152話 嬉しいけど怖い
神殿への潜入は簡単にはいかなかった。
警備が厳重で、門を潜り抜けた時のようにはいかない。
どうするか?
迷っていると、アルティナとノドカが陽動を担当する、と言い出した。
近くで騒ぎを起こして注意を引いて、ついでに神殿の警備も誘い出す……とのこと。
そんな危険な真似、させられるわけがないと、最初は却下したのだけど……
二人の意思は固く、俺の方が折れてしまう。
二人は、今回のことで色々と思うところ、感じるところはあるみたいだが……
ユミナを助けたいという気持ちは本物だ。
絶対に、という強い意思を感じる。
危ないから、心配だからという理由で過保護に接していたら、それは、剣士であるアルティナとノドカに対して失礼だ。
俺は、二人の陽動作戦を受け入れて……
そして、騒ぎが起きて神殿の警備が手薄になったところで、中に潜入した。
「おい、なにが起きているんだ?」
「近くに賊が現れたらしい。姫様は問題ないか?」
「ああ、大丈夫だ。そちらは心配しなくていい」
「なら、俺達も応援にいくぞ。なかなか手ごわい賊で、苦戦しているらしい。もしかしたら、姫様が狙いなのかも……」
「わかった、すぐに行こう」
物陰に隠れていると、慌てた様子で兵士らしきエルフ達が駆けていった。
こちらに気づいた様子はない。
「ふぅ……二人共、うまくやってくれているみたいだけど」
大丈夫だろうか?
任せてみたものの、やはり心配だ。
あまり無理はしないでほしいが……
「いや。ここは、アルティナとノドカを信じないといけないな。二人なら大丈夫だ」
俺は、俺のやるべきことをやろう。
物陰に隠れて、気配を殺して。
神殿の奥に進んでいく。
ほどなくして、ひときわ警備が厳重なところに辿り着いた。
鍵だけではなくて、魔法による封印がかけられているような扉。
その前に、十人のエルフの兵士がいる。
「あそこか……?」
ともすれば宝物殿のように見えるが、しかし、それなら部屋の周囲を美術品などで飾る必要はない。
高い身分の人が使う特別な部屋、と考えるのが妥当だろう。
「それに……ユミナの気配がするな」
扉の向こうに懐かしいと感じる気配がした。
間違えるわけがない。
ユミナの気配だ。
「よし、ここで間違いなさそうだ。あとは、どうやって中に入るかだが……仕方ない。時間もないし、強引にいかせてもらうか」
俺は、鞘に入ったままの剣に手を伸ばした。
――――――――――
「……ユミナ、いるか?」
「えっ……!? お、お兄ちゃん!?」
部屋の中は思っていた以上に広く、様々な調度品や家具があり、とても快適に過ごすことができそうだった。
ベッドに座っていたユミナが驚きながら立ち上がり、こちらに駆け寄ってくる。
「な、なんでお兄ちゃんがこんなところに……? というか、今、ちょっと表が騒がしかったような……」
「あれだけの警備の中を気づかれず、っていうのは、さすがに無理だからな。見張りの人達には少し眠ってもらった」
「な、なんていう無茶を……あれ? でも、鍵はどうしたの? それに、この部屋、当日まで何人たりとも立ち入り禁止で、結界が施されていたんだけど……」
「それも悪いと思うのだが、まとめて切らせてもらった」
「……切った?」
「ああ。鍵と結界、両方をこの剣で」
アイスコフィンを見せる。
ユミナは、なぜか愕然とした表情に。
「……この部屋の鍵って、複数の鉱石を重ねて作り上げた合金製なのに。結界にしても、ドラゴンの一撃さえ耐えるような強固なもので、普通に考えて、剣で切ることなんて不可能というか、笑い事になっちゃうレベルなのに……」
「どうしたんだ?」
「う、ううん……なんでもないよ。ただ、お兄ちゃんのすごさに改めて驚いていただけ。驚くというか、うーん……なんかもう、笑うしかないよね、っていう感じかな」
よかった。
思っていたよりも元気そうだ。
安心しつつ、ユミナに手を差し出す。
「さあ、行こう」
「お兄ちゃん……?」
「事情は知っている。だから、こんなところにいる必要はない。そのために俺は来た。アルティナとノドカも、ユミナを逃がすために、今、がんばってくれている」
「それは……」
ユミナの表情が曇る。
差し出された俺の手を見て、それから俺の顔を見て。
ややあって……ユミナは、一歩、後ろに下がる。
「ユミナ?」
「……ごめん、行けないよ」
「……ユミナ……」
表情を隠すかのように、ユミナは俯いてしまう。
軽く肩を震わせつつ言う。
「お兄ちゃんがこんなところまで来てくれたことは、本当に嬉しいよ? でも……ダメ。私は、一緒に行くことはできない」
「しかし、望んだ婚約ではないのだろう?」
「……うん」
「なら、そのようなものを受ける必要はない」
「……でも、怖いよ」
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