第186話 キミの本当の救い人
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少しずつ、明かされていく。
奥分県奥分市。
その市街地に聳え立つ、一本の巨大な柱。
「グルギャオォォーーーーーーン!」
「GAOOOO!!」
「ひぃっ」
「……くっ」
「怯えるな! いつでも立ち向かえるよう、臨戦態勢を維持しろ!」
それはじわじわと世界を赤に染めながら、その身の内からハーベストたちの咆哮を響かせる。
その威容は精霊殻を駆るベテランの戦士であっても、怖気に心を震わせる力を持っていて。
「攻撃命令は、攻撃命令はまだなんですか!?」
「馬鹿野郎! 下手に攻撃して中身ぶちまけられたらどうする! 今は市民の避難誘導が最優先だ!」
「ああ、くそっ! 展開が完全に向こうに握られてるじゃないか! ってかなんなんだこれはよぉ!」
得体のしれない、そして唐突に現れた明らかな危険物。
平和を得られたと思った矢先の奇襲に、誰もが心に恐怖を抱く。
それも無理からぬことだろう。
勝ったと思った相手が、制したと思った相手が、再び得体の知れない何かになったのだから。
「………」
緊迫した気配漂う彼らの戦場から離れたとある地点。
そこに、精霊殻ごと“隠れ身”で隠密状態となって、真白一人が潜伏していた。
「教えて、スズラン。あれは何?」
『虹のデータベースを照合。対象物のデータ発見。名称『柱』。赤の一族が侵略時に使用するマーキングの一種ですが、本戦役において使用の事前申告なし。明らかなルール違反です』
「もっと詳しく。あれは、どんな危険な物なの?」
契約を結んだ神格精霊“スズラン”から得た情報を精査しながら、彼はそのあいだも油断なく周囲へ気を配る。そのスズランもまた、精霊殻の機能を一部使用し偵察を行なっていた。
本来RRの契約精霊である彼女は、力を貸すとしてもあくまで事務的な対応しか一人には行わない。しかして、今。当のRR本人が行方不明とあって、もう一歩踏み込んだ言葉を交わすくらいは歩み寄っていた。
『……マシロヒトリ。どうするつもりですか?』
「もちろん助けるよ。RRを探すことも大事だけど、こんな状況放っておけない。戦いが始まったら僕たちの持ってる情報はすぐに天2へ送るよ。いいかな?」
『それは、リスクがあります』
「わかってる。今の僕たちは政府側からしたら明らかな異端だからね。もしかしたら即座に制圧部隊を派遣されるかもしれない。でも……僕のやることは変わらない」
いつでも飛び出せるように、一人は己の駆る黒い精霊殻“明星”を起こす。
これまでだってそう在ろうとしてきた通り、これからもそう在り続けようとして。
「僕のことをヒーローだって呼んでくれた……黒木君や、彼女のためにも」
『黒川めばえ、ですか……』
「うん」
一人の言葉に、神格へと至った精霊殻の精霊は内心でどうしたものかとため息を吐く。
今、孤独な彼の心の支えとなり戦士として前を向く動機となっている、黒木終夜という少年と黒川めばえという少女は――正しくは討つべき存在なのだと、彼女は知っているから。
(命。我らが愛するあの人と、この人はもはや別人です。別人なくらい違うのですが……あなたはきっと、変わらず愛するのでしょうね。あなたは一途で、不器用ですから)
揺るがぬ現実を前に、精霊は行方知れずの友を想う。
似て非なる者でありながら、本質的にはまったく同じ存在である男と同期しながら。
(この世界はあまりにも、何もかもが変わりすぎていて。そして、私たちは遅すぎました。あれだけ十全の準備を整えての時間干渉だったというのに、干渉予測時間点となるあの日から4年以上ものズレが出るなど、誰が予想できたでしょう? これまで幾多の運命を切り拓いてきた私たちでしたが、これはもう、最初から詰んでいたのですよ)
誰にも聞かせることのない、本当の心を胸に秘めて。
今はただ、己を上手く使ってみせろと、未だ途上の可愛い主に似た別人に付き従うのみ。
『……はぁ』
彼を放っておけないのは自分も同じだ、と。
そんな、不都合な事実からは目を背けながら。
※ ※ ※
「……ありがとう。もう、大丈夫」
「ほんとに? もっと休んでてもいいんだぜ?」
「本当に、もう……大丈夫」
明日葉さんへの黙祷を終え、落ち着いためばえちゃん。
ふぅと一息つく彼女に向かって、俺は再び話を切り出す。
「それで、めばえちゃん。めばえちゃんにまだ聞きたいことがあるんだ」
彼女が語ってくれた真実には、見逃すことのできないもう一つの文脈がある。
それは――。
「――めばえちゃん、真白君とは……どういう関係で?」
「一人君? ……えっと」
(……一人君、か)
そう、これ。
史実における主人公にして、今世でもぶっちぎりでヒーローやってる真白一人君について、だ。
「……私は、ヒロイン、だ……から。一人君、ヒーローを支える存在、だから」
「なる、ほど」
サラッと、何度耳にしてもにわかには信じがたい話が飛んでくる。
(……マジかー)
なんだか眩暈がしてきたが、それでも俺は、必死に頭を回転させて理解に挑んだ。
(めばえちゃんは明日葉さんになりすましていた白衣の男から、自分にはヒロイン因子があり、それはヒーローを助けるための力だと吹き込まれていた)
ヒロイン。
本来は建岩の姫である建岩命が名乗ることとなる立場だ。
彼女はそうであるよう教育され、本人もまたその役割に殉じるべく育った。
だがそれは、決して因子だなんだって要因で決まる立場ではなく、あくまで白の一族と建岩家が共謀して、ヒーローをラスボスに勝たせるために用意した外付けブースターなのである。
(それがどうしてめばえちゃんがヒロインでってことになってるのかはさっぱりだが、少なくとも今、めばえちゃんはヒロインとして、真白君と繋がっていたらしい)
これ、姫様が特段自分をヒロインだって喧伝してない影響もあるよな?
聞かれてないから言ってないくらいのノリで姫様は思ってそうだが、思わぬところでバタフライがエフェクトしてやがった。
今度会ったらヒロインはめばえちゃんだったってことで、口裏を合わせてもらうとしよう。
間違ってはいない。だって今も変わらず目の前の彼女こそ、俺のヒロインなのだから。
「それじゃ、真白君と出会ったのは……」
「神子島戦線の、桜花島決戦の、とき……」
やっぱりか。
これは薄々予想できてたが……個人的には間違いであって欲しかった、かも。
「詳しく教えてくれるか?」
「う、うん……」
呼吸を整え、改めて詳細を尋ねる。
そこから彼女の語る話は、俺に驚きと、同時に納得と諦念を呼び起こすものだった。
※ ※ ※
「なる、ほど、なー」
神子島戦線桜花島決戦。
めばえちゃん曰く、桜花島で俺と真白君がバチったあの時、彼が転送された先はなんとめばえちゃんのところで、そこで二人は運命的な出会いを果たした……ということらしい。
そのポイントに行くよう白衣の男に誘導されていた、というおまけ情報付きで。
(つまり、あの強制転移はRRによるものじゃなく、白衣の男の手だったって筋もあるワケだ)
まだRRと白衣の男との繋がりがわからないから何とも言えないが、必ずしもRRが意図してやったワケじゃないって可能性は、真白君のためにも留意しておこうと思う。
「一人君が言ってたけど、RRって人とは、神子島の戦いから連絡が取れなくなってるみたい」
……見つけた瞬間にぶち殺さないでやる程度には、勘弁してやることにする。
「それで、神子島で出会ったあと、私は一人君と定期的に連絡を取り合うようになったの」
そしてここからは、神子島戦線から後のめばえちゃんの話。
例の端末で俺たち全員の目を見事欺き、こっそりこそこそ重ねてきたという日々の話だ。
聞きたいような、聞きたくないような。
それでも聞くべき話だと判断して、俺は彼女の話に耳を傾けた。
「一人君、とは……基本的に夜、おじさまから貰った端末を使って連絡……してた、わ。話す内容は、私の……天2での生活の話と、RRに関係するお話がないかの確認、で。一人君の方は、近況報告……RRを探す途中で見かけた綺麗な景色の話、とか……そういうの、を」
耳に入るのはヒーローとヒロインが世界を救うべく動く戦いの記録……とはいささか違っていて。
「それで……みんなで金峯山の山登り、したとき、転びそうだった私をあなたが助けてくれたって話したら、さすがは黒木君だ……って、一人君も嬉しそうで」
それはどちらかといえば、年頃の男女が交わす、日常的な会話の積み重ね。
遠く離れた親しい人同士がするような、温かで、ほのぼのとしたやり取りの繰り返しだった。
「そうしたら、また。一緒に運命を乗り越えようって誓い合って、連絡を切る……の」
それらを語る、めばえちゃんの表情から。
彼女の口から語られる、真白君の態度から。
「一人君とお話しすると……私の中から、勇気が湧いてくる、の……」
「……そっか」
互いのことを想い合う、確かな絆を……俺は感じ取ることができた。
なんだかわからないけど。
今の俺、胸の奥がとてつもなく締めつけられて、涙が出そうになっていた。
(九洲全土をハーベストの支配から解放し、脅威を駆逐したことで、俺はめばえちゃんを救えたんだと思ってた。だからあの日、桜花島決戦のあと、俺にも微笑んでくれるようになったんだって思ってた。けど……)
真実は、違ってたんだな。
ヒロインであると白衣の男に刷り込まれた彼女は、しかしてその導きによってヒーローと、運命と出会った。
孤独に震え、過酷な運命に苛まれていた彼女は、そこで救われたんだ。
(めばえちゃんを救ったのは、俺じゃない)
本当の意味で彼女を救ったのは……本物のヒーロー、真白一人だったんだ。
彼女の笑顔を作っているのは……彼女を今も救い続けているのは――。
「――あ、れ……?」
なん、だ?
(意識、が……)
景色も、歪んで……。
「~!? ――っ!!」
めばえちゃんが何か言って……。
(……ダメ、だ。なにも、きこえ……な……)
………。
………………。
そのまま。
俺の意識は深い深い闇の中へと……沈み込んでいった。
※ ※ ※
「ぅ……」
目を覚ますと。
「ぁ、れ?」
俺は、後頭部に何か、柔らかい物が当てられている感触にまず気づいた。
「起き、た……?」
「めばえ、ちゃん……?」
霞んでいた視界が広がると、目に入ってきたのはめばえちゃんの……見下ろし顔で。
「え……」
「よか、った……間に合った」
泣き腫らした顔で微笑む彼女が見せてくれるのは、見たことのない救急スプレーだった。
「これ、一人君からもらってた、の……いざって時に使うように、って」
「それ、は……?」
「RRって人が持ってた、ダメージを受ける前の状態……元に戻す道具、だって」
「……へぇ」
なるほど、な。
そんなアイテム知らないが……聞いてる限り、時と空間に干渉する道具、だな。
(……ははっ。さすがは真白君。キミの気遣いのおかげで、どうやら俺は生き延びたらしい)
まさにヒーロー。
まさに物語の主人公。
救いが欲しいとき、見事なまでに完璧な手を打ってくれている。
(……ホント)
こりゃ、勝ち目なんてないな。
(……っていうか、コレ。膝枕、だよな?)
後頭部に感じる柔らかく、けれどどこか硬さもある鍛えきれてないふにゃ肉の感触。
何よりこうして見上げると、めばえちゃんのバストアップを特等席で見れるグッドな距離感。
これまで見たどんなスチルよりも、きっととても価値のある光景が、ここにはあった。
(これは……人生賭けた推し活のあがりとしては……上々じゃね?)
推しに命の危機を救って貰えて、あげく膝枕までサービスして貰った。
ファンサとしては貰いすぎなくらいじゃないだろうか。
だったら。
「……めばえちゃん」
「な、なに……?」
もうこれ以上、甘えてはいけない。
もうこれ以上、仲良くしちゃいけない。
だから。
「俺はラスボス……なんだろ? だったら救わず、放っておいてもよかったんじゃないか?」
最大限に悪ぶって、冗談めかして顰蹙買って、俺は嫉妬や後悔なんて醜い想いに蓋をし――。
――バチンッ!!
「あぶっ!!」
顔全面に、パーの手が叩き込まれた。
「ぁ、ぇ、ぁ……」
小さな指の隙間から、彼女の……めばえちゃんの顔が見える。
「ど、どうし、て……そんなこと、言う、の……?」
「え……」
めばえちゃんが、泣いていた。
本気の顔で、泣いていた。
「あなた、は……わたしの……大事な人……なのに……!」
全身から、血の気が引いた。
深まる混迷、それでも。
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