せてほしい。それで、なにが起きたんだい?」
「……スタンピードだ」
「すぅ……!?」
シグルーンの顔が一気に青くなる。
……スタンピードは、一種の天災のようなものだ。
魔物が大量発生して、津波のように押し寄せてくる。
規模にもよるが、抗うことはとても難しい。
一度発生したら、複数の街や村が壊滅することもある。
「……おっと、失礼。すまないが、僕は大事な依頼を請けていたことを思い出した」
シグルーンは青い顔をして、回れ右をする。
「残念だが、今回は力になれそうにない。あぁ、本当に残念だ。諸君、後は任せたよ」
「逃げるわけ?」
今にも掴みかからんばかりの形相で、アルティナが鋭く言う。
「に、逃げるなんてことはない。ただ、依頼があるだけで……」
「緊急依頼は他の全ての依頼より優先される。冒険者なら、知らないはずがないわよね?」
「ぐっ……」
「本当にスタンピードが起きたのなら、あんたなんかの力も必要になるわ。逃げるなんて許さないわよ」
「……くそっ、好きにしろ!」
シグルーンは観念した様子で、近くの椅子に座る。
成り行きを見守っていたギルドマスターは、改めて口を開く。
「今朝、王都から魔道具で連絡が届いた。ここから南方で大きな魔力の歪みが観測された、と。王都の見解は、強大な力を持つ、変異体が発生。その影響でスタンピードの予兆が観測されている、とのことだ」
「マジか……」
「ギルドマスター、規模はどれくらいなんだ!?」
冒険者達はざわつきながらも、事態を把握しようと質問を飛ばす。
「予測になるが……今回のスタンピードは、天災級。魔物の数は万を超えるだろう」
「「「なっ……!?」」」
皆、絶望的な表情になり、言葉を失う。
過去、天災級のスタンピードで十の街が滅びたという記録がある。
この街が発生地点にもっとも近いというのなら、滅びは避けられないだろう。
だからこそ、ギルドマスターの意思を確認しておきたい。
「冒険者ギルドは、どのような方針に?」
「もちろん、迎え撃つ」
質問すると、期待した通りの答えが返ってきた。
「普通ならば避難を考えるところだろう……ただ、エストランテの規模となると、そうそう簡単に逃げることはできない。全住民を他の街に移すとなると、数ヶ月、必要になるだろう。対するスタンピードは、これもまた予測になるが、3日後に到達する。とてもではないが間に合わない」
「なるほど……だから、パニックを恐れて街の人に知らせていないんですね?」
「ああ、その通りだ。これは騎士団も同じで、箝口令が敷かれている。キミ達も例外ではない。この情報を漏らした場合は、冒険者資格の剥奪だけではなくて、逮捕されて罪に問われる可能性もあるから、十分に注意してほしい」
いくらかの冒険者が顔を引きつらせた。
「戦うことは、あたしも賛成。でも、無策で挑むつもり? 天災級のスタンピードに意味もなく突撃しても、逆に蹴散らされるだけよ」
「切り札はある」
ギルドマスターは、皆が見えやすいように、とある設計図らしきものを掲げてみせた。
「最近、王都で開発された結界を起動させる魔道具だ。従来のものより範囲は広く、エストランテなら全域を覆うことが可能だ。明日、王都から届く予定だ」
「ふむ。つまり、その結界でやり過ごそうというわけだね? なんだ、驚かせないでくれたまえ」
シグルーンは安堵したように言う。
他の冒険者も同じような反応だ。
ただ、ギルドマスターの厳しい表情は消えない。
「結界も無敵ではない。天災級の魔物、全てを流して、捌けるかどうかは不明だ。また、仮に乗り切れたとしても、他の街が被害に遭う。それでは意味がない」
「ならば、どうするつもりなんだい?」
「結界で街を守りつつ、一部、形状を変化させて出入り口を作る。そうして、あえて魔物を誘い込む」
「バカなっ!? 結界があるというのに、わざわざ魔物を招き入れる意味なんてないじゃないか! 訳がわからないぞ!」
「あんた……バカ?」
「なっ……!?」
アルティナの辛辣な一言に、シグルーンは怒りに顔を赤くした。
「師匠、説明してあげて」
「あー……ギルドマスターが言ったように、スタンピードをしのぐことができたとしても、他の街が被害に遭うだけだ。他所を犠牲にして助かる方法は、納得できない。それに、他所に行った魔物が戻ってこないとも限らないし、そもそも、結界で天災級のスタンピードを防げるかどうかは未知数だ。賭けに出るには、あまりにもリスクが大きい。だからこそ、戦う必要がある」
「で、あえて出入り口を作ることで、魔物の動きを誘導することができるわ。そうね……四つくらいの出入り口を作る感じかしら? 全方位から攻められるのに比べたら、遥かに楽よ。それに、魔物の動きを予測できるだけじゃなくて、簡易砦や罠などを設置しておけば、こちらが有利に戦える……っていう感じかしら?」
「ああ、その通りだ」
俺とアルティナの考えを肯定するように、ギルドマスターは大きく頷いた。
「守るための結界ではなくて、攻めるための結界だ」
「し、しかしだね!? それでも、天災級のスタンピードを相手にするのは厳しいのではないか!?」
「その不安も当然だ。故に、2日、粘ればいい」
「2日……?」
「5日後に、王都から援軍が到着する予定だ。それまで時間を稼ぐことができれば、エストランテは生き延びることができるだろう」
「なんだ、援軍が来るのか! ならば、結界の中に閉じこもれば……」
「だから、あんたバカでしょ?」
「なぁっ……!?」
アルティナは、再びため息をこぼした。
今度は説明するつもりもないようだ。
魔物の群れが他所に行っては、援軍を派遣してもらっても意味がない。
それに、結界が耐えられる保証もない。
故に、魔物を適度に誘い、耐えて数を減らしつつ、援軍を待つのが一番なのだ。
「とはいえ、勇者殿が言うように、この作戦は非常に危険なものだ。緊急依頼ではあるものの、強制はしない。箝口令は守ってもらうが……今のうちに街を去りたい者は去るといい。止めはしない」
「「「……」」」
この場に集まった冒険者達は、皆、戸惑いと迷いを顔に出していた。
天災級のスタンピード。
結界という切り札があるとはいえ、相当に厳しい戦いになるだろう。
怪我は元より、命を落とす確率が高い。
迷うのは当然。
辞退しても責められることはない。
ただ……
「俺は戦う」
皆の視線が集まるのを感じた。
その上で、胸の内にある想いを言葉にしていく。
「俺の剣は、誰かを助けるためのものでありたい。スタンピードを前に、できることは限られているかもしれないが……それでも、助けられる命があるのなら、剣を振ろう」
「もちろん、あたしも戦うわ」
アルティナが続く。
「師匠の弟子だから、っていうところはあるけど、でも、それだけじゃないわ。あたしは、この街が好きよ。エストランテで暮らすみんなが好き。だから……守りたい」
アルティナのまっすぐな想いは……皆に届いた。
「よ、よしっ! 俺もやるぜ、やってやる!」
「剣聖とはいえ、まだ18のアルティナ嬢ちゃんがここまでの覚悟を見せているんだ! 俺等ベテランがビビってる場合じゃねえぞ!」
「私達でこの街を守りましょう! ガイさんの言う通り、できることはあるはずよ!」
「おおおぉーーー!!!」と、ギルド内は冒険者達の気合で満たされるのだった。
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