16話 アルスティーナ家
馬車が到着した先は、豪邸だった。
街を見下ろすかのような丘の上に建つ、三階建ての屋敷。
広大な庭を持つだけではなくて、奥に厩舎と、馬を走らせるための広場が設置されているのが見えた。
「すごいな……」
「お褒めいただき、ありがとうございます。さあ、こちらへどうぞ」
セリスに客間に案内された。
部屋は広く、天井も高い。
様々な調度品が飾られていて、しかし、嫌味にならない程度に華やかさを演出していた。
部屋を見れば家主の性格がわかるとおじいちゃんが言っていたが……
その通りなら、アルスティーナ家の当主は、とても品の良い人なのだろう。
「すぐにお茶とお菓子の準備を。それと、お父様とお母様は?」
「……例の件で家を空けています」
「そう、ですか」
うん?
今、暗い表情になったような……気のせいか?
「まずは……改めて、先日、魔物から助けていただいたこと、深く感謝いたします。誠にありがとうございました。ささやかではありますが、こちらをどうぞ」
「いや、気にしないでほしい。謝礼目的で助けたわけじゃない。それに、あの程度の魔物、俺がいなくてもなんとかなっただろう」
「まさか。ガイ様がいなければ、今頃、わたくしは……ですから、ガイ様は命の恩人なのです。できる限りの謝礼をしなくてはなりません」
「しかし、ゴブリンを倒したくらいで、これほどの大金をもらうなんて……」
「ゴブリン? えっと……確かにゴブリンもいましたが、それよりも、オーガの脅威の方が大きく……なればこそ、ガイ様は命の恩人なのですよ?」
「オーガ? はは、まさか。あれは、少し大きいゴブリンだろう? 俺みたいなおっさんに、オーガを討伐できるわけないじゃないか」
「えっと……」
どうしたのだろう?
なぜか、セリスがものすごく困った顔に。
隣のアルティナが盛大なため息をこぼす。
「あたしはその場にいたわけじゃないから詳細はわからないけど……それ、オーガだと思うわよ?」
「いや、しかし俺のような……」
「師匠は、剣聖であるあたしを圧倒するほどの力を持っているの。ものすごい剣術を扱うことができるの。だから、オーガを討伐することは可能。災厄級の魔物だろうと、敵じゃない。おっさんだから、とか。初心者だから、とか。そういうのは関係ないの。あたし、師匠のことは好きだけど、でも、その自己評価がやたら低いところは嫌いよ。いい? 師匠はオーガを倒してセリスを助けた。理解した? 認識した? オーケー?」
「あ、ああ……わ、わかった」
ものすごい早口で捲し立てられて、やや怖い。
正直、アルティナの言葉は半分も受け入れられていないのだけど……
それを口にしたらややこしいことになるのは目に見えているので、黙っておくことにした。
「えっと……それで、お礼の方なのですが」
「あ、ああ。わかった、ありがたく受け取らさせてもらうよ」
「感謝するのはわたくしの方ですわ。では、どうぞ」
セリスから拳大の革袋を受け取る。
中を見ると、びっしりと金貨が詰められていた。
「……百枚くらいあるな」
「足りませんでしょうか?」
「いやいやいや、十分だ!」
これだけあれば半年は暮らせると思う。
思わぬところで思わぬ収入を得てしまった。
「それと、今夜は歓待の宴を開こうと思うのですが……もちろん、参加していただけますね?」
「え? いや、さすがにそこまでしてもらうのは……」
「お金を渡してハイ終わり、ではわたくしの気が済みません。もう少し、尽くさせていただけないでしょうか? もちろん、この後の用事がなければ、の話ですが」
「えっと……」
アルティナを見ると、小さく頷いた。
「あたしは構わないわ。師匠に合わせる」
「む……しかし、これは……」
「師匠の謙虚なところは美徳だと思うけど、いきすぎても嫌味と失礼になるわ。セリスは貴族なのだから、その礼を断るということは相手の顔に泥を塗ることにもなるの。過大評価だと思っていても、時に、受け入れることをしないと」
「むう……やはり、貴族は面倒だな」
「やはり?」
「あ、いや。なんでもない」
グルヴェイグ家のことは、アルティナに話せないでいた。
もちろん、セリスにも。
「……わかった。じゃあ、甘えることにするよ」
「はいっ、ありがとうございます! ふふ、楽しみですわ♪」
その後、「準備がありますから」と言い残して、セリスは部屋を後にした。
時間まで、俺達はここで待機するらしい。
なにか用があれば、部屋の外に控えているメイドに声をかけてくれとのこと。
「お。このクッキー、すごく美味しいな」
「はぁ……」
「どうしたんだ、アルティナ? ため息なんてついて」
「師匠、呑気すぎるわよ。もうちょっと警戒しないと」
「警戒って……セリスを? 彼女はいい子だと思うが」
俺達を騙すとか、罠にハメるとか。
そんなことは考えていないと思う。
そもそも、そんなことをして彼女にメリットがない。
「あの子、悪事は企んでいないだろうけど、別のことは企んでいるかもしれないわ」
「ふむ……つまり、剣聖であるアルティナに個人的な依頼を?」
「この場合、師匠の方が目的だろうけど……たぶん、そういう流れになると思うわ」
「やはりか」
「わかっていて、歓待を引き受けたの? いや、まあ、あたしも引き受けるように言ったけどさ……どうなるかわからないけど、たぶん、厄介事に巻き込まれるわよ? しかも、普通の厄介事じゃないわ。貴族が抱える問題っていう、とても面倒な厄介事よ」
「そうなるだろうな」
「だろうな、って……師匠、やけに落ち着いているわね?」
アルティナの話は理解できる。
この後の流れも、大体、想像できる。
そして、その想像は間違っていないだろう。
「こうなることがわかっていたのなら、どうして、拒否しなかったの?」
「だって、見捨てられないだろう?」
「え」
「厄介事っていうことは、困っているということだ。俺にできることなんて、たかがしれているだろうが……それでも、できることがあるのなら力になりたいと思う。厄介事が待っていたとしても、俺は、俺ができることをやるだけさ」
「……」
アルティナがぽかーんとなる。
沈黙。
ややあって、爆笑。
「あはははははっ!!!」
「そんなに笑わなくてもいいだろう……」
自分でもバカなことをしている、という自覚はある。
でも、仕方ないだろう?
出会ったばかりではあるが、セリスはいい子だ。
真面目で優しい心を持っていると、わかる。
だからこそ、厄介事に巻き込まれているのなら見過ごすことはできない。
力になりたいと思う。
「ごめんごめん、バカにしているわけじゃないの。むしろ逆。さすが師匠、って感心していたわ」
「そうは見えないけどな」
「だから、ごめんってば。あたし、本当にすごいと思っているのよ?」
アルティナはまっすぐな目でこちらを見る。
「今の世の中、正直者がバカ見る、って感じじゃない? 真面目な人なんて、ほとんどいないと思っていた。でも、師匠は違った。とてもまっすぐで真面目な人で……心の底から尊敬するわ」
「そ、そうか……ありがとう」
やや頬が熱い。
そんな俺を見て、アルティナがニヤニヤと笑う。
「あれー? 師匠、もしかして照れている?」
「……いや」
「嘘だー。照れているくせにー」
「照れてなんていないぞ」
「ふふ。師匠って、意外と子供っぽいところもあるのね。そういうところ、可愛いと思うわ」
「むう……」
どうやら俺は、アルティナには、絶対に口で勝てないようだ。
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