116話 見えない悪意
人目につかない裏路地。
陽が入りにくく、昼なのに夜のように暗い。
そんな場所に死体が転がっていた。
被害者は、成人男性だ。
見た目の判断だけど、おそらく三十歳前後。
武装しているところを見ると、冒険者なのだろう。
争った跡がある。
不意打ちを受けて、というわけではなくて、犯人と正面から戦ったのだろう。
血は……乾いていた。
たぶん、近くに犯人はいないだろう。
「どうして、こんなところに死体が……」
「というか、誰なのでありましょう……?」
「冒険者であることは、たぶん、間違いないと思うが……詳しいことは、ギルドに任せないとわからないな。えっと……」
周囲の気配を探る。
人の気配、小動物の気配。
色々なものを感じたけれど、危険を覚えることはない。
これなら一人で行動しても問題はないだろう。
「アルティナ。すまないが、ギルドに報告して、職員をここに連れてきてくれないか? 直接、見てもらった方がいい」
「ええ、わかったわ」
アルティナは頷いて、急いで駆けていった。
「ガイ師匠、この死体は……封魔剣と関係あるのでありますか?」
「それは、プレシアに聞いた方がいいな。その辺り、どうなのだろう?」
「そうじゃな……」
プレシアは考えるような仕草を取り、ややあって口を開いた。
「どの程度、というのはわからぬが、無関係ということはないじゃろう。封魔剣の魔力を追いかけた結果、ここにたどり着いたのじゃからな」
「ということは、封魔剣がこの近くに!?」
「阿呆」
「んぎゃ!?」
プレシアは呆れた様子で、ノドカに雷を落とした。
思い切り手加減はしているみたいだけど……
うーん、あまり手荒な躾はしないでほしい。
「どうして、そのような結論に至るのじゃ。もっと頭を使うがよい」
「頭……頭突きでありますか?」
「……いや、もうよい。お主は、特になにも考えないでよい」
諦めたようだ。
そして、説明は任せた、という感じでこちらを見る。
「封魔剣の反応はあったものの、残されているのは死体だけ。導き出される答えは、とても簡単なものだ」
「む、むぅ……?」
剣だけではなくて、勉学も組み込んだ方がいいかもしれない。
「……誰かが、すでに封魔剣を手にしてて、そしてこの人を殺害した。そう考えると、一番、しっくり来る」
――――――――――
その日を境に、エストランテの各地で殺人事件が起きるようになった。
犯人が捕まることはなくて。
恐怖に縛られて、通りから人が消えていく。
明るく笑顔にあふれていた街なのだけど、今は閑散とした様子だ。
「嫌な光景ね……」
アルティナがぽつりと呟いた。
ノドカも同じような表情だ。
事件が起きないように見回りをしているのだけど……
しかし、犯人に繋がる手がかりを得られることはない。
事件を防ぐこともできない。
こういう時、自分は万能ではなくて無力なのだということを思い知らされてしまう。
「許せないでありますよ。剣を、このようなことに使うなんて……」
ノドカの意見に同意だ。
剣は武器であり、誰かを害することができる。
それを否定するつもりはないが……
それだけではないと、そう信じている。
傷つけるだけではない。
守ることができる。
助けることができる。
……そのはずだ。
 




