第77話 これが現実だというのなら
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さてさてここから、大きな大きなクライマックスへ向けて、踏み出していきます。
年が明けた。
つまり、2020年がやって来た。
「整備急げ! このボクたちが、天久佐の最後の守りなんだからな!」
「はい!」
「YE~S!」
精霊殻の整備ドックでは、今日も佐々君の鋭い指示が飛んでいる。
「命ちゃん! 精霊殻の武器の扱いについてなんだけど……」
「はい。その武装に関しましては、私の口頭よりも資料室にある……」
パイロットたちもせわしなく動いていて。
昨日より今日、今日より明日、より良い結果を引き出せるように頑張っている。
この場にいないパイセンや天常さん。
三羽烏のみんなにタマちゃん、六牧司令。
みんなみんな、頑張っている。
「……よし」
精霊殻とパイロットの同期チェックを終えて、俺は豪風のコックピットから出る。
成果は上々。次の戦いでもこいつは120%の力を発揮してくれるだろう。
あの戦いでフェンリルから負わされた傷跡は、もうない。
「さて、と」
やることやった俺はそのまま整備ドックをあとにして、適当にそこら辺をブラブラし始める。
霊子ネットリンカーを通じてネットラジオに耳を傾ければ。
「――ただ今の天久佐地方、ハーベストの侵攻は……」
「………」
ちょっとタイミングが悪い、ニュースの時間だった。
※ ※ ※
天久佐の壁崩壊。
それは、俺の知っていたどの媒体のHVVよりも苛烈な展開で発生してしまった。
過去一度も同時期同じ戦場に姿を現したことがない、亜神級ケートスとフェンリルの登場。
明らかに戦術らしい戦術を用いての、壁の破壊。
俺の知識チートを上回る現実によって、歴史は史実通りに進んでしまった。
人的被害がほぼなかった点を持ち上げて、世間じゃ“奇跡の撤退”だとか言われているが、派手な敗戦による士気低下を忌避しての情報戦略なのは明らかだった。
『よくやってくれた! 君たちは護国の英雄だ!』
上天久佐の基地まで撤退した俺たちを待っていたのは、いつも通りの勲章授与。
しかも急ごしらえの新勲章“白き盾勲章”なんて物まで付け足して。
大いに人類を守る盾となった者へと捧げる勲章、なんて曖昧な理由で受け取ったそれは、いかにも“後世に都合良く作られた疑惑の英雄”の名に相応しい、曖昧模糊な代物だな、なんて……内心で腐してしまった。
……日ノ本は。
あの敗戦の日から確実に、追い込まれ始めていた。
・
・
・
「……ふぅー、さむさむっ!」
身を震わせながら階段を上がり、プレハブ兵舎の屋上へと出る。
冬の太陽は足早に過ぎて夜の領分、見上げた空にはオリオン座が見えた。
「………」
適当な箱に腰かけて、しばらく黙って空を眺める。
ここのところ、結構な頻度でこんな時間を過ごしていた。
(運命、か)
考えることも、いつも同じ。
俺自身に関わる、運命という名の未来についてだ。
(……結局、天久佐の壁は壊されて、天久佐の地は蹂躙されて。日ノ本軍は撤退を重ねている)
亜神級2体はあの戦いのあと、突如として消えてしまった。
これは過去の歴史的にも同様の記述があり、何らおかしい点はない。
俺の知識的にも、ケートスは一度現れるとしばらく眠りにつく期間があること。フェンリルは強者を求めてさまよう気質があること。と、記憶の公式設定資料集からの引用ができた。
むしろ、幾多の国を滅ぼしたという亜神級2体が同時に出現した割に被害が少なくて、あれらが本当に亜神級だったのかと疑う声もあったくらいだ。
まぁ、それについては実際に戦った俺らの証言もあって、今じゃハッキリ否定されてるが。
(問題は、その後の日ノ本軍の動きだ)
天久佐本島を奪われてからのち。
日ノ本軍の動きは後手後手に回ってしまった。
いよいよ2つ目の壁が破壊された、それも十分に準備して対応したはずの戦いで。というのは、相当に堪えたらしい。
その後の対策について意見が割れ、残る最後の一つである永崎の壁の防衛に力を注ぐべきだとか、九洲南部戦線を引き上げ、宇都に防衛線を敷き直すべきだとか、いろいろな案が出されて会議が紛糾。
そのあいだにじわじわと天久佐戦線は押し上げられて、今や天久佐本島と隣接する第二の島である天久佐上島の半分以上が、敵ハーベストの支配領域へと変わってしまった。
(……痛感するなぁ。個人の限界って奴を)
たとえ俺たち天2独立機動小隊が一騎当千の部隊だとしても、戦略においては駒の一つでしかない。
一つの戦場で圧倒的勝利を収めても、他の区域で敗北が重なれば、その地は敵に奪われる。
手の届く範囲でしか戦えず、手の届く範囲でしか勝つことができない。
その結果が、今のこの状況だった。
(せめてあの時、俺がフェンリルを撃破できてたら……)
亜神級、フェンリルと俺たちの戦いは、まさしく五分五分だった。
もっと上手に立ち回れば、勝てたかもしれない戦いだった。
(水中の利用は、前世のゲーセンでもシミュレーターでも想定されてなかったな)
必殺の切り札を巧く切り抜けられてしまったのが、致命的だった。
敵が氷の足場を利用することに長けていることを、もっと意識するべきだった。
もっと、考えるべきだったんだ。
(結局俺は、どこまで行ってもゲーム脳的思考から抜け出せてないのかもな……)
ゲームよりも、シミュレーターよりも。
現実に考えるべきものは、考慮するべきことは、たくさんある。
知識は武器だが、それに引っ張られて見落としが発生するのは、決して賢いとは言えない。
高い知力があるのなら、それをもっと効率的で柔軟な思考へ向くよう活用するべきなんだ。
(あの敗北は……それができなかった俺が招いた敗北だ)
あるいは……。
考えたくない、考えたくない……が。
(それこそ、運命の強制力って奴が、働いているってことなのか……)
そんな。
答えの出ない問いかけを。
(これが現実、か……)
あれからずっと、繰り返している。
※ ※ ※
1月の終わり、2月をすぐそこに控えたころ。
天久佐戦線はあれから善戦を続けるもじわじわと後退を余儀なくされ、現在は天久佐上島の8割が敵勢力圏となり、いよいよ俺たちの住む上天久佐市の主島である羽矢乃島まで、ハッキリと敵の侵攻ラインが見えてくるようになった。
ハーベストによる天久佐地区の完全制圧。
それが現実味をより強く増して、誰の口からも否定できなくなってきた……そんな折。
ついに、大本営である日ノ本軍から、近々行なう大作戦についての指示が出された。
作戦名――天久佐撤退戦。
春を前にして九洲南部戦線の激化が予想されることと、隈本市を中心とした本陣再編成計画が立ち上がったことによる、天久佐からの一時撤退。
一時撤退とは言うが実際は戦線の放棄で、九洲本土、宇都・三住にて新たな防衛線を敷き直すことを決定した末の、敵戦力への遅滞作戦だ。
俺の知っているHVV世界において、人も土地も、多大な犠牲を払って行われた作戦であり、同時に俺こと"黒木修弥"が、戦いの最中に命を落とした作戦である。
「本作戦において、天2独立機動小隊は主戦小隊としてかつ個々の圧倒的実力を用いて、様々な任務を実行する。特に、撤退時に追撃してくると思われるハーベストたちへの対処においても、重要な役割を担うことになるだろう。改めて、各々の役割を果たすための完璧な調整と……新しい遺書の用意をしておくように」
体育館に集められた小隊員全員へと向けた六牧司令の言葉に、誰もが次の戦いの厳しさを感じ取る。
逃げる戦いで敵に挑むという役割が意味するところを、誰もが理解していた。
それでも。
「僕はね、君たちならなんやかんや、生き延びると思っているよ。これまで通り、上手に立ち回ってくれることを期待している」
続けて告げられた、おそらくは彼の素の言葉に。
「おーっほっほっほ! 当然ですわ! この天に輝くキララ星たる天常輝等羅が! この程度の撤退戦で堕ちるなど、決してございませんでしてよ!」
「さすがです、お嬢様」
「天常にできてこのボクにできないはずもないだろう。それに、このボクと整備班が拵えた装備を使う戦士たちが、そう簡単に負けることもない。そうだろう?」
「はいはーい! 翼ちゃんはやることちゃっちゃとやって、ギャラもらって帰りまーす!」
「カケルちゃんだって、逃げ足については得意分野だし? っていうか、ここで鍛えられた力半端ないしねぇ?」
「なんなら来る敵全部を返り討ちにしてやろうじゃないか、この筋肉と勲章に賭けて!」
返ってくるのはどこまでも自信と勇気に満ちた、いつものみんなの言葉で。
そう。誰一人として、ここを終わりだと思ってる奴なんて、いなかった。
みんな、正しく生きようとしていた。
「結局いつも通りね」
「日ノ本を守る戦士として、とても心強いと贄は思います」
「うんうん。私たちならきっとやり遂げられるよ! ね、黒木くん?」
「……そうだな」
そんな中でただ一人。
俺だけが。
「……黒木くん?」
「………」
みんなと少しだけ違う覚悟をもって、より確実な未来へ向けた準備を始めようとしていた。
しばらくはシリアス寄りの展開が続きます。
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