第190話 黒川めばえの見た卑俗
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これは一人の、不運で、弱くて、未熟で、決していい子ではなく、平凡な……そしていっぱいいっぱいな女の子のお話。
『俺、黒木終夜は。黒川めばえさんのことが、世界中で誰よりも、大好きです』
そう、彼に告白されたとき。
私にはそれが、何よりも尊く美しいものであるかのように思えた。
(あぁ……)
そしてそれが、他でもない自分に向けられているのだと理解して。
(どうしよう……)
嫌というほど自覚させられる。
私には、この言葉に返せる言葉がない。
私には、この想いに報える想いがない。
私には、差し出されたものに代えられるものがない。
何ひとつとして、彼に適うものがない。
「………」
こんなに、胸が躍るのに。
こんなに、頬が熱いのに。
こんなに、声を張り上げたいのに。
こんなに、涙が溢れそうなのに。
こんなに、こんなに、こんなに……。
「………」
こんなにも尊く美しいものに対して。
(私は……)
この身の何もかもが、浅ましく、卑しい。
卑俗なるものでしかないのだ、と。
ただただ、私は理解する。
(私、は……)
こんな素敵な人に、告白されるような人間じゃない。
こんな素敵な人に、求められるような人間じゃない。
こんな素敵な人に、寄りかかっていい人間じゃない。
こんな素敵な人を、冒していいはずがない。
「……っ」
刹那。
ここにはいない彼のことを思い出す。思い出してしまう。
(……最低)
私が誰よりも嫌いな私は。
こんな時でも変わらずに、最低最悪だった。
※ ※ ※
「あなたぁ、見捨てないで、見捨てないで……!」
「ご、ぶっ、でめぇ! ふざけ、んじゃねぇ! あああああっ!!」
「………」
ママがパパを刺した。
パパがママを殴った。
二人とも動かなくなった。
「君のパパとママのご家族と、まだ連絡がつかなくて……だから一時的に、施設に預けることになったの」
「大丈夫、きっとすぐに迎えが来てくれるよ」
青い制服を着た人たちはそう言ったけど。
何年経っても迎えの人は来なかった。
「お前、気持ち悪いんだよっ!」
「めばえちゃん……コワいよ」
「貴女が悪いとは思わないけど、でも、貴女からも歩み寄ってくれないと……ね?」
施設のみんなは嫌い。
放っといてくれない大人も嫌い。
「むかしむかし、しらゆきひめという、ゆきのようにきれいなしろいはだをもつ、おひめさまがいました」
物語は、好き。
誰も私に触れてこないし、綺麗なものでいっぱいだったから。
「……白雪姫」
きっと、いつか私のところにも。
白馬に乗った王子様がやってきて、幸せにしてくれる。
「……シンデレラ」
きっと、いつか私のところにも。
強くて優しい誰かが現れて、嫌いなものを全部追い払ってくれる。
「……オペラ座の怪人」
私を導いてくれるのなら、いっそ悪魔みたいな人でもいい。
こんなにも強く、親身になってくれるなら。
「……あしながおじさん」
姿が見えなくたっていい。
繋がってるって、この身で感じられるなら。
「………」
ずっと、ずっと、ずっと。
私は施設の部屋の隅に一人きり、物語の中、空想の世界に浸っていた。
「ぅ、く……ぁぁっ!」
眠るのが怖かった。
夢を見るのが怖かった。
「はぁ、はぁ……はぁ……うぐぇ」
「めばえちゃん!? あなたまたコーヒー勝手に飲んで……!」
「……っ! 放っておいて!!」
「きゃぁっ! あ、ぁ、今のって、のろ……ひぃっ!」
起きていても怖かった。
誰かと触れ合うのが怖かった。
ここではないどこかに、自分ではない何かに、ずっと沈んでいたかった。
「………」
自分のことが、何よりも一番……大嫌いだった。
「あぁ、よかった。めばえ君っ! 探していたんだ、本当に、本当によかった……!」
そんな私に差し込んだ、最初の光が“おじさま”だった。
※ ※ ※
「さぁ、今日から君はここで暮らすんだ。実家はしがらみも多いからね、それに、君には一人暮らしの方が合うだろう」
母方の大叔父に当たる怜王おじさまは、私のことをとてもよく理解してくれていた。
何不自由ない生活を与えてくれて、して欲しくないことをしないでいてくれた。
物語の“あしながおじさん”のようだった。
「めばえ君。実はね……」
そんなおじさまから、私は世界の真実について教えられた。
驚きの連続で、到底信じられないようなことばかりだったけど、それでも。
「これは、君にしか出来ないことなんだ」
他でもないおじさまにそう言われて、私は少しだけ、頑張ってみることにした。
「君は感応力に優れている。これは世間では秘匿されている超常を操る力だ。この世ならざるモノとの繋がりを理解し、より深くリンクすることで能力を伸ばすことができる」
言われるがまま、感応力を高めた。
通常の霊視ネットリンカーでは隠されていた数値を見て、私はおじさまの言葉に現実味を感じた。
人知れず、果たすべき使命のために努力する。
それはまるで――。
「――ヒロイン? あぁ、そうだ。君はこの世界を救うヒロイン。ヒロイン因子を持った存在なのだよ。めばえ君」
私はこのとき。
初めて自分が、この世界にいてもいいのかもしれないと、そう思えた。
「え? 夢の闇の中で君を導く光? それは……うん、間違いない。それこそがきっと、君を助けるヒーローだとも。……“導きの星”? 良い名を付けたじゃないか、素晴らしい。いつか君が彼と出会える日を、私も楽しみにしているよ」
すべての点が繋がって、私の生きるべき道が見えたような、そんな気がした。
相変わらず私は私のことが大嫌いだったけど、そのことを考える時間は、少しずつ減っていった。
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それからも、私は。
たくさんの導きに従って、今日まで生きてきた。
私はヒロインだから。
私は使命を負った存在だから。
この世界にするべきことを持って生まれた、選ばれた者なのだから。と。
私は常に、自分が正しい側に立っていると思っていた。
こんなに辛いことを知っているのだから。
こんなに悲しいことを知っているのだから。
そんな私の想いは、心は、きっと正しい選択をできるのだ。と。
だからこそ、私はヒロインたり得るのだ。と。
……そう、信じ込んでいた。
『めぇばぁえぇぇぇーーーーーーーーっっ!!』
それが最初に揺らいだのは、間違いなくあの日の彼――黒木終夜の言葉だった。
『黒川めばえ……さんっ!』
初めて間近で見た彼の顔は、必死そのもので。
『初めてあなたを見たその時から、俺はあなたを特別に感じてました!』
投げかけられた言葉は、意味不明で。
『だから、俺と……!』
けれど。
『……一緒に青春、過ごしてください!』
告げられた言葉に、一切の嘘がないことを……不思議と信じさせられた。
『お願いしまぁぁーーーーすっ!!』
倒すべき敵から向けられる言葉としては、何もかもが間違っていて。
でもそのときは、到底受け入れられない言葉だったから。
『私は、あなたなんか……認めない……っ!』
あの日、私は否定した。
なのに。
そんな彼から、今。
『……ずっと変わらず、好きです。どうか俺の、恋人になってください』
私は、告白された。
それも前世からずっと好いていて、今世に聞いた彼の活躍のそのすべてが私のためだったなんて、驚きの真実と一緒に。
嘘みたいな現実がそこにあった。
夢みたいな希望が目の前にあった。
そう信じられるだけの輝きが、暗い洞窟の中でもよく見える、彼の真剣な眼差しが。
私だけを、見てくれていた。
私のための王子様が、確かに今、ここにいた。
……全身が凍り付いた。
※ ※ ※
おじさまに救われて。
一人君に救われて。
そして今また、彼に救われようとしている。
けれどそこには、いつだって私の中の欠落があった。
毎日言い争うパパとママに、私は何もしなかった。
青い制服の人たちに言われるがまま、私は施設へと入った。
施設の人たちの歩み寄りにも、私はただ拒絶を返した。
数多の物語に触れても、それを力に変えることをしなかった。
パパとママにもっと仲良くしてもらいたかった。
青い制服の人たちにもっとちゃんと探してもらいたかった。
施設の人たちと喧嘩なんてしたくなかった。
物語で知れたこと、憧れたものを、私も目指したかった。
けれど私はいつも怠惰で、本音を奥底にしまい込み、楽な方へと流されてばかり。
祈るばかりで動かず、変えず、ただ引きこもって震えているだけ。
白雪姫は生きるためにあがいて、その上で人を信じることを諦めなかった。
シンデレラはどんな境遇にもくじけず、優しい心を忘れなかった。
クリスティーヌは育んだ自信と実力で、最後には自分の意志で歩み出した。
ジュディは自らの想いを正しく手紙に積み重ねて、チャンスを逃さず掴み取った。
それに比べて私といえば。
与えられたやるべきことをただ甘受して、言われるがまま振る舞って。
誰かに支えてもらわなければ、自分一人で何一つとして決められない。
誰かの優しさに気づくことも遅ければ、それに報いることにも時間がかかる。
生きることも死ぬことも選べずに、ただただ怖がり、怯えて、拒絶して。
そのくせ救われたくて、助けを求めて、誰かに縋ってばかりいる。
『誰があなたを助けるの?』
誰かじゃなくて、誰でもいい。
それが本音でしょう?
『あなたは、何から助かりたいの?』
そんなの、わかりきってる。
私は何より私から、助けられたい。
(本当は、誰よりもわかってる)
私がヒロインなんて、ありえない。
私が世界を変える使命を負うなんて、器じゃない。
せいぜいが誰かに利用されて消費される、ただの凡人。
(本当の私はどこまでも利己的で自分勝手で、誰より我が儘で傲慢で、怠惰で、卑しくて、意地っ張りで、享楽的で、強欲で……未熟な、ただのモブ)
噛ませ犬、引き立て役、踏み台。
そんな言葉で雑に扱われるような、世界の中心からは程遠い場所にいるのがお似合いな存在。
むしろ、そんな役でも与えられるだけマシだってほど、何もないのが私。
欠けたモノが多すぎて、足りないモノが多すぎて。
手に入れたモノの価値もわからず、失ってばかりいて、それにすらも気づけない。
スポットライトが差し込む舞台の上。
それを遠く遠く観客席から……すらも見れずに劇場の外で羨むだけの貧者。
(黒川めばえは、私は……)
そんな、どこにでもいる人間の、はずなのに。
「ねぇ……」
「どうしたの、めばえちゃん?」
知りたい。
「どうして?」
「?」
「どうしてあなたは……私が、好きなの?」
違う、もっと欲しい。
「私なんか……どこも、好きになる要素、ないのに」
十分言ってもらったくせに。
たくさん伝えてもらったくせに。
「なんで……告白なんて、私になんて……したの?」
最低にも、程がある。
「……ねぇ、教えて?」
きっと今、私。
すごく、すごく最低で最悪な顔をしてる。
「教えて?」
熱に浮かされて、絆されて。
どこまでも浅ましく、差し出されたものを貪ろうとして。
身の丈に合わないものを、それでも欲しいなんて手を伸ばす。
(これが物語のヒロインだというのなら、最低最悪のヒロイン……)
ただ助けを求めて、ただ与えられることを望んで、ただ愛されることだけを、ただ満たされることだけを願う……身勝手なだけの女。
何も考えられない。考えたくない。
何も迷いたくない。間違えたくない。
何も与えたくない。損したくない。
何も抱えたくない。責任って何。
もう、もう、すべてが嫌。
私という存在に繋がる、私という存在が考える、私のあらゆるすべてが嫌い。
綺麗なものが欲しい。
温かくて優しくて、そんなものに包まれていたい。
世界なんて知らない。
ただ溺れていたい。
夢みたいな、この世界のどこにも存在しない、幸せな――。
「――え。いいの?」
「?」
「じゃあ遠慮なく」
気づけば、目の前の彼が大きく息を吸い込んでいた。
そしてこれはもう一人、そんな女の子を心から愛する、推し活男のお話。
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