第188話 分水嶺
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求められるのは、選択。
「現状を確認する。我々日ノ本軍は敵……ハーベスト勢力の奇襲作戦により、窮地に立たされている」
上天久佐第2独立機動小隊基地、第1会議室。
大モニターに映された九洲本土の地図には、赤い点がいくつか表示されていた。
「この赤い点の場所には、ハーベストの影響力を強める印の中でも最も強力で、初めて見るタイプの建造物が確認されている。以降日ノ本軍はこれを、柱と呼称する」
柱と名付けられたそれは、九洲各県の主要都市に突如として発生した。
幽世の門から直接配置されたそれらはその出現パターンからして異例であり、これまでにない規模かつ理不尽な状況を人類側に強いる。
だがそれを、ここに集まった天2の主要隊員たちは冷静に受け止める。
「……ふんっ。実に厄介だな」
「なるほど。こういうことをしてくるのか、赤の一族ってのは」
「えぇ、けれどこのなりふり構わなさ、相手も後がないということでしょう」
「相手の切り札ってこと? じゃあ、頑張らないとねっ!」
彼らは知っているのだ。
自分たちが相手をしている存在が、この世界の理すら欺くのだと。
「これに加えて、天久佐の壁方面にもうひとつ。捨て置けない対象がいる」
地図に追加される大きな赤い点。
それにはすでに、名前が書き加えられている。
「亜神級“空泳ぐクジラ”ね……」
かつて天2小隊を撤退するまでに追い込んだ、2体の亜神級の内の一体。
人類がハーベストへの対抗策を得たとき、その報復とでも言うように出現し、破壊の限りを尽くす物量の怪物。
それが今、再び。
ゆっくりと海上を進み、再び天久佐の地へと向かって進軍している。
「これ見よがしだな」
「楽しんでいるのでしょう、侵略を」
「そんなの、絶対許せないっ!」
「えぇ、日ノ本の民を無駄に怯えさせて……趣味が悪いわ」
電撃的に発生した柱と違い、わざと姿を晒しての行軍。
もはや疑う余地のない戦略的行動は、上位存在からの干渉を実感させるものだった。
「さて、現状確認は終わったね? それじゃここからは、僕たちの動きを決めるフェーズだ」
司令席に座る六牧百乃介は、音頭を取りながら周囲を見回す。
ここに集った隊員たちはみな圧倒的な実力者ではあるが、それでも彼は、欠けた人員の方に意識が向いてしまう。
それほどまでに、黒木終夜と建岩命は、天2の中核をなす人物だった。
「天2は独立機動小隊。つまりは戦地選択などに自由が利く小隊だ。基本的にどこの場所にも防衛隊はいてそれぞれに戦っているから、そのどこを助けるかを選ぶ権利を我が隊は有していると言える。その権利を今回はどこに使うか、君たちの意見を聞きたい」
百乃介は敢えて口にしないが、みな、その言葉の裏を理解している。
すなわち“どこを見捨てるか選べ”という話なのだ、と。
(隈本は絶対に落としてはいけない場所だ。あそこはあらゆる意味で九洲の中心、ダメージ=国力低下となる)
(福丘が堕ちるのは避けたいですわ。あそこは九洲地上交易ルートの心臓部、鉄道のハブ駅もあそこにあるんですのよ)
家を背負う者は冷静に、合理と損得を考える。
「天久佐の壁の防衛に行こう! 亜神級と戦えるのは私たちだけだよ!」
「戦力が手薄なところへの支援は絶対に必要だわ。でなければ人的被害が大きくなりすぎる」
人に寄り添う者は正しく、自らの為すべき道を説く。
「だったらそれは――」
「でしたら――」
それは、はたから見れば非常にスムーズに互いの意見を交換しあって前進する、素晴らしい会議に見えるかもしれない、が。
(……やっぱり、二人がいないと進みが遅いな)
中核不在の作戦会議はまとも過ぎて、いつもの天2と比較して、あまりにも鈍重な進みとなっていた。
(黒木君、姫様、二人とも……いや、どっちでもいいから早く戻ってきておくれ!)
どうにか意見が脱線しないよう調整しつつ、百乃介は願う。
“人外魔境”天2小隊を導く真の主導者たちは、未だ帰ってこない。
※ ※ ※
『久遠の闇の中で、小さく輝き続けてくれた導きの星』
『あそこには……あなたとその子しか、いなかったよ?』
俺の最推しにして恋心を向けるヒロイン、黒川めばえ。
彼女の口から語られた言葉と、それに続いた契約精霊ユメからの言葉。
(ラスボス因子を持つ存在を、絶望に苛むべく用意された異空間――それが、久遠の闇)
俺の知識と二人の言葉が、俺に一つの結論を導き出させる。
(めばえちゃんが、真白君だと思ってる導きの星って……俺のこと、なのか?)
……ちょっと思考、停止する。
なうろーでぃんぐ。
なうろーでぃんぐ。
ふりーず。
さいきどう。
なうろーでぃんぐ……。
(……やっぱ俺のことだよなこれーーーーーーーーーー!?!?!?)
え?
え?
どういうこと?
(めばえちゃんって疑いようもなく真白君のことが大好きなんだなって思ってたけど……)
真白君を好きになったきっかけが、久遠の闇で自分を救ってくれた輝きで?
それをヒーローである彼だと思ったから、今そのぞっこんラヴなワケで?
(んでも実際、久遠の闇でめばえちゃんを救ったのは俺なワケで……)
めばえちゃんの言う導きの星ってのは、実は俺で?
めばえちゃんは導きの星が大好きなワケ…………だ・か・ら?
「……お、お、おあーーーーーーーーーっっ!?!?!?」
「きゃあっ!?」
思わず膝枕状態から飛び起き、直立する。
勢いでめばえちゃんに背を向けたけど、今はそれが功を奏したと言わざるを得ない。
(いやいやいやいや、顔が赤い顔が赤い。暑い暑い無理無理無理!!)
全身が燃え上がるくらいに興奮しているのがわかる。
腹の奥底から冷えてた想いが全部一斉に着火して、足の先から頭のてっぺんに至るまで、全部がマグマの噴火みたいに爆発してしまってる。
だって。
(だってだってだってばよ! これ! 真実を伝えたら! めばえちゃんの好感度! とんでもなく爆上がりしまくってすげぇことになるんじゃないか!?!?)
マジか。
マジかマジかマジか!?!?
こんな奇跡があっていいのか!?
(俺、めばえちゃんとこの世界で出会う前から、マジで彼女を助けられてたんだ!!)
あの頃、大告白したりル〇ズコピペしたりした日々が、確かに彼女を絶望から救っていたなんて……こんな、こんなの推し活冥利の極みだろ!
(しかもしかも、その真実を伝えたら……もしかしたら、めばえちゃんは……!)
めばえちゃんは……!
「………」
「く、黒木終夜……?」
「………」
めばえちゃんは、どう思うんだろう?
(……今、めばえちゃんにとって本当の意味で心の支えになっているのは、導きの星であり、運命のヒーローでもある真白君だ)
一番辛かった時期に光となって支えてくれた人。
そんな人と実際に会って、共により良い未来を目指して頑張ることになって、そのおかげで今の……俺の知る史実よりも明るく、前向きな彼女になれている。
少なくとも今、めばえちゃんは心からそう信じてる。
(俺がこの真実を伝えるってことは、めばえちゃんが信じるそれを……否定するってことだ)
めばえちゃんは勘違いしている。
真実は違ってて、めばえちゃんを久遠の闇から救ったのは真白君じゃなくて俺だった。
それを証明するのだって、ユメという基本的に嘘を吐かないとされる精霊からの証言もあるワケだし、難しくはない。
しかも、そもそもこれはただの間違いの訂正で、道理としても正しい行ないだって言える。
(でも……)
それでも伝えるべきか迷うのは。
きっと、この真実を伝えられためばえちゃんが……“傷ついてしまう”と、知っているから。
(めばえちゃんはさ。ロマンチストで、夢みたいな展開が大好きで)
俺は、彼女の好みを知っている。
(童話や昔話の“白馬に乗った王子様が自分を迎えに来てくれた”みたいなシチュエーションが大好きで)
それはまさに、今の真白君と出会っためばえちゃんの状況そのもので。
(今のめばえちゃんは……)
夢が現実に叶った……この上なく幸せな状況にいる。
「黒木終夜? ……大丈夫?」
「ああ、めばえちゃん。大丈夫大丈夫。傷が開いたとかそういうんじゃないから」
背後から声をかけられて、振り返らずに返事をする。
(めばえちゃんの勘違いを正せば、きっと、彼女の心は俺に向く……気がする)
なぜならそれは。
本当の王子様が誰だったのかを、彼女が知ることになるのだから。
(でも、そうすると俺は、めばえちゃんと真白君が紡いだ絆を否定することになる)
なぜならそれは。
彼女たちが今日まで繋がり、互いを支えてきた事実、その根底に傷をつける行ないだから。
(めばえちゃんは、弱い人間だ)
彼女の心は、決してヒーローやヒロインと呼べるほどの強度を持っちゃいない。
家族の不幸で絶望し、自らの夢が閉ざされても絶望する。
折れて、挫けて。そして立ち上がるのにいくらでも助けが必要で時間がかかる。
普通の……本当に普通の、女の子だ。
(真白君なら、そんな彼女を支えることができる)
彼は本物のヒーローだ。
そんな彼がめばえちゃんを支えるなら、間違いなく彼女を幸せにしてくれる。
少なくとも今世において、彼はめばえちゃんのことが好きで、守ってくれている。
もしもめばえちゃんを幸せにする役を誰かに譲るなら……彼をおいて他にはいない。
なんたってこの世界が選んだヒーローで、そして何よりも――。
(――ずっと、何度も一緒に世界を救った、もう一人の俺なんだから)
めばえちゃんを幸せにする想像の世界には、いつだって隣に彼がいた。
誰に笑われようと、前世の俺はそんな世界を夢見て何度も何度も挑み続けた。
そんな世界が、今ここで生まれようとしている。
間違いなく、あの日あの時俺が焦がれて望んだ世界が、目の前まで来ている。
…………それでも!
(俺は……)
昂りきっていた熱が、再び深く冷めていく。
冷めていくけど、燃えていく。
俺の中にあるいくつもの心が鬩ぎあい、熱くなって、冷えて、震えて、砕けて、爆ぜている。
とんでもなく心がぐちゃぐちゃになっているのに、頭の中がごちゃごちゃしてるのに。
どこかとてつもなく冷静に、答えを導きだそうと過去類を見ない速度で思考が回っている。
(俺は……!!)
真実という切り札は今、俺の手の中にある。
今すぐにでも晴らしたいこの胸のざわめきを解く力を、俺のこの手が握っている……!
間違いなく、今。
俺の選択が、未来を決める。
確信する。
ここが俺の、人生の分水嶺だと。
黒木終夜、転生者。
前世を含め30年近く積み上げ続けた心の炉に……最高温の火の手が上がる!
「……めばえちゃん」
そして。
「……聞いて欲しい話が、あるんだ」
俺は、心を決めた。
※ ※ ※
天2基地、会議室。
「まぁ、やはりというかなんというか……」
「この二つで意見が割れましたわね……」
実質的な進行役を務める佐々千代麿と天常輝等羅は、同時にため息を吐く。
「可能な限り助けて回るのは前提として、やっぱり最初は空泳ぐクジラを退治しなきゃ! あれがいるってだけで、みんな不安になっちゃうよ!」
「いいや、オレたち日ノ本最強の小隊として、まずは本丸である隈本に発生した柱を破壊するべきだろう」
二分した意見を、それぞれの意見の代表者である清白帆乃花と木口猛が突きつけ合う。
「退治!」
「破壊!」
「うーん……」
それら対立する意見を聞きながら、百乃介は決断の機をうかがっていた。
(空泳ぐクジラの動きは現状鈍重だ。だから隈本を守りに行って戻ってこれる可能性がある。けれど、空泳ぐクジラに現状対抗できるのが僕たち天2しかないのも事実。そこを放置した場合、全体の士気への影響は無視できない。備えてるって事実自体が必要な相手なんだ)
まさに二律背反。
あちらを立てればこちらが立たない。そんな意見のぶつかり合いに頭を悩ませる。
(幸い今、柱から出現した敵は、防衛力を高めようとしているのか積極的に進軍してくる素振りはない。いやまぁ、それがすでにこっちの都市機能削ってきててキッツいんだけどさぁ)
時間的余裕は刻一刻と失われている。
「さて、どうしたものか――」
「ただいま戻りました」
「――なぁーっ!?」
そこに、彼女は突如として現れた。
「姫様!」
「命!」
「命ちゃん!」
夏であっても平然と、ゆったりとした巫装束を着こなす絶世の美少女。
“神秘の建岩”が生み出した世界救済の贄にして、史実におけるメインヒロイン。
「……皆様、状況を教えていただけますでしょうか?」
天才、建岩命。
「……なるほど。そういう状況でしたか」
非凡の中の非凡である彼女は。
「でしたら、話は簡単です」
常日頃よりの無感情を装った、鉄壁のポーカーフェイスで。
「無論。すべてを助けに参りましょう」
天2小隊伝統の“いつも通り”を開始した。
選んだ者の前に、進むべき道は必ず拓かれる。
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