第79話 そして、運命の戦場へ
いつも応援ありがとうございます。
感想・評価いただくたびに、やったぜと喜んでいます。
楽しんでもらえてるんだなと実感が沸きます。
誤字報告も助かっています。本当にありがとうございます。
時は進む。
冬の太陽は本当に早く落ちていく。
俺がプレハブ1階の食堂兼調理場から2階のAクラスに着いた時には、茜だった空はすっかり青黒く変わってしまっていた。
「お待ちしておりました。終夜様」
教室内ではすでに、目的の人物が来て待っていた。
「建岩命。ここに」
開け放たれた窓から差し込む月光が、彼女の赤い髪を淡く輝かせている。
白と赤の巫装束が、吹き込んだ風にふわりとなびいて。
「果たしていかなるご用命でしょうか? 建岩は、すべてをもって貴方様をお支えいたします」
俺を見つめる真っ直ぐで、無感情な瞳とも相まって。
それは、どこまでも神秘的な光景だった。
「………」
それを俺は、決してここにあってはいけない景色だと知って……いや、思っていた。
※ ※ ※
「終夜様に頼っていただけるのは、とても光栄にございます。何なりとお命じください」
俺からの呼び出しなんて珍しいからか、どことなく誇らしげにしている姫様。
建岩家のご奉仕教育は、本当に行き届いている。
俺に向けるな。
「いや、今日までの時点でかなり役に立ってもらっている。ありがとう」
「……終夜様?」
そしてこれだ。
俺の一挙手一投足から信じられないくらいの情報を引き出して、察してしまうハイスペック。
すぐに俺の態度が普段と違うことに気が付いて、早速訝しげな目を向けてくる。
彼女のこの天才ぶり。マジですごい。
ここで使うな。
(こんなの相手に何ができる? 小手先の技に頼らず、真っ直ぐ当たるしかないよなぁ?)
天才相手にできることなんて、たかが知れている。
ゆえにまどろっこしいのは一切なし。
速攻あるのみ。
「姫様」
「はい」
「マジで帰れ」
「………」
――刹那。
空気が一段、いや、二・三段くらい重くなった気がした。
「…………………」
目を見開いて、真っ直ぐにこちらを見続ける姫様から、とてつもない圧を感じる。
それは、田鶴原様が放っていた神気にも似た、強大な力を伴っているように思えて。
「…………理由を、お聞かせ願えますか?」
「……ああ」
長い長い沈黙のあとに零れ出た、静かで、そして底冷えするような無を湛えた問いかけ。
それでも、気圧されてはなるまいと。
俺は足の裏でしっかりと床を踏みしめて、姫様と向かい合う。
腹に力を溜めて、口を開く。
「次の戦い、天久佐撤退戦……」
「はい」
「この戦いで、俺は死ぬかもしれない」
「……………え」
「だから、今のうちに俺にできる手を打っておきたくて」
「ま、ま、ま、お待ちください!!」
「うおっ!?」
姫様が、突然俺に飛びかかってきた。
驚く間に服を掴んで、縋りつくように引っついて。
「死ぬ、死ぬのですか? 終夜様がっ!? お亡くなりになるのですか!?」
初めて聞く大声を上げながら、俺を見上げて慌てていた。
(無理もない、か。お役目として仕えるべき相手が、よりにもよって死ぬとか言い出したんだもんな)
自らの使命を果たせなくなるとあっては、さすがの姫様も平静ではいられないのだろう。
人として育てられなかった彼女の中にも確かに存在する情感の芽が確かめられたことを、今は少しだけ、かつてゲームで多くの交流を重ねた者として、好ましく思う。
「そんな……ありえない。そんなはずが……」
その上で改めて、今ここにいる姫様を見て、言葉を紡ぐ。
「聞いてくれ、姫様。俺は今こそ、姫様に伝えなきゃいけないことがあるんだ」
「!?」
ハッとして、また俺を見上げる姫様へ、今日まで言わずにいた言葉を伝える。
「姫様。姫様が出会うべき、そして建岩が見出すべきヒーローの名前は……真白一人だ」
「あ……」
「必ず探し出して、保護するなり鍛えるなり、とにかく彼を盛り立てて欲しい」
本当は言わずに済めばいいと思っていた。
なるべく自然な流れで出会わせてやりたかった。
けれどもう、現実はとうの昔に俺の知識を越えて、複雑怪奇に捻じ曲がってしまっていた。
今日まで言わなかったのは、ただただ俺の、未練でしかない。
「きっと、出会えば運命的な何かを感じるはずだ。姫様ならそれができるはず。その直感を信じて欲しい」
あらゆる媒体で、建岩命は真白一人に対して特別な感情を抱く。
それは運命がそうさせているのか、彼女生来の天才気質が答えを導き出しているのか、俺はその問いに答えを持たない。
でも、会えばわかる。
それは間違いないと、俺は信じている。
これが俺の伝えるべき話の、一つ目。
そして、伝えるべき話は……もう一つ。
「世界が選んだヒーローは、真白一人だ。俺じゃない。俺はヒーローになり得ない。なぜなら……」
ずっとずっと繰り返してきた言葉。
俺はヒーローになれない。
その、理由。
「なぜなら、ヒーローってのは、“白の”一族が選定するからだ」
「!!!」
姫様の目が、大きく開かれた。
彼女ならきっと、その単語を耳にしたことがあるだろうと、確信していた。
「世界救済の決戦存在――ヒーロー。それは、彼の一族がこの世界にばら撒いた、特別な因子をその身に宿した存在。その因子を持つ者だけが、同じく“赤の”一族が選定した最強最期の決戦存在――ラスボスと戦い、勝敗を決する資格を持つ」
「なにを、言って……?」
「この戦いは、たとえ人類が優勢だろうがハーベストが優勢だろうが、最終的にそれぞれの一族の選んだヒーローとラスボスが決着をつけるまで、終わらない。終わらせられない。そういう戦いなんだ」
「!? ……いえ、いえ。そんなはずはっ!」
「……ハーベストハーベスター」
「っ!」
「あれは、もっとも新しい神話……なんかじゃない。真実は、こうだ」
それは、いつからか。
世界中の人々の口から、自然と語られだした伝説。
否。
それは最初から、用意された伝説。
曰く。
世界の危機に、人類の危機に。人の中から生まれ出る、ヒーローがいる。
否。
それは最初から、そうあれかしと可能性を埋め込まれて生まれ出でた存在。
曰く。
それはいつか現れる最悪の敵に立ち向かい、勝利することで人類を救うのだ、と。
否。
それは定めの通り最終決戦を遂行し、赤と白の決着をつけるためのモノ。
その名は、愛と勇気で敵を刈り守る者。
もっとも新しい神話。
否!
その名は、宿命の名の下に代理戦争の駒となる者。
都合よく作られた戯曲。
「そもそもこの争い自体が、赤の一族と白の一族が繰り返している戦いの、ほんの一部に過ぎない。それこそが……この世界における侵略者VS人間と精霊の戦いの、正体だ」
「……そん、な」
「帰ったら大阿蘇様に確かめるといい。建岩家は古くから白の一族からの干渉を受けているって、きっと肯定してくれる。もっとも、白の一族自体は善意の協力者ってスタンスだろうけどな。事実、彼らの協力がなけりゃ赤の一族の侵略に対して、俺たちになすすべはなかったし」
「!?!?」
次々と開示する情報に対して、姫様は驚きながらも目を背けない。
今この瞬間にも、変わらず俺の言葉の真意を探っている。
だからこそ、気づくだろう。
「……嘘では、ないのですね」
これが真実なのだ、と。
「あぁ」
「……なんてこと」
そしてこれだけ伝われば。
「ヒロインは、ヒーローの助けにならなきゃいけない。この先、姫様が必要とされるのは天久佐撤退戦よりも後の戦いだ。ここにはヒーローなんていない。ヒロインは必要ない」
この言葉も、ちゃんと理解してくれる。
なんてったって、彼女はHVVのメインヒロインにして……本物の天才なのだから。
「………」
「豪風を持って行ってくれ。これは、ヒーローが戦うための力になる。この戦いを本当の意味で終わらせるために、何が必要かはもうわかっただろう?」
それに、万が一豪風に乗ったまま俺が死ぬようなことがあれば、複座に乗ってる姫様までって可能性を否定しきれない。
「………」
「大丈夫。天久佐撤退戦は成功する。いや、俺が成功させる」
たとえその先に、俺のいる未来がないのだとしても。
何を賭しても、必ず未来へと繋いでみせる。
それこそが、俺が彼女に……永遠の推しの子黒川めばえちゃんにできる、最大の推し活だと思うから。
(彼女にとって何者でもない、特別でもない、遠くの誰かでしかない……認知されてない今だから)
彼女の傷にはなりえないだろう、この命。
ここで燃やし尽くすことになっても、その選択に悔いはない。
「「………」」
ああ、それでも。
これくらいは言い残しておきたい。
言ったって、バチは当たらないだろう。
「もう一つだけ、頼みたいことがある」
「……なんでしょう?」
本当はこれも……俺自身の手で叶えたかった。
けど。
「もしも、いつか姫様が、幸薄そうで、世界を呪ってそうな子に出会ったら」
「………」
「できればその子の心に、めいいっぱい寄り添ってあげて欲しい」
「………………」
我ながら卑怯な物言いだ。
彼女の名前を言わないのは、どうあったって悪手なのに。
(このくらいの未練は、残しておきたい)
彼女の幸せこそが、俺が望むこと。
運命があるのなら、いつかきっと姫様は、彼女に出会うだろうから。
どこまでも自分勝手な楔を打ち込んでおく。
こうすることで姫様が、彼女を踏み台の運命から、救ってくれるかもしれないから。
たとえ俺の死の運命が決まっているのだとしても。
彼女の未来に関しては、分岐ルートに入るチャンスは、まだあると思うから。
まぁ、中途半端にもほどがあるけどな。
(……だって、ここまでやった準備は、あくまで次善の策なんだ)
俺は、天久佐撤退戦で命を落とすつもりなんて、ない。
ただ万が一を考えて、今できる手を打っただけ。
(この時のために、最大限の用意をしてきた。死の運命に勝つ、準備を整えてきた)
ゲーム版HVVじゃ鍛えきれないくらいのステータスになった。
小説版じゃ誰も成しえていない、技能レベルオール3を達成した。
本編開始時点で敵に奪われていたはずの芦子北を、八津代を取り戻した。
過去、あらゆる媒体で描かれてきた中で、最も被害少なくここまで来た。
それこそが俺の歩んできた軌跡で、積み上げた奇跡だ。
それらすべての希望をもって、死の運命をぶち抜いてやる気は満々なんだ。
「死ぬ気はない。俺は、必ず生還する」
俯いてしまった姫様から身を放し、改めてここに宣言する。
「すべては天久佐撤退戦。そこを乗り越えられるか否かが、俺の命運を決める。だから……」
どうか。
この願掛けが叶いますように。
「……だから俺の、希望の未来のために。マジで帰ってくれ、姫様」
「………………」
言い切った俺に返される、しばしの沈黙のあと。
「……承知しました」
静かな声音で、姫様は応えてくれた。
「建岩は、貴方様の望みを最大限に尊重いたします」
「……ありがとう」
「では、贄はこれで」
月明りの下から影の暗がりの方へ、赤い髪がなびいて通り過ぎていく。
「………」
ピタリと、ただ一度だけ。
「………」
まるで引き留めてくださいとでも言うような少しの間を置いてから。
「……っ」
姫様は教室を後にした。
「……さて」
一人残された俺は、姫様が立っていた窓際に立ち、夜空を見上げる。
「挑むか、運命に……!」
そう口に出した時。
思った以上に身軽になった気がして、気分もちょっと前向きになった。
・
・
・
翌日。
建岩家の意向という形で、姫様は豪風と共に大阿蘇市へ帰還。
再編成によって俺は再び精霊殻2番機のパイロット、ドッグ2となり、天常さんのお立ち台は救護車の上になった。
隊内に多少の動揺は走ったが、誰も姫様を責めたりはしなかった。
むしろ天常さんや佐々君が残ることをからかうくらいで、気遣う余裕すらあった。
「……いやぁ、僕としては中々に微妙な選択だと思うんだけど、それが君の意向なんだね?」
「あぁ。精々俺を扱き使ってくれ」
その裏で。
俺は六牧司令に、あるお願い事をした。
それは。
「いいよ。君には作戦の第一フェーズから、敵領域へ潜入し、各種マーキングを破壊して回る役目をお願いするね」
「了解」
最も危険で、最も人類の得になる役割をくれ、と。
「可能な限り奥へ、奥へ。マーキングを壊せば壊すほど、敵全軍の足は遅くなる。ただし、逃げ時を見誤ると、すぐに囲まれてゲームオーバーだからね?」
「望むところだ。そんな状況、内側からぶち破ってやる……!」
生き残る。
最大の戦果を挙げながら、俺自身の手で未来を掴み取る。
(そうだ。一体でも多く、一つでも多く、あの子の元へ迫る危険を排除する……! そのためにも、ちょっとくらいの無茶はしないとな?)
そうして俺は。
……運命に、全力全開でもって挑戦する。
「絶対に、諦めない」
応援、高評価してもらえると更新にますます力が入ります!
ぜひぜひよろしくお願いします!!
次回から、いよいよ序盤から語られて来たあの戦いの物語が始まります!
ぜひぜひお楽しみ下さい!




