第55話 ヒロインリアリティショック
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急に、メインヒロイン(原作)が、来たので。
2019年、8月某日。
天2軍学校、精霊殻整備ドック。
「初めまして。贄は建岩、建岩命と申します。以後末永く、よろしくお願い申し上げます。黒木終夜様」
「……!!」
「黒木ーーーーーー!」
「黒木さん!!」
その日。
天2軍学校に登校していた多くの者たちが、目の当たりにした。
「……ばっ」
「ば?」
複座型の新型精霊殻から顔を覗かせた、巫装束の美少女の視線を受けて。
「……ばっ、ばっ」
天2軍学校が誇る公然の秘密、緑の風。その他、英雄、超人、変人と、様々な呼び名を欲しいままにする、学校一の変わり者にして、皆からの信頼厚い、トップオブエース。
黒木終夜(自称)が。
「ばっかやろうがああああ~~~~~~~~~~~~~~!!!!」
「!?!?!?」
本気で誰かに怒る姿を。
「え? 終夜さ」
「バッカやろうお前なんで来たお前! ここはお前が来るような場所じゃないしお前が来ていい時期でもないわ!」
「あ、あの」
「おああーーーーもおおおーーー!! お前お前お前! マジでなんでここに来るんだよお前がよぉぉぉ!! よりにもよってお前かよぉぉ!!」
大声で喚き散らし、体全体で迸る感情を表現し、嘆き悲しむ。
「あの、贄は」
「いらないいらないいらない! ここにお前はいらない! 帰って! 隈本に帰って! 大阿蘇様のところに帰って然るべき時に然るべき場所に送り出されて世界救ってくれよぉぉぉ!!」
「……!?」
「ここはお前の居場所じゃない! ここじゃない! ここじゃあないんだよぉぉ~~~!!」
最後には天を仰ぎ、大口を開けて叫び、そして。
「がはぁっ」
膝から崩れ落ち、倒れ伏した。
「しゅ、終夜様っ!?」
「黒木ぃーーーーーー!?!?」
「黒木さぁーーーん!?!?」
突然の出来事に皆が駆け寄る。
だが、その時にはもう……。
「めば……め、ば……」
彼は意味のないうわ言を口にしながら、泡を吹いて気絶していた。
※ ※ ※
「ぐはぁっ!? はっ、ここは……保健室!?」
目を覚ますと、知ってる天井だった。
「あ、黒木くん。起きた?」
「清白さん」
隣には清白さん(母)じゃなく、清白さん(娘)がいた。
「黒木くん黒木くん。はい、あーん」
「宗教上の理由でその施しは受けられない。食べるなら自分で食べる」
「その宗教上の理由ってなに~!?」
差し出されたみかんを奪ってもしゃりながら、俺はいい加減現実と向き合うべく、清白さんに尋ねる。
「清白さん。ドックに」
「3番機の精霊殻が配備されてたね。複座型の最新鋭機で、しかもそのパイロットには建岩家のお嬢様が乗るんだって。明日からAクラスに転入するみたいだよ」
「Oh……」
察しのいい彼女からサクッと伝えられる情報に、俺はさっき見た建岩の姫が夢ではないことを確認する。
(マジか~。マジでここにこの時期に来たのかぁ~……)
アレが天2軍学校に入学する。
受け入れがたい現実に、心も体もげんなりする。
(ちょっと、マジのマジでワケがわからんなぁ……)
少なくともこの時期。
こんな最前線にいていい存在では……絶対にないことだけは、確かだった。
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建岩命。
ゲーム原作のメディアミックス作品、ハーベストハーベスターにおける“メインヒロイン”。
エアインテークの入った赤く長い髪、常にしとやかで柔らかな微笑みをたたえ、巫女服とは少々趣を異にする巫装束を身にまとう美少女。
女性らしくたおやかで、けれど出るところはしっかりと出た、いかにも和風お姫様然とした彼女は、世界の根幹に深く関わるという隈本御三家“神秘の建岩”の秘蔵っ子。
知識はあれど経験が全然足りてない初期の箱入りな言動と、成長してからの覚悟が決まったヒロインとしての熱く可憐な振る舞いとが実に魅力的な人物である。
ファンからの愛称は、命ちゃん、姫様、贄ちゃん。
無知無知でムチムチな正統派清楚系神秘型お姫様として、絶大な人気を誇っている。
来たる2020年、3月。
彼女は人類劣勢の中、見出されたわずかな奇跡を信じて隈8小隊へと送り込まれ、そこでヒーロー真白一人と運命的な出会いを果たし、成長し、愛を育み、いずれ世界を救う存在の片割れとなる……この世界における、完全無欠のキーパーソンだ。
(建岩命の役割は、ラスボスとの最終決戦におけるヒーローの超強力バッファー。彼女がヒーローといい感じになってないと、いずれ来たるラスボスとの最終決戦に勝利し未来を切り拓くことができない)
圧倒的物量を誇るハーベストに対して人類が生き残るには、この最終決戦を起こしてラスボスを倒し、大逆転勝利を収めるほかない。
その戦いで勝利のカギとなる建岩命の生存は、人類の生存における絶対条件となるのだ。
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(――だってのに、なんでこのタイミングでこんなところに来るかなぁ!?)
時は、2019年8月。
彼女が本来歴史の表舞台に顔を出すよりも、半年ほど早い。
しかもそう遠くない未来撤退を余儀なくされる、最前線オブ最前線へのご登場だ。
(わからん、わからんわからんわからーーん!!)
原作ゲーム版、史実小説版、漫画版、アニメ版、映画版、それこそif外伝作品のいずれとも違う展開に、頭がフットーしそうになる。
(こんなことになるくらいなら、とっととめばえちゃんを探しに行って彼女と二人でどこか遠くに逃げ出せばよかったんじゃないかって気がする)
俺一人にできることなんてタカが知れてるんだ。
世界という大きな流れの前ではすべてを自由にすることなんてできやしない。
ならせめて、自分の望む方向に流されていった方が賢かったんじゃなかろうか。
(最愛の推しと二人で隠遁生活。たとえその先が暗い闇の中だとしても、めばえちゃんにとっても死と絶望の未来に比べたら絶対マシだよな? そうだよなそうに違いない。めばえちゃんと一緒に、めばえちゃんと俺だけの終わらない……そうと決まれば今からでも)
「黒木くん?」
「うおっ!?」
思わずヤバいこと考えそうになっていたところを、清白さんの声で正気に戻る。
いかんいかん。
そんな未来に推しの笑顔なんてない。あってもそれは諦めの先の悲しい笑顔だ。
「黒木くん……」
迷いを払おうと首を振る俺を心配そうに見つめながら、清白さんは最近よく下ろすようになった青みがかった白く長い髪をそっと撫で、改めて口を開いた。
「あのね、黒木くん。私、黒木くんが悩み事を抱えてるのなら、手助けがしたいな。だって、黒木くんは私をここから助け出してくれたし、黒木くんのおかげでお母さんとまた一緒に暮らせるようになったから……」
「俺は俺のしたいようにしただけだ」
「そう、それ! だからこれも、私がしたいからするの。黒木くんの助けになりたいの! ね、いいよね?」
気づけば俺の手を握り、真っ直ぐこちらを見つめる清白さん。
いつぞや見たワンコの耳としっぽが、今日も元気にブンブンしている。
「……そうだな。好きにするといい」
「うん!」
俺が頷くと心底嬉しそうに、彼女ははにかんだ笑みを浮かべた。
「それで、悩んでるのは建岩命さんについて……だよね? 黒木くんを運び出すとき私も挨拶してきたんだよ。なんだか不思議な感じの人だったね。引きこもってた私が言うのもなんだけど、どこか浮世離れしてるような……」
「ああ、それはな。彼女は建岩家の総本山、大阿蘇神社で大事に大事に育てられた秘蔵っ子なんだよ」
「そうなんだ?」
「そう。そりゃもう大事に大事に、マジで大事に育てられた温室オブ温室育ちのお嬢様」
「天常さんとは違った感じなんだね」
「そうだな」
天常さんは最前線で指揮を執る姫騎士様で、建岩の姫様は最奥で守られる姫巫女様だ。
もっとも、能力的には真逆も真逆、天常さんが支援職で姫様がパイロットなのが面白い。
「そんなワケで、箱入り姫様はかなり独特な感性を持ってるから、最初は戸惑うことも多いかもな」
「ふぅん。そうなんだ……でも、なんだろ……なんだかそれだけじゃなくて……」
「どうした?」
「……うぅん、なんでもない」
言いかけた言葉を飲み込んで、清白さんは首を振る。
エリートソルジャーな彼女のことだ、何か彼女なりに察したものがあるのかもしれない。
だったら、もう一声かけておくのもいいかもしれないな。
「清白さん。頼みたいことがあるんだがいいか?」
「え、なになに!? 黒木くんの頼みだったら私何でもするよ!!」
ブンブンブンッ!
「おおう、勢いすごいな? えーっと、じゃあ……」
「うんうん!」
「あの姫様はすっげぇ大事な存在なんだ。だから、清白さんも気にかけて……守ってやって欲しい」
「み゜っ」
頼むべきことは頼んだ。
「……さて、と」
ってことで。
いい加減、ここで休んでもいられない。
(真面目に対策考えないと、俺のめばえちゃん救済計画がグチャボロにされちまう)
姫様のご登場に、建岩の意図が絡んでいるのは明白だ。
世界を救うために動いているあの家にどういう意図があって手を打ってきたのかがわからない以上、まずはそっちを知るのが大事だろう。
ひとまず、六牧司令にでも当たってみるか。
「それじゃ俺は行くぜ。看病してくれてありがとうな、清白さん」
「………」
さっきから黙り込んだままの清白さんにお礼を言って、俺は保健室を後にする。
「さぁて、一気にやることが増えちまったが……動くぞ!」
鋭い夏の日差しを浴びながら、俺は大きく伸びをして、歩き出す。
現実はままならない。
でもだからと言って立ち止まっちゃいられない。
突如として現れた最大の脅威に向かって、俺は覚悟も新たに挑み始めるのだった。
なずなママ「ふふ。愛娘のためにお仕事代わっちゃった。頑張るのよ、帆乃花っ!」
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