19話 剣聖と勇者
「げっ……」
最悪の展開……という感じで、アルティナが盛大に表情を歪めた。
それを気にしているのか気にしていないのか、シグルーンは笑顔でこちらに歩み寄ってくる。
「やあ、久しぶりだね! 元気にしていたかい?」
「え、ええ……まあね」
「そうか、それはよかった。僕も、キミに会えて嬉しいよ。こうして再会できることをどれだけ望んでいたか」
「……あたしは欠片も望んでいないわよ、このストーカー勇者め……」
「うん? 今、なにか言ったかい?」
「なにも。ところで、なにか用? ただの世間話ならお断りよ。明日の準備があるからね」
「そうつれないことを言わないでおくれ。僕とキミの仲じゃないか。これから食事にでも行こうじゃないか、美味しい店を知っているんだ。そこで旧交を温めよう。なんなら、夜も一緒に過ごそうじゃないか。僕が使っている、最上級の宿に招待しようじゃないか」
「だから、行かないっての」
「照れているのかい? それとも、僕が勇者だから気後れしているのかな? なに、遠慮することはない。キミは、妻候補の一人なのだからね」
衝撃の事実が告げられた。
驚いてアルティナを見ると、違う! と言うかのように、ぶんぶんと激しく首を横に振る。
「勝手なこと言わないで! 誰が、あんたなんかの妻になるもんですか!」
「はっはっは、また照れ隠しかい? キミの素直になれないところは、それはそれで可愛いと思うよ」
「あーもうっ、この男は……!!!」
いかん。
アルティナが人斬りのような目をしているぞ。
「師匠っ!!!」
「は、はい!?」
「とっとと宿に帰るわよ!」
「え? いや、しかし、この方は……」
「放っておけばいいのよ、文句ある!?」
「いえ、なにも」
これ以上ないほどの殺気を叩き込まれ、素直に頷くしかない。
その間、シグルーンは、俺達の会話聞いておらず自分の世界に浸っていた様子で、不思議そうに首を傾げた。
「どうしたんだい、アルティナ? さあ、食事に行こうじゃないか」
「おあいにくさま。あたしは、これから師匠と宿に行くの!」
「……なに?」
「じゃあね! できれば、二度と会いませんようにっ!!!」
明日、嫌でも会うと思うぞ?
「なんか言った?」
「イエナニモ」
「じゃあ、行くわよ!」
「あ、ああ……では、これで失礼する」
アルティナに引きずられるまま、俺は、その場を後にした。
――――――――――
「……」
一人、残されたシグルーンは、ぽかんと立ち尽くす。
「この僕ではなくて……冴えないおっさんを誘う? 僕ではなくて? ……え? どういうことだ? まったく理解できないのだが……」
ややあって、シグルーンは強く拳を握る。
怒りの形相で舌打ちをした。
「おっさんより下……と言いたいわけか、彼女は? よくもまあ……ここまで、この僕をコケにしてくれたものだな。一度、自分の立場というものをわからせてやらないといけないな。ふ、ふははは、はははははっ!」
――――――――――
「師匠、ごめん!」
宿に戻ったところで、アルティナに頭を下げられた。
はて?
なぜ、彼女が謝るのだろう?
「みっともないところ見せちゃった……」
「それは、別に謝ることじゃないだろう? 俺はなにも気にしていないさ」
「ありがとう、師匠」
「ただ……うーん。プライベートにあまり口を挟むつもりはないが、それでも、よかったら事情を教えてくれないか?」
「それは……でも、えっと……うん。わかったわ。こうなると、もしかしたら師匠にも迷惑をかけちゃうかもだし、ちゃんと説明しておくべきね」
そして、アルティナは勇者シグルーンとの関係について説明してくれた。
アルティナとシグルーンは、一時期、パーティーを組んでいたらしい。
剣聖と勇者のコンビ。
控えめに言っても最強だ。
パーティーは難易度の高い依頼を次々と達成していったのだけど……
ある問題が浮上した。
シグルーンの女癖の悪さだ。
彼は、自分の容姿の絶対の自信を持っていて……
その上で、自分に声をかけられることは光栄なこと、というとんでもない勘違いを始めたのだ。
顔も良く、実力もある。
彼の誘いに応じる女性は多く、それが、彼を増長させた。
アルティナも自分のことが好きに違いない、と思い込むようになり……
それに嫌気が差したアルティナはパーティーを抜けて、ソロで活動するようになった。
それからしばらくして、俺と出会い……今に至る。
俺とシグルーンに関係がないと知り安心していたのも、そういう訳か。
「そんなことになっていたのか……」
「だから……ごめん。さっきの行動で、師匠、あのバカに目をつけられちゃったかも……でも、あたし、我慢できなくて。というか、嫌悪感が半端なくて……」
「いいさ」
一言で許すと、アルティナがぽかーんとする。
「それ、アルティナが悪いわけじゃないだろう? それなのに謝る必要はないさ」
「で、でも、あたし、煽るようなことを言っちゃったし……」
「彼の行いを考えれば、当然の怒りだ。さすがに、あれはどうかと思う。アルティナが怒っていなくても、俺が口を出していたかもしれないな。」
「でもやっぱり、あたしのせいで師匠にも迷惑をかけるかもしれないと思うと……」
「気にするな」
「……師匠……」
「俺は師匠で、そして、大人だ。アルティナに迷惑をかけられるなんて思わないし、守ることも当然のことだよ」
「……ありがと」
アルティナは、ちょっと頬を染めつつ、小さな声で言う。
そんなアルティナの頭をぽんぽんと撫でた。
やや不満そうに唇を尖らせる。
「むぅ、子供扱いしないで」
「すまん、すまん」
「でも……本当にありがと。師匠の想いは伝わったわ」
ようやくアルティナに笑みが戻る。
うん。
やはり、彼女は笑っていた方がいいな。
「よーし! あんなヤツのことは忘れよ。それと、今日はお詫びっていうことで、ここはあたしが奢ってあげる!」
「本当か? なら、高いメニューを上から五つほど……」
「そ、それはちょっと……」
「冗談だよ」
「っ……もう、もう! 師匠のばか!」
今度は、アルティナは拗ねてしまい……
機嫌を治してもらうのに大変だったけれど、でも、いつもの様子に戻ったようでなによりも安心した。
【作者からのお願い】
「面白い」「長く続いてほしい」と思っていただけたら、是非ブックマーク登録をお願いします
また、広告下の『☆』評価で応援していただけると嬉しいです(率直な評価で構いません)。
皆様の応援が作品を続けるための大きなモチベーションとなりますので、よろしくお願いします!
※ジャンル別日刊ランキング3位に入ることができました。
皆様の応援のおかげです、本当にありがとうございます!
引き続き、変わらぬ応援をしていただけると、とても嬉しいです。
よろしくお願いします!
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!




