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2話 トマス・グルヴェイグ

 後日。

 俺は、祖父トマスのところに送られた。


 祖父が暮らしているところは思っていた以上の辺境で、街ではなくて、村ですらもない。

 山奥にぽつんとある、小さな小屋。

 たったそれだけ。


「まあ……なんでもいいか」


 どうでもいい。

 なにもかも、全てがどうでもいい。


 どうせ、俺は病気で死ぬ。

 こんな世界で生きたいとも思わない。


「よく来たのう。儂は、トマス・グルヴェイグじゃ。お主の祖父じゃ」


 死んだ魚のような目をする俺に、祖父は、とても温かい笑みを向けてくれた。

 春の柔らかい日差しを浴びているかのよう。


 予想外の対応に、ついつい驚いてしまった。


「どうしたのじゃ?」

「いや、だって……」

「ふむ……まあ、よい。まずは、お主の病を治さなければな。来なさい。ガイの部屋を用意しておる」

「でも……俺の病気は治らないんじゃあ……」

「そのようなことはないぞ? 厄介な病気じゃが、死病というわけではない。しっかりと治療をして看病をすれば治る」


 なら治らないな。

 価値のない俺の面倒を見る人なんているわけがない。




――――――――――




 祖父は俺の面倒を見てくれた。

 ずっとずっと見続けてくれた。


 熱が出た時は、水に濡らしたタオルを何度も交換してくれて。

 咳が出た時は、少しでも楽になるようにと背中をさすってくれて。


「大丈夫じゃ。きっと治る。だから諦めるでない」


「今日のおかゆはうまくできたと思うのじゃが、どうだろう?」


「少し散歩をするか。寝たきりだと、どうしても気分が鬱屈としてしまうからのう」


 笑顔で話しかけてくれた。


 それはまるで、俺はここにいるんだぞ、と教えてくれているかのようで……

 存在価値を認めてくれているかのようでもあった。


「……どうして」

「うん? なんじゃ?」

「どうして、ここまでしてくれるの……? 俺、いらない子なのに……価値なんてないのに……」

「あるさ」


 祖父はすぐに俺の言葉を否定した。

 優しい顔で頭を撫でてくれる。


 ……温かい。


「儂にとって、お主は可愛い孫じゃ。孫を大事に思わない者なんておらん」

「でも、父さんは……」

「忘れろ忘れろ」

「えっと……」

「儂がお主を愛そう。価値があると認めよう。欲しよう」

「……」

「だから、そのような顔をするな」

「なら……どんな顔をすれば……」

「子供らしく笑っていればよい」

「……うん。ありがとう……おじいちゃん」


 自然とそんな言葉が出た。




――――――――――




 1年後。

 俺はすっかり元気になっていた。

 自由に体を動かすことができて、外を走ることもできる。


 全部、おじいちゃんのおかげだ。


「ところで、ガイや」

「なに、おじいちゃん?」

「ちと嫌な話をするが……ガイの病は完治したが、また、別の病にかかるやもしれぬ」

「それは……うん」

「そうならぬために、剣術を学ばぬか?」

「剣を?」

「健全な体に健全な魂は宿る、という言葉があってな。体を鍛えることで心と魂を鍛えよう、というものじゃ。無理強いはせぬが……どうじゃ、やってみないか?」


 剣を学ぶ。

 その目的は強くなることではなくて、心と魂を鍛えること。

 すなわち、精神の鍛錬。


 とてもいいことだと思えた。


「うん、やりたい!」

「そうか、そうか。では、明日から稽古をつけてやろう」

「おじいちゃん、剣を使えるの?」

「昔は、冒険者をやっていたからのう。それなりの腕前じゃ。まあ、本来なら、実力者に指南を頼みたいが、近くの街まで歩いて一ヶ月はかかるからのう……」

「俺、おじいちゃんがいい! 実力者だとしても、知らない人に教わりたくない。おじいちゃんがいい!」

「ほっほっほ、嬉しいことを言ってくれるのう。なら、明日からがんばるとしようか」

「うん!」




――――――――――




 俺は、おじいちゃんから剣を教わることになった。


 おじいちゃんの教え方は優しく、そして厳しい。

 丁寧に技を教えてくれるものの、きちんとできるまで何度でも繰り返して、次に進むことができない。


 それを不満に思うことはなかった。

 むしろ、嬉しい。


 誰かにものを教えてもらうなんて初めてだ。

 病気で1年近く寝込んでいたため、体を動かすことも楽しい。

 そしてなによりも、おじいちゃんは、ガイ・グルヴェイグという個人をしっかりと見てくれている。


 がんばろう。


「いいかい? 強くなるために剣を振るんじゃない。心と魂を鍛えるために剣を振るんだ。そのために、剣術に対する感謝の念が大事なんじゃよ」

「感謝……?」

「剣のおかげで自らを鍛えることができた、という感じじゃな。どうだい、ガイ。剣術を始めて、元気になったと思わないかい?」

「うん、思う!」

「なら、それは剣術のおかげじゃよ。剣の道を示して、歩いていくことで、剣の神様が祝福を授けてくださったのじゃ。ならば、それに感謝するのは当然のことじゃろう?」

「確かに……そうだね、僕もそう思うよ」

「うんうん、ガイは、色々なことを考えて理解できる、いい子じゃな。ならば、やるべきことはわかるな?」

「ただ剣を振るだけじゃダメ。きちんと感謝の念を込めて振るんだね?」

「正解じゃ。よくできた」

「えへへ」


 頭を撫でられて笑顔になる。


 嬉しい。

 楽しい。

 幸せだ。


 今の俺は、とても満たされていた。

 おじいちゃんがいる。

 剣がある。

 その二つが、荒野のように乾いていた俺の心に花を咲かせてくれた。

 感謝しかない。


 だからこそ、おじいちゃんが言うように、感謝の念を込めて剣を振らないといけないんだろう。

 なんとなくだけど、そう理解することができた。


 その日から、俺は、毎日素振りをするようにした。


 両足でしっかりと大地を踏みしめて、両手でしっかりと剣を握る。

 剣をまっすぐに。

 力強く構える。


 おじいちゃんに対する感謝。

 剣術に対する感謝。

 それらの念を込めて、気を整える。


 そして……振る。


 それらの一連の動作を一回として、毎日、1万回の感謝の素振りをすることにした。

 とても大変なことだけど、苦しいとか辛いとか、そう思ったことはない。

 楽しい。

 剣を扱い、剣の道を歩くことができるのが、とても嬉しい。


 構える、気を練る、剣を振る。

 構える、気を練る、剣を振る。 構える、気を練る、剣を振る。

 構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。

 構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。

 構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。

 構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。

 構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。

 構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。

 構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。

 構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。構える、気を練る、剣を振る。


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