31話 護衛依頼
「今日はよろしくお願いしますぞ」
「ええ、こちらこそ」
商人のギドさんと笑顔で握手を交わした。
三十代の男性で、恰幅がよくて横に広い。
商売がうまくいっている証拠だろう。
今日は、護衛の依頼を請けた。
エストランテから半日ほどの距離の村まで移動するギドさんの護衛だ。
ランクが昇格したため、こうした依頼も請けられるようになったのだ。
「では、行きましょう」
ギドさんは御者台に乗り、馬の手綱を握る。
俺達は、その後ろの荷台に乗る。
本当は、盗賊達に対する牽制として、俺達が御者台に乗った方がいいのだけど……
ギドさんの馬はあまり人に慣れていないらしく、他の人だと動いてくれないらしい。
まあ、荷台はそこそこ広く、いざという時はすぐに外に出られるだろう。
ほどなくして、コトコトと車輪が回る音。
それと、小さな振動が伝わってきた。
「あいたた……人を運ぶための馬車じゃないから、ちょっと揺れるわね。依頼が終わった後、お尻が大変なことになりそう」
「クッションでもあればいいんだけどな」
「じー……」
「どうした?」
「師匠、あぐらをかいてくれる?」
「こうか?」
「えいっ」
アルティナが俺の膝の上に乗る。
「お、おい」
「へへー、こうすればお尻が痛くないわ」
「俺は痛いのだが」
「いいじゃない。こんな美少女に密着されて、嬉しいでしょ?」
「うーん」
アルティナは女性というよりは、弟子。
弟子だから子供のように感じていて、そういう目で見たことはない。
「むぅ……師匠ってば、剣の実力はすごいのに、こっち方面はてんでダメね」
「こっち方面とは?」
「知らなーい」
拗ねられてしまう。
なぜだ?
「ほっほっほ、仲がよろしいですな」
俺達の会話は御者台のギドさんにも届いていたらしく、朗らかな笑い声が聞こえてきた。
「いやはや、お恥ずかしい」
「いえいえ、気になることなどありません。御夫婦なのですから、仲が良いのは当然のことかと」
「あ、いや。俺達は……」
「ふふ、そう見える? もうー、ギドさんってば上手なんだからー♪」
一気にアルティナの機嫌が回復した。
だから、なぜだ……?
「彼女は弟子なんですよ」
「そうなのですか?」
「ええ。もっとも、俺にはもったいないくらいの弟子ですが」
「なによー、そこは、誇りに思うところでしょ?」
「誇りには思っているさ」
「え? あ、ぅ……そ、そう……」
「ただ、あの剣聖が弟子となると、やっぱり、もったいないとは思ってしまうんだよな」
「ほぅ……剣聖なのですか?」
「ええ。そういえば、師匠しか名乗っていなかったわね。あたしは、アルティナ・ハウレーン。剣聖の称号を授かる冒険者よ」
「……これはこれは。そのような方に護衛をしていただけるなんて、とても心強い」
なんだ?
今、ギドさんの気配が一瞬鋭くなった気がしたが……
「ところで、喉などは乾いていませんか?」
「いえ、お気遣いなく」
「いえいえ。大事な護衛の方になにかあっては、心配ですからね。村までは、まだ時間がかかります。よかったら、こちらをどうぞ」
ギドさんから水筒を二つ、渡された。
やけに用意がいいな……?
「ありがと、ちょうど喉が乾いていたところなの」
アルティナは笑顔で水筒を受け取り、さっそく中身を飲む。
「これ……!」
「どうしたんだ?」
「すっごく美味しい! 果物の果汁かしら?」
「ええ。うちで扱っている商品の一つですよ」
「へぇー、こんなに美味しいなら、たくさん売れるでしょうね。ん~♪」
アルティナは、とても美味しそうに飲んでいた。
……気にしすぎかな?
俺も水筒の蓋を開けて、中身を飲む。
「ふむ……美味しいな」
「それはよかった。これで、お客様が二人、増えたかもしれませんな」
「そうね。あたし、街に戻ったらこれを買っちゃうかも」
アルティナの機嫌が完全に治ったようでなにより。
「では、なにかありましたら、呼んでください」
そう言って、ギドさんは馬車を動かすことに専念した。
わざわざ、この差し入れのために声をかけてくれたのだろう。
「ギドさん、良い人ね」
「……そうだな」
「そういえば、師匠は護衛のイロハは知っている?」
「いや、わからない」
剣のことなら詳しいと思うが、冒険者については、まだまだ勉強中だ。
「ふふーん。じゃあ、あたしが教えてあげる♪」
立場が逆転することが嬉しいのか、アルティナは得意顔だ。
「ああ、頼むよ」
「いい? まずは……」
その後、30分ほどアルティナの護衛講義が続いて……
「つまり、こういう時はぁ……あふぅ」
大きなあくびがこぼれた。
「眠いのか?」
「なんか、急に……おかしいわね? 今日は、たっぷり睡眠をとったはずなんだけど……」
「日頃の疲れが溜まっているのかもしれないな。なにかあったら起こすから、寝てていいぞ」
「んー……ごめん、師匠。お願い……わりと、限界……」
そこまで言うのが限界で、アルティナは、ぽすんと俺の膝の上に倒れ込んだ。
そのまま、すぅすぅと寝息を立てる。
穏やかな寝顔だ。
俺のことを信頼してくれているのがわかる。
彼女の素直な気持ちが嬉しい。
「今は、特になにもなさそうだし……俺も寝ておくか」
そっと、目を閉じた。
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