102話 妾のものになれ
一週間後。
「よく来たな!」
魔法騎士団の団長室を訪れると、笑顔のプレシアに迎えられた。
ゴゴールの事件で彼女は怪我をしたはずなのだけど、すでに完治しているようだ。
後遺症もない様子で、元気な笑顔を見せてくれている。
よかった。
「今日、そなた達を呼んだのは他でもない。先日の事件について、正式な謝礼をしておきたくてな」
プレシアの合図で、革袋を持った団員が現れた。
受け取り、中を確認すると、金貨がたくさん詰まっていた。
「これは……」
「多すぎる、とか言うでないぞ? これは、正当な報酬なのじゃ」
プレシア曰く……
この一週間、ゴゴールの容疑を固めるために、徹底的な調査が行われたらしい。
結果……
違法な実験と誘拐だけではなくて、他、口に出せないような悪事にいくつも手を染めていたという。
「もしも、お主等がいなければ、事件の解決はもっと遅くなっていたじゃろう。あるいは、失敗していたかもしれぬ。故に、その報酬なのじゃよ」
「師匠、ちゃんともらっておかないとダメよ? もらえるものは、ちゃんともらわないと」
「それが礼儀なのでありますよ」
「わかっているよ」
これだけの大金、ちょっと気が引けるのだけど……
貴族と同じように、プレシアにも面子があるのだろう。
断るのは逆に失礼なので、素直に受け取ることにした。
「ありがたくいただきます」
「うむ」
「ちなみに……ゴゴールは、あれからどうなりました?」
「無論、絶対に逃げられない場所に囚えているのじゃ。思っていたよりもやらかしていたことが大きかったため、しばし時間はかかるが……裁判では、まず間違いなく極刑になるじゃろうな」
外法に手を染めて。
子供を誘拐して。
その他、余罪多数。
情状酌量の余地もないため、極刑は免れないらしい。
「ふん、良い気味ね」
「あのような悪党は、世にいるだけで害になるのでありますよ」
弟子達は、やや過激な意見を口にしていた。
とはいえ、今回ばかりは賛成かもしれない。
軽く顔を合わせただけだったが、どう見ても、更生は不可能だったからな。
「それじゃあ、俺達はこれで」
報酬をいただいた。
事の顛末も教えてもらった。
これで用は終わったと、部屋を後にしようとしたのだけど……
「待て待て。まだ話は終わっておらぬぞ」
なぜか、プレシアに引き止められてしまう。
「んー……」
プレシアは俺の前にやってくると、こちらをじっと見つめた。
ややあって、満足した様子で頷いて、手を差し出してくる。
「お主、妾のものにならぬか?」
「は?」
「「えぇ!?」」
俺は間の抜けた声をこぼして、アルティナとノドカは驚きの声をあげた。
「いや……魔法騎士団に入るという話なら、指南役ということで落ち着いたはずでは?」
「違う違う。そういう方向ではなくて、別の方向でお主が欲しいのじゃよ」
「別の……?」
「お主、疎い男じゃのう……じゃが、それもまたよい。妾の色に染め甲斐があるというものよ」
「えっと……?」
「つまり、じゃ」
プレシアは、ニヤリと笑い言う。
「お主の剣の腕ではなくて、お主そのものが欲しいのじゃ」
……なんて?
「妾の夫になれ」
聞き間違いではなかった。
「なっ、えっ、ちょ……!? 師匠ってば、ロリコンだったの!? だからあたしに手を出さなかったの!?」
「ひ、ひどいでありますよ、ガイ師匠! 拙者は、拙者は……うわあああーーーんっ!!!」
動揺しているのは俺だけじゃないらしい。
アルティナはよくわからないことを口にして、ノドカは泣き出してしまう。
そうやって二人がものすごく動揺しているからなのか、逆に、俺は落ち着くことができた。
「えっと……それは、本気なんですか?」
「うむ、もちろんじゃ。妾は楽しいことが好きではあるが、なにも、このような冗談を口にすることはない」
「そう、ですよね……」
「妾は本気じゃ。お主の心に惚れた。その生き様を誰よりも近く、隣で見続けたいと思った。どうじゃ? 妾のものにならぬか?」
「えっと……」
俺は、まだまだ未熟だ。
剣の腕は道半ば。
もっと精進しなければいけない。
妻を得るなんてこと、分不相応だと思うのだが……
そんな説明で納得してくれないだろうな。
「妾は、こう見えて尽くす女じゃぞ? お主のために、なんでもしようではないか。なんでも……な。くふふ」
「あー……好意は嬉しいが、俺はまだ、そういうことは……」
「なんなら、最初は体だけの関係でもよいぞ?」
「「ちょっと!!」」
我慢できないといった様子で、アルティナとノドカが前に出る。
「最初は体の関係って、なによそれ!? 普通は友達からとか、そういう感じでしょ!」
「というか、ガイ師匠は自分達のものでありますよ!」
俺は、俺のものなのだが……
「なんじゃ、お主らも混ざりたいのか? 三人でも四人でも、妾は一向に構わぬぞ」
「なっ、ななな!? そ、そそそ、そんなわけないじゃない!」
「は、はしたないでござる! はしたないでござる!」
とても騒がしい。
やれやれと苦笑しつつ、窓の外を見る。
空は青く澄んでいて、白い雲がゆっくりと流れていた。
「平和だなぁ」
ついつい現実逃避をしてしまう俺だった。




