第57話 建岩の姫
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シュウヤと姫様、二人、砂浜。
天2軍学校のある丘を下ると、天久佐パールラインをまたいで海がある。
道の駅が併設された海岸は、駅と合わせて生徒や近隣住民たちに親しまれている癒しスポットだった。
今日は珍しく、昼過ぎだってのに人がいない。
本土に物資を届けるトラックたちのエンジン音も聞こえない。
ただ静かに海辺に打ち付ける波の音と、砂を踏む俺と姫様の足音だけを感じる。
「ここは……佳き処でございますね」
ゲーム版HVVでデートしてる時と同じセリフを吐きながら、姫様こと建岩命は俺の少し後ろを付いてくる。
相手を立てる3歩後ろの位置取りは、けれどもどこか張り詰めた緊張を伴っていて。
「映像で見たモノとは、比べ物にならないほどに美しく見えます」
「……そうだな」
ポツポツとかけられる言葉に静かな同意だけを返しつつ、俺は。
(さぁ、唸れ知力! 思考を巡らせろ!)
全力で頭を回していた。
(ここで相手の情報を搾れるだけ搾って、キッチリ建岩さん家へ送り返してやる!)
今日までの俺のしでかしが招いた、間違いなくこれまでで最大最強の危機。
なんとしてでも乗りこなさなきゃ、推しとの幸せな明日はない!!
※ ※ ※
(さて、さて。俺の計画における最大障害の一つである彼女、建岩命と相対する上で、絶対に気をつけなきゃいけない要素がある)
建岩命とのコミュニケーションにおける最大の注目点。
それは……彼女の一人称だ。
(初期の姫様は自分のことを“贄”と呼称する。これは、彼女のすべてが世界のために捧げられると運命づけられているからだ)
世界救済の贄。
それがヒロイン、建岩命の役割である。
彼女はそう在れかしと教育され、自らもその運命を受け入れて今日まで生きてきている。
それらはまるで操り人形のように、周囲も己も運命という繰り手に身を委ねた生き方だった。
(そんな彼女は、ヒーローである真白一人との交流を経て自我を獲得する)
世界のために滅私奉公を重ねる彼女の中に生まれる、欲。
それは“彼と共に生きたい”という、想いを寄せた誰かと願う、当たり前の望みだった。
身の内に沸き上がる欲望に初めは戸惑い混乱するものの、彼とのさらなる交流により最終的には己の意思で生き方を選び、家からの命令に逆らうようになる。
(その意思表示として……彼女の一人称は“贄”から“わたし”に変わる)
そうなった彼女こそが、真のヒロイン。
通称“覚醒姫”だ。
(小説版ではそりゃもう物語を盛り上げに盛り上げて覚醒イベントが描かれたし、ゲーム版でも覚醒姫状態になってからはマジで人が違うってくらいに覚悟の決まった動きをし始める)
在野生まれのヒーローと違い、姫様は英才教育を受けたエリートだ。
そのエリートが覚悟ガンギマリで己の限界値まで行動し続ける状態なんだから、それはもうヤバいの一言に尽きる。
(何よりその覚悟ってのが“世界は救う、そして己の欲も叶える”っていうのがまた強い)
覚醒してからの姫様は、マジで獅子奮迅の活躍をしてみせる。
この見事なまでの有能ムーブが、またも彼女の人気を底上げしているのだ。
(だからこそ、ここでそんな状態になってもらうわけにはいかない)
ここで覚醒なんてされた日にゃ、もう軌道修正できなくなってしまう。
あくまで贄ちゃんとして、世界のお役に立ちます状態の内に穏便にお帰り願わなければいけない。
そうして改めて隈8小隊に所属して、その時こそ世界のために頑張ってもらうのだ。
(だからこそ、俺は今……キミを潰す未来は考えない)
いつか、その純粋な欲で、俺の最愛の推しを闇に堕とすことになりかねないのだとしても。
彼女が手に入れる未来への渇望は、決して悪ではないのだから。
(別に、嫌いじゃないんだよ。一人のことも、姫様のことも)
彼らだって幸せになっていい。
それはそれ、これはこれで、俺は推しを救うんだ。
俺が推しを救うんだ。
(俺はめばえちゃんの未来のために、世界をできるだけ人類有利になるようにするから)
だからキミらは。
未来でしっかりこの世界を救ってくれ。
※ ※ ※
「………」
長い長い思考を終えて。
そこで俺は、自分が砂浜の上で立ち止まっていたのに気づいた。
(っと、考え事しすぎたな)
大事な大事な脳内会議だったが、本題はそこじゃない。
建岩の姫様から話を聞いて、さらなる対策を考えるのがメインである。
「悪い。少々ぼーっとして……」
俺は振り返り、姫様の様子を窺って。
「……あ?」
思わず、首を傾げた。
「んっ、んっ」
キュッ、キュッ。
「………」
見れば、彼女は巫装束にたすき掛けして、動きやすい格好になっていた。
「ん、ん……あ、お待たせしました。終夜様」
「いや、待っちゃいないが……それは?」
思わず問いかけると、彼女は「はい」と頷いて。
「終夜様に、贄がお役に立てるということを知っていただきたく思いまして」
なんて言いながら、ゆっくりと半身に身構えたのである。
多分、建岩流拳闘術(公式設定)。つまりはバトルフォーム。
……バトル?
「贄は貴方様の活躍を聞き、自らを磨き上げてまいりました。それはあの場に集った、貴方様の育てた仲間の皆様にも引けを取らぬものと自負しております」
ゆっくりと呼吸して、何か力を溜める動作をする姫様――って、まさか!?
「そして贄には、それらを凌駕する技がございますことを、ここに示します!」
次の瞬間――。
「――“神懸かり”!!」
ドゥッ!!
特異な超常能力の、建岩の秘奥の、蒼白い輝きが放たれる。
大阿蘇の特別な精霊と契約したことで放たれるその蒼白い燐光こそ、神意の体現。
精霊殻も契約鎧も必要としない、古来よりの秘術。
神と人の合一、超越の技――それこそがこの、神懸かり。
建岩の中でもさらに一握りの者にしか扱えぬ絶技。
“天才”の名を冠する技能のレベル3を持つ彼女だからこそ覚えられる秘奥の秘奥である。
「ばっ、なっ!? マジで神懸かりかよ!?」
「……やはり、ご存じでしたか。ではこれより、建岩の覚悟……お見せいたします」
「……っ」
もはや待ったなしの臨戦態勢な姫様をよそに、俺は絶望する。
ってかマジで絶望しかない現実に、心の中で叫んだ。
(それは、それは……! 覚醒姫になってから覚える技だろぉ~~~~~~~~~!?!?)
「……参ります!」
砂を跳ね上げ、建岩の姫が飛び込んできた。
建岩の姫 が 勝負を挑んできた!
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