２２話 斬れないものはない
十を超える火球が、それぞれ複雑な弧を描きつつドラゴンに迫り……
着弾。
ゴガァッ！！！ という轟音と共に、炎と衝撃を撒き散らした。
「今の魔法は……」
「上級魔法のフレアよ。効果範囲は狭いけど威力は抜群。あれなら倒すまではいかなくても、多少のダメージは届くはずよ」
「ふっ、僕の剣でトドメを刺したいところなのだが……この程度か、拍子抜けだね。これなら僕が相手をするまでもない。キミ、『撃竜砲』の準備をするように」
シグルーンはいつの間にか戻ってきていた。
何事もない顔をしているものの……うーん、すごい神経が図太いな。
ただ、彼の言う通り今がチャンスかもしれない。
そう思い、しっかりと戦場を観察する。
「……ダメだ」
爆炎の中に潜むドラゴンの気配、圧はまったく衰えていない。
むしろ怒りで増大しているくらいだ。
「皆、後ろへ！」
「え？ 師匠、なにを……」
皆をかばうように前に出た。
ほぼ同時に宙を舞う炎が勢いよく散らされた。
その中から無傷のドラゴンが姿を見せる。
ついでに言うのなら、怒り心頭といった様子で、頭部を軽く仰け反らせて、ブレスを吐く体勢に移行していた。
紅蓮が嵐のように吹き荒れた。
避けられるものではない。
防げるものではない。
ならば……斬る！
「すぅぅぅ……はぁっ！！！」
一閃。
剣の軌跡に従い、炎が断たれていく。
業火は勢いを失い、そのまま風に散らされた。
「「……」」
アルティナとシグルーンが目を丸くして、
「「はぁっ！？」」
ほぼ同時に驚きの声をあげた。
「どうしたんだ、二人共？」
「師匠こそどうしたのよ！？ また訳のわからないことをして！ 訳のわからないことをして！」
「炎を斬る、だと……？ まさか、そんな芸当を成し遂げるものがいたなんて……」
「いや、だから……なぜ驚いている？ これくらい、剣士なら普通にできることだろう？」
「「できるかっ！！」」
ダブルツッコミ。
おかしいな？
おじいちゃんは、鼻歌混じりに成し遂げていたのだが……
「ガァッ！！！」
炎を散らされたせいか、ドラゴンが苛立つように吠えた。
高く舞い上がり……
太陽を背に急降下。
自らの体を鈍器として、巨大な体を叩きつけてくる。
「ふん。当たれば厄介だろうが、そのような大振りな攻撃、避けるのは簡単だ」
「速いけど、それだけ。狙いが正確な分、読みやすくて……って、師匠！？」
シグルーンとアルティナは安全圏に退避するものの、俺は、動かない。
急降下してくるドラゴンを真正面に捉えた。
「師匠、なにやってんの！？ 逃げて！」
「おいっ、キミは自殺したいのか！？」
二人は慌てているが、しかし、ここで俺が退くわけにはいかない。
そんなことをすれば、後方支援を担当する冒険者達に被害が出てしまう。
集中。
気を練る。
「師匠！？」
「くっ……！」
ドラゴンが目の前に迫る。
緊張で体が震えた。
恐怖で萎縮してしまいそうになる。
でも、それらを全て意思で抑え込む。
こういう時のために剣を振り続けてきたのだ。
いざという時……今、ここで倒れるわけにはいかない。
……よし。
心は優しい湖のように。
それでいて、熱い太陽のように輝いて。
剣を振る。
「グギャアアアアアッ！？」
斬。
「「はぁあああああっ！！！？」」
これ以上ないほど最適なタイミングでカウンターが決まり、ドラゴンが地に落ちた。
それを見たアルティナとシグルーンが、あんぐりと口を開ける。
アルティナが慌てて駆けてきた。
「し、師匠……今、なにをしたわけ……？ ど、どうやって、あのドラゴンの攻撃を突破して……」
「大したことはしていないさ」
「ドラゴンの撃墜は十分に大したことよ！」
「相手の勢いを利用したんだ。ほら、ドラゴンは思い切り突っ込んできただろう？ 俺はただ、ヤツの突撃のタイミングに合わせて剣を振る。そうすれば、ドラゴンは自分から剣に突っ込むことになり……思い切り突撃しているものだから、自爆することになった、っていうわけだ」
「えぇ……」
わかりやすい説明をしたつもりなのだけど、アルティナは納得していない。
未開の原住民族を見るような目を向けられた。
「そりゃ、まあ、理屈で言えば師匠の言っていることは正しいんだけど……剣を振るタイミングは、０・１秒間違えただけでもアウト。角度などの調整もミリ単位。突撃に耐えられる剣と、それを持つ膂力も必要とされて……なによりも必要なのは、ドラゴンの突撃に真正面から立ち向かう度胸。師匠って、頭おかしいんじゃないの……？」
酷いことを言われてしまう。
一応、キミは俺の弟子だよな……？
もう少し敬う心を持ってほしい、と切に願う。
「おっさんだって、やる時はやるんだぞ？ 若い者に負けていられないからな」
「だからって、ドラゴンと真正面からやり合うとか無謀すぎるわよ。どうして、そんなこと……」
「俺まで退いたら、みんなに被害が出ていただろう？」
「……」
即答すると、なぜかアルティナは驚いていた。
「少しくらいの危険があったとしても、やるしかないさ。男だからこそ、時に、退けない時もある。まあ、古臭い根性と笑われるかもしれないけどな」
「……あたしは笑わないわよ。そんな師匠のこと、心の底から尊敬するわ」
「そうか？ ありがとう」
「ふふ。師匠は無謀じゃなくて、お人好しなのね」
アルティナは、どこか嬉しそうに笑顔を浮かべるのだった。
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