181話 さらなる高みへ至るために必要なものは?
朝。
家の裏手の広場で、ガイは日課の鍛錬を行っていた。
訓練用の剣を手にして。
日課である、一日一万回の素振りをする。
最初は、まったく達成できなかった。
ある程度、慣れてきたとしても、一日を丸ごと費やすことになった。
しかし今は、一時間で終わらせることができる。
終わらせることはできるのだけど……
「ふぅ」
素振りを終えて、ガイは流れる汗をタオルで拭う。
それから、少し離れたところに置いていた砂時計を見る。
一時間を測る砂時計は、ちょうど、砂が落ちきっていた。
「今日も一時間……か」
一時間で一万回の素振りを終わらせる。
常人が聞けば冗談と思うだろうし、事情を知るアルティナから見ても、頭のおかしいような無茶苦茶な偉業だ。
ただ……
「なかなか、うまくいかないな……」
ガイは、それで満足していない。
一日一万回の素振り。
それを一時間で成し遂げる。
しかし、ここ最近は、それ以上の時間の短縮をできていない。
今までは、少しずつタイムを短縮できていたのだけど……
ここ数年は、一時間を切ることができない。
まったくタイムを更新できていない。
それはつまり、成長していない、ということではないか?
もしかしたら、成長の限界に達してしまったのではないか?
「俺は……」
ガイは、汗を拭いたタオルを強く握り締めた。
――――――――――
「剣の達人……ですか?」
冒険者ギルドの受付嬢、リリーナは、きょとんとした顔に。
俺は、もう一度尋ねた。
「冒険者ギルドは、剣の達人を知らないだろうか? できれば、指南などを行っている人が好ましいのだけど」
「いないことはないですけど……え。それはもしかして、ガイさんが、その人に指南を受けたい、と?」
「ああ、できれば」
「あはは。ガイさんは、ギャグだけじゃなくて普通の冗談も言うんですね」
あれ?
なぜか信じてもらえていない?
「いや、冗談ではないのだけど……」
「え? ……本気なんですか?」
「もちろんだ」
「……そういう方がいたとして、ガイさんはなにを? もしかして……剣の指南を受けるんですか?」
「ああ」
「……」
「えぇ……」という感じで、リリーナが驚いていた。
というか、引いていた。
なぜだ……?
「そ、そのような無理難題を言われましても……」
「無理難題なのか? 剣の指南を行う人は少ないのだろうか?」
「いえ。ある程度、いますけど……ガイさんを相手に教えられるような人は、いるかどうか……というか、ほぼほぼいないような……」
「そんなことはないだろう。というか、たくさんいるはずだ」
「えぇ……」
なぜか、再び驚かれてしまう。
俺は今、なにかおかしなことを口にしただろうか?
……あぁ、そういうことか。
「流派が違うかもしれないから、そこを気にしているんだな?」
「違います!」
強い口調で否定されてしまう。
そうなると、もしかしたら……
「剣の達人は少ない……?」
「そこで、徹底的に自身の力が抜き出て、誰も教えられない……という答えにたどり着かないところが、ガイさんらしいですけどね……」
「はぁ」とため息をこぼされてしまう。
いや。
一応、今の可能性も考えた。
アルティナやノドカによく言われているため、自身を過小評価しないように気をつけていたのだが……むぅ。
なかなか難しい。
俺は、伸び悩んでいて。
他ならぬ俺のことだからこそ、誰よりも実感することができて。
そんな俺が優れた剣士と言われても、なかなか受け入れることができない。
おっさん特有の凝り固まった価値観のせいかもしれないが……
四十年も生きていると、その価値観というものはなかなか修正できないものだ。
これが、まだ若い時ならば、どうとでもなるんだけどな。
「あ、でも……」
ふと、思い出した様子でリリーナが言う。
「今のやりとりで思い出したんですけど、もう少ししたら、エストランテに剣聖がやってきますよ」