30話 稽古と稽古
「……うっ」
とある日の朝。
あたし……アルティナ・ハウレーンは、剣の鍛錬に励んでいた。
師匠に教わった通りに、剣を構えて、気を練り、祈りを捧げて……そして、振る。
その繰り返し。
ひたすらに素振りを続けていく。
ただ、これが思っていた以上に厄介だ。
常に一定の動作を繰り返すため、集中力が要求される。
また、一撃一撃に全力を乗せるため、膂力も必要となってくる。
そして、一回毎に一から気を練り上げないといけないため、気のコントロールも必須だ。
きつい。
ものすごくきつい。
両腕が痺れて、息が切れて、気がコントロールできなくなり目眩すら覚えた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
どうにかこうにか百回をこなしたものの、そこで限界。
あたしは手を止めた。
「こんなものを……1時間で1万回とか……やっぱり、師匠って化け物ね……」
「俺がどうしたんだ?」
「ひゃっ」
いつの間にか師匠がいた。
同じく鍛錬にやってきたらしい。
「ううん、なんでもないの。それより、師匠もこれから素振りを?」
「ああ。毎日やらないと、色々な感覚が薄れてしまうからな」
「ふーん……その毎日って、毎日なの?」
「どういう意味だ?」
「嵐が来た日とかは? 体調が優れない日もあるでしょう?」
「もちろん、毎日だ」
断言されてしまった。
「嵐が来たら、むしろラッキーだな」
「え、なんで?」
「普段と違う環境だから、集中しにくくなるだろう? そういう逆境に身を置くことで、そういう日は、いつも以上に鍛えられる気がする。体調が優れない日も同様だな」
「うわぁ……」
あたしが思っている以上に、師匠はすごいのかもしれない。
弟子入して、それなりの日が経ったけど……
まだまだ師匠のことを理解していないようだ。
「ねえ、師匠。今日は、ちゃんと稽古をつけてよ」
「それは構わないが……なんだか、やけにやる気だな?」
「そういう気分なの」
このままだと、一生、師匠に追いつけないような気がした。
それどころか、どんどん差が開くばかり。
なら、努力するしかないじゃない?
「よし。じゃあ、一緒にがんばろうか」
「よろしくお願いします!」
「まずは、俺が見て気になったところだけど……」
こうして、今日は師匠に稽古をつけてもらうことになった。
単純に、剣を学ぶことは嬉しい。
あと……師匠と一緒にいられることも嬉しい、えへへ♪
――――――――――
「ところで、普段、アルティナはどんな鍛錬をしているんだ?」
とある日。
ふと気になり、俺は思っていたことを尋ねてみた。
「え、あたしの鍛錬? それは、師匠のでたらめな素振りを基本に……」
「あ、いや。そうじゃなくて、俺と出会う前は、どんな鍛錬をしていたのかな……と。剣聖に至る道がどんなものか、気になったんだ」
「ああ、そういう」
んー、とアルティナは考える素振りを見せる。
「そんなに大したことはしていないわよ? 師匠のようなアホで無茶苦茶で色々とおかしい素振りじゃなくて、普通の素振り」
「言い方な」
「それと、基礎トレーニング。それくらいね」
「……それだけ?」
「ええ」
「それで剣聖に上り詰めるなんて、すごいな」
「強いて挙げるなら、あとは実戦かしら? とにかく魔物と戦って戦いまくって、実戦で腕を磨いていったわ」
「なるほど」
確かに実戦は重要だ。
普段の鍛錬だと、わりと思った通りのことはできる。
しかし、いざ実戦になると、鍛錬でできていたことの半分ができなくなる。
実戦の緊張や焦りのせいだ。
力だけではなくて、心を律することも求められる。
「ああ、そういえば……アレもしていたっけ」
「アレ、というのは?」
「ちょっとまっててね」
アルティナは、一旦、宿に戻った。
普段、宿の裏手にある広場で鍛錬しているため、アルティナが戻ってくるのはすぐだった。
「はい、これ」
「これは……剣、なのか?」
アルティナから渡されたのは、レイピアに近い、とても細く薄い剣だ。
おまけに、鳥の羽のように軽い。
試しに振ってみると……なんだ、これ?
あまりにも軽く、刃が薄すぎるせいで、なにもかも普通の剣と勝手が違う。
違いすぎるせいでまともに扱うことができず、でたらめな軌道になってしまった。
「極限まで軽量化した剣よ」
「こんなものを鍛錬に……?」
「意外と役に立つのよ? 感じてもらった通り、めちゃくちゃ扱いづらい。これなら、鉛をつけた重さたっぷりの剣を使っている方がマシ、って思うくらい。でも、その剣を扱うためには、とても繊細な技術が要求されるわ。だから、うまく扱えるようになれば、今までの何倍もの技術を得られる、っていうわけよ」
「なるほど」
そういう鍛錬は思いつかなかったな。
おじいちゃんからも教わった覚えがない。
なかなか良い方法だと思う。
このおかげで、アルティナは剣聖になれたのかもしれないな。
「師匠もやってみる?」
「いいのか?」
「あたしは、今は使ってないし、貸してあげる」
「そうか、助かるよ。ありがとう」
「まあ、いくら師匠でも、けっこう苦戦すると思うわ。あたしだって、まともに扱えるようになったのに半年はかかったもの。師匠なら、んー……1ヶ月くらいかしら?」
ヒュンヒュンッ!
シャッ!
「おっ、こんな感じか。よし、だいたいコツが掴めてきたぞ」
「……」
「ん? どうしたんだ、アルティナ。ぽかーんとして」
「なんで1分で習得しているのよ!?」
なぜか怒られた。
「あたしは半年もかかったのに! 師匠でも1ヶ月はかかると思っていたのに! それなのに、たったの1分って……なによそれ、なによそれ! 大事なことだから二回言いました!」
「お、落ち着いてくれ。俺は、たまたまうまくいっただけで……」
「あーもうっ、やってられないわ! 師匠、今夜は飲みにいくわよ! 付き合って!」
「え? それは、しかし……」
先日のとある事件を思い出した。
「今度は大丈夫! ちゃんと、限界手前で飲むのやめるから!」
「うーむ、しかしだな……」
「行くったら行くの! あたしのプライドを傷つけた罰よ! 乙女は繊細なんだから!」
「わ、わかった。飲みに行こう」
こうして、夜はアルティナと飲みに行くことになったのだけど……
彼女が前回と同じ道を辿ったことは、言うまでもないことだった。
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