20話 バカとハサミは使いよう
翌日。
ドラゴン討伐戦の日が訪れた。
まずは、ドラゴンが行動を起こすのを待つ。
大量の罠が起動した後……
俺達、冒険者が突撃する。
どうにかこうにか、ある程度のダメージを与えて、その場に足止めをする。
目的地まで誘い出した後、道具を使い、一時的に行動不能に陥らせ……
『撃竜砲』にてトドメを刺す。
この他、想定外の事態に備えて、複数の策が立案されている。
できる限り万全の体勢を敷いたつもりではあるが……果たして、どうなるか?
俺としては、犠牲などが出ることはなく、無事にいくことをただ願う。
――――――――――
「見つけたよ、僕の女性に手を出す、こそ泥ネズミめ!」
作戦開始前。
ギルドで最終的な打ち合わせをしていると、高らかな……それでいて、自分に酔っているような声が響いた。
シグルーンだ。
「貴様は許されないことをした……その罪はとても重く、地獄の業火に焼かれなければならぬほど。まずは、土下座をしてもらおうか。謝意を示すことができたのなら、少しは僕の印象が良くなるかもしれないぞ? 罰は免れないが、それを軽減することも考えてあげようではないか。あぁ、なんて優しいのだろう、僕は!」
「「「……」」」
突然、訳のわからないことを言い出すものだから、混乱して、思考停止してしまう。
他の冒険者達も同じ様子で、この非常時になにを言っているんだ? というような顔をしていた。
「さあ、謝罪をしたまへ!」
「えっと……なぜだ?」
「なぜ!? なぜと言ったのか、貴様は!? なんという……なんという愚か者なのだ。まさか、己の罪も自覚できないほどの低脳だったとは。貴様に対する怒りはあるが、しかし、哀れみも覚えてきたな」
彼は演者になった方がいいのではないか?
そう思えるくらい、一つ一つの仕草が芝居がかっていた。
「貴様は、僕の女に手を出した。これは、一般常識で考えると、あってはならないことだ。それは、さすがに理解できるだろう?」
「後者は理解できるが、前者は無理だな。アルティナは、キミと付き合ったこともその予定もないと言っていたよ」
「ふふん、バカめ。それは、照れ隠しというものだ」
「……あんたがバカよ。こいつ、斬り殺したい……」
アルティナが本物の殺気を放ちはじめたので、慌てて軌道修正を試みる。
「えっと……どうやら、互いの認識に誤解があるようだ。俺は、俺の認識が正しいと思っている。キミは、キミの認識が正しいと思っている。このままでは、平行線になると思わないか?」
「ふむ……それもそうだね。では、こうしようじゃないか。勝負をしよう」
「勝負? いや、それは……ドラゴン討伐を前に、そんなことをしている時間は……」
「そのドラゴン討伐で勝負をすればいいのだよ。どちらがドラゴンを討伐できるか。それでいいと思わないかい?」
「えぇ……」
あれほど綿密に策を練り上げたというのに、それを、たったの一瞬で崩壊させるようなことを言う。
この男は、いったい、なにを考えているのだろう?
「……きっと、なにも考えていないわ。だって、バカだもの」
俺の考えを読んだ様子で、アルティナが呆れ顔で言う。
「あの……グルヴェイグさん? そのような勝手をされると、とても困るのですが……」
「なに、心配は無用さ。どのような流れになろうと、最終的に、ドラゴンは僕が討伐する。真の切り札は僕なのだからね」
「えっと……」
それが信用ならない、という感じで、リリーナは微妙な顔に。
他の受付嬢達も同じ表情だ。
Sランクで勇者。
普通なら、絶大な信頼を得るはずなのに……
こうも正反対な結果になってしまっているのは、彼の人柄のせいだろうか?
「お二人の間に問題というか因縁というか、そういうのがあることは理解しましたが、街の危機を勝負に利用されてしまうのは、さすがにちょっと……」
「む? なぜだい?」
シグルーンは、リリーナの言いたいことが本気で理解できないらしく、不思議そうに首を傾げていた。
「ドラゴン討伐は、絶対に失敗できませんから……」
「なにを言っているんだい? この僕がいるのだから、失敗なんてありえないさ」
「ええっと……」
同じ会話が繰り返されていた。
この男、学習能力がないのだろうか?
このままだと、面倒なことになるな。
そうなる前に軌道修正を図りたいところだが……
「……わかった、勝負を受けよう」
「ふむ。それなりに話がわかるじゃないか。底辺の愚図ではないようだね」
この物言い……
子供の頃に別れたきりの義兄を思い出すな。
もしかして、関係者なのだろうか?
「勝負の方法は?」
「もちろん、どちらがドラゴンを討伐するか、だよ」
「わかった、それで構わない」
「師匠!?」
「ガイさん!?」
そんなヤツの話に乗るなんて、という感じでアルティナとリリーナが驚いていた。
そんな二人に、そっと耳打ちする。
「……いい感じに彼を誘導してドラゴンにぶつけるから、それを足止めにして、時間調整を行おう。もしも、そのまま倒してしまったのなら、よし。難しいのなら、どうにかこうにか時間を稼いで、『撃竜砲』の出番を待つよ」
「……なるほど。バカとハサミは使いよう、ってことですね」
「……師匠も悪ねえ」
二人はとても楽しそうな顔をしていた。
リリーナとアルティナも、十分に悪だと思うぞ。
「でも、それじゃあ師匠の負けにならない?」
「『撃竜砲』でトドメを刺したのなら、引き分けにならないか? 仮に、彼がドラゴンを討伐したとしても、それはそれで構わないさ。俺の負けということで、土下座でもなんでもしよう。なに、それで街が守れるのなら安いものさ」
「ガイさん、あなたという人は……」
「まったく、師匠は本当にお人好しなんだから」
リリーナとアルティナはにっこりと笑い、
「「だから素敵」」
「お、おっさんをからかわないでくれよ」
「ふふ、乙女の本心よ」
「どんな結末になろうと、ギルドは、ガイさんを全力で支援することを約束します」
「ありがとう」
「キミ達、なにをこそこそ話しているんだい?」
シグルーンは不思議そうな顔をした。
「もしかして、勝負を受けたことを後悔しているのかな? まあ、それも仕方ない」
「えっと……まあ、なんとかがんばるよ」
「はははっ、僕の実力に怯えることなく、立ち向かう勇気は褒めてあげよう。しかし、それは蛮勇というものだ。実力差をしかと見せつけて、そして、僕は愛しいアルティナを取り戻してみせようではないか!」
こちらの考えていることなんて欠片もわかっていないシグルーンは、一人、自分に酔いしれた様子で叫んでいた。
本当、困ったヤツだな。
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