表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

148/193

148話 囚われの蝶

「……」


 エストランテから一週間ほどの距離にあるエルフの国……イルメリア。


 深い緑。

 そして、透き通るような泉に囲まれた、自然の楽園のような場所だ。


 そんな国で暮らすエルフ達は、木の上に家を建てている。


 樹齢1000年を超えるような大木ばかり。

 巨大な幹の上に家を建てて……

 そして、同じように建てた家と家の間に通路を渡して、道を作る。

 さながら、木の上にクモの巣を張り巡らせたかのよう。


 その建物の一つ。

 大きく綺麗な家に、一人の女性の姿があった。


 ユミナエルだ。


「……」


 窓の前に立ち、じっと外を見る。


 森の中にある国ではあるが、家が木の上に建てられているため、陽の光は十分に入ってくる。

 深緑の葉で多少隠れているものの、青い空も見える。


 ユミナは、そんな空を眺めていた。


 透き通るような青空。

 ゆっくりと白い雲が流れていて……

 太陽が温かく輝いていた。


 優しい光景だ。

 しかし、その光景とは正反対に、ユミナエルが置かれている状況は……


「どうしたのですか?」

「……っ……」


 不意に声をかけられて、ユミナエルはビクリと震えた。


 驚いたわけではない。

 穏やかな空を見て多少は心が和んでいたのに、一気に最悪な気分になったため、苛立っただけだ。


「久しぶりの我が国……その美しさ、壮大さに心を惹かれていたのですかな?」

「我が国、なんて言わないで。あなたのものなんかじゃないよ」

「いずれ……近い将来、私のものになるのですから、これくらいの言葉遊びはいいでしょう?」

「あなたっていう人は……」


 ユミナエルは振り返り、相手を睨みつける。


 自分と同じ、尖った耳を持つエルフだ。

 男ではあるものの、その顔は人形のように整い、ともすれば同性も魅了してしまうだろう。


 細身ではあるものの、足運びや佇まいを見ると、しっかりと鍛えられていることがわかる。

 戦いに身を置いて、剣を学ぶユミナエルだからこそわかることだ。


「……なにをしに来たの?」

「これといった用事はないのですが、別に構わないでしょう? 未来の妻の顔を見に来ることなんて、理由がなくてもいいはず」

「私は……」

「おっと、今更、前言撤回するつもりですかな? 私の妻になりたくない、と? そう、子供のようにダダをこねるつもりですか?」

「……」


 ユミナエルは、その通りだ、と肯定したくなるものの……

 ぐっと我慢した。


 思うまま感情をぶつけることは簡単だ。

 しかし、その場合はこの男の機嫌を損ねることになる。


 男の怒りがユミナエルに向くのならば、それは問題ない。

 我慢すればいい。

 耐えればいい。

 そんなことは今まで……生まれて、物心ついた時から、ずっと耐えてきたのだから。


 ただ、関係のない周囲が傷つけられることは耐えられない。


 もしも、ガイが傷つけられたら?

 優しいアルティナやノドカが傷つけられたら?


 ……その時は、ユミナエルの心は完全に折れてしまうだろう。


「私は……別に。あなたとの婚約は……了承したから」

「ふふ。いいですね、その表情。了承したと言いつつも、心ではまったく納得していない……そんなあなただからこそ、私は、あなたを手に入れたいと思った。私の妻として、そして、心を完全に屈服させて、全てを私のものにしたいと思った。素晴らしいですよ」


 男の歪んだ欲望を感じて、ユミナエルは唇を噛んだ。


 ただ、今はなにもできない。

 きっと、この先もなにもできない。


 男が近づいてきた。

 ユミナエルのすぐ前に立ち、そっと手を伸ばして……

 その頬を撫でる。


「……っ……」


 ユミナエルは嫌悪感で小さく震えた。


 ただ、ここで男の機嫌を損ねるわけにはいかない。

 表情は歪んでしまうものの、それ以上は耐えて、男の手を払わないでそのままにさせる。


「ようやく、あなたを私のものにできる。あぁ、とても素晴らしい……! 今日を、我が国の記念日としたいですね」

「……まだ結婚したわけじゃないわ」

「確かにそうですが、結婚は遠くありませんよ?」

「え……?」

「今までわがままを繰り返されて、散々、待たされてきましたからね。王家は、早くあなたと夫婦になりたい、という私のわがままを聞いてくださいましたよ。詳細な日程はまだ決まっていませんが……おそらく、一週間以内には式が挙げられるでしょう」

「そんな……」

「あぁ……絶望に染まる表情も素敵ですね。いいですよ。もっとあなたの色々な顔を見せてください。そして……最終的に、私に対する絶対的な服従と快楽に染めてさしあげましょう」


 男の言葉は毒のようだ。

 ユミナエルの心を汚していく、犯していく。


 それに抗うことはできず。

 立ち向かうこともできず。


「……お兄ちゃん、助けて……」


 ユミナエルは、小さな女の子のように震えるのだった。



◇ お知らせ ◇

新作はじめました!『追放された回復役、なぜか最前線で拳を振るいます』

→ https://ncode.syosetu.com/n8290ko/

ざまぁ×拳×無双系です。よろしければぜひ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◇◆◇ 新作はじめました ◇◆◇
『追放された回復役、なぜか最前線で拳を振るいます』

――口の悪さで追放されたヒーラー。
でも実は、拳ひとつで魔物を吹き飛ばす最強だった!?

ざまぁ・スカッと・無双好きの方にオススメです!

https://ncode.syosetu.com/n8290ko/

GAノベル様から書籍1巻、発売中です! コミカライズ企画も進行中! こちらもよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ