153話 時に撤退も
怖い。
ユミナは視線を落としつつ、そう呟いた。
小さい頃のユミナは、いつも笑顔を浮かべていて、元気いっぱいで……
再会して、成長したユミナは、基本的なところはそのままで、プラス活発的になっていて……
誰かに恐れ、震えるところは想像できなかった。
ただ、それは俺の理解力不足なのかもしれない。
ユミナは元気でたくましい冒険者かもしれない。
でも、その前に、一人の女の子なのだ。
悩み、迷い、苦しんで……
そして、時に自力で歩くことができなくなってしまう。
それが当たり前だ。
いつでもどんな時でも強くあることなんてできない。
それができるとしたら、長い年月を生きてきた『大人』だけだ。
ユミナはまだ、『子供』なのだろう。
「私がなにかしたら、お兄ちゃんやみんなに危害が加えられるかもしれない……」
「それは……」
俺達なら大丈夫。
そう言いたいところだけど、ただ、そういう問題じゃない。
自分のせいで誰かが危険に晒される。
それは、とてつもない苦痛だろう。
とてつもない不安だろう。
「私なら大丈夫だから」
「しかし……!」
「本当に平気、平気だよ……? だから……」
ユミナは、今にも泣きそうな顔で。
それでいて笑顔を作り、静かに言う。
「帰って」
――――――――――
神殿を一人で脱出して。
アルティナとノドカと合流して。
一度、エルフの国の外に出た。
「追手は?」
「えっと……たぶん、いないと思うわ。ノドカはどう?」
「同じく、撒けたと思います。気配もそうですが、音もしていないので」
「そうか、よかった。ひとまず、この辺りで休もう」
足を止めて、手頃な倒木を椅子の代わりにした。
「ねえ、師匠。ユミナは……」
「……平気、って言われたよ」
「それは……!」
「わかっている。そんな言葉を鵜呑みにするほど、俺はバカではないさ。ただ……」
全部ではないにしても、あの言葉もまた、ある程度はユミナの本心なのだろう。
俺達を巻き込みたくない。
傷ついてほしくない。
そんな想いが前に出て、帰ってほしいと……そう言葉にする結果になった。
今回の婚約は本意ではないかもしれない。
しかし、ユミナは覚悟を決めているのかもしれない。
彼女は王族だ。
相応の教育を受けて、王族としての価値観も養ってきただろう。
だから、望まない婚約も受け入れなければいけないと、そう考えて……
「……はぁ」
思わず吐息がこぼれた。
たぶん、今の俺は情けない顔をしているだろう。
それを隠すように、顔に手をやる。
「……ねえ、師匠。これからどうするの?」
「どうすればいいんだろうな……? なにがなんでもユミナを助けたいと思っていたが、ただ、それは俺の気持ちの勝手な押し付けなのかもしれない。ユミナのことを考えていなかったのかもしれない」
「そんなことは……」
「直接、言われたんだよ……帰って、とな」
「……」
「本意であり、本意ではない。ただ、あそこまでハッキリと言われてしまうと、さすがに迷いを抱いてしまう。俺のしていることは正しいのだろうか? ……と」
ユミナを助けたいが、迷惑をかけたくはない。
彼女が現状を受け入れているのなら、俺達がそこに介入することはできない。
それは許されない。
身勝手な押し付けになってしまう。
だから……
「ねえ、師匠」
ふと、アルティナが冷たい声で言う。
「最初に謝っておくね?」
「うん? いったい、なんのこと……」
「師匠のばか!」
パシン! と、頬をはたかれた。
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現在9話まで更新済!
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