第176話 秘めておくはずだった想い
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楽しんでもらえてるんだなと実感が沸きます。
誤字報告も助かっています。本当にありがとうございます。
変則的ですが、九條巡視点にてお送りします。
配信活動をしているとたまに、配信内容とは関係ないタイミングで“かわいそう”とコメントされることがある。
私は、その言葉がコメントされる因果を、知っている。
“かわいそう”
“大変ね”
“頑張って”
それは、私たち“九條シリーズ”の背景を知った人からの、同情からくる言葉だ。
九條シリーズ。
日ノ本をハーベストの侵略から守るべく、九條恵という今は亡き異才をベースに作り出されたクローン生命体。
建岩家の持ち込んだ技術(おそらく白の一族の技術)を天常家の財力でもって現実と成した、生存競争という名の戦時ゆえに目溢しされた、禁忌の御業。
その生まれと不老という特異さでもって人の形をした備品として扱われた、戦争の道具。
戦場に立たない者たちが持っていたイメージは、物語に登場するアンドロイドなどと同じ、人の真似事をする人形のようなモノだった。
偶像として戦士たちを鼓舞し、死地へと送り出す人形。
九條シリーズに与えられた役割は、まさしくそんな、人でなしの所業だった。
(そんな私たちの現実は気づけば世間に公表され、今は同じ人間扱い……とまではまだ言えないけれど、人に連なる隣人程度の距離感にまで改善された)
現政府による正式な発表、半公営の精霊合神まじかるーぷチャンネル。
一つひとつが繋がって、私たちの実態はゆっくりと日ノ本国民へと周知されていった。
真実を知った彼らの反応は、その多くが同情的だった。
そうなったのには私たちの幼い見た目や活動内容の生々しさ等、多くの要因があっただろう。
事実、私たちを人として見た場合、それらの事実は悲惨な物に映ると私も思う。
だから今私たちに向けられる同情は、客観的に見ても正当な評価なのだろうと、冷静に、理解を示すことができた。
でも。
(私個人の感覚でいうと……正直かなり、うしろめたさがあるのよね)
だって。
悲劇の九條シリーズ、その象徴として人前に立ち人々と触れ合い、妹たちへの道を今まさに切り拓いている私――九條巡は、今。
……ビックリするほどの、幸福の中にいるのだから。
(本当ならとうに寿命を迎えて停止しているはずだった……この私が、今、ここにいる)
それは、人の領分を超えた力すら借りての、奇跡の連続。
およそ想像だにできなかった、閉じていたはずの未来へと繋がる、夢みたいな出来事で。
『――とりあえず、体力と気力をSに上げるまで一緒に訓練しよっか。パイセンっ』
すべてはこんな、とんでもない無茶ぶりから始まった……私の××の物語だった。
※ ※ ※
ゆっくりと。
屋上へと向かう階段を上りながら、私は思いを巡らせている。
(今頃は、終夜と帆乃花、話し始めているでしょうね)
今、私がやろうとしていることは完全なお節介。
それも余計なお世話という奴だ。
(……ううん。きっとこれは、そんなものよりもっと愚かな……卑しい行ないね)
メンタルケアを行なう立場であることを利用した、ただの野次馬・出歯亀行為。
人の恋路を覗き見る、悪趣味この上ない振る舞い。
そんなんだから今も頭に、余計なことばかり浮かべている。
(……いつか、あの子の心の壁が崩される時が来ると、私は確かに考えていた)
そのいつかがとうとうやって来たのだと、昨日のカラオケボックスでのやり取りで理解した。
めばえが、終夜のことを好きになった。
彼の推し活が、その奥に燻ぶる恋心が、遂に成就する時がやって来たのだと悟った。
だから。
『……私、清白帆乃花は、黒木終夜君のことが、恋してるって意味で、好きです』
コレにはとても、とても驚いた。
だって、私にはそんなこと……絶対に真似できないんだもの。
「あ」
「え?」
不意に上から聞こえた声に、顔を上げると。
「巡ちゃん」
「帆乃花……」
ちょうど、屋上のドアを閉じた様子の帆乃花と遭遇した。
「……へぇー」
「え、ぁ、えっと」
心の準備も何もなかったものだから、帆乃花の小さな言葉にも、思った以上に動揺する。
そんな私の様子をどう解釈したのか、彼女はニコリと笑顔を浮かべて。
「巡ちゃん。私、フラれちゃったよ」
あっさりと、その事実を口にした。
「えっ」
「終夜君めばえちゃんのことがやっぱり好きなんだって。だから、フラれちゃった」
「そ、そう……」
あっけらかんと言い放つそれに、ますます動揺する。
帆乃花からは、一切傷ついた様子もなければ、動揺した様子もない。
(フラれたのに? 想いを告げて、断られたのに?)
むしろスッキリしているような、逆に力が漲っているような、そんな印象すら受ける。
……どうして?
「それじゃ私、行くね」
「ぁ……」
軽やかに、帆乃花が階段を下りてすれ違う。
(あ……)
度重なる訓練と、私の高い幻視技能が、それを見逃さなかった。
(目元、ちょっとだけ赤い……)
そう思ってるあいだに彼女は階段を勢いよく下りていき、手すりを使ってくるりと踊り場をひとっ飛びして、階下へと飛んでいく。
「巡ちゃん!」
彼女が私の視界から消えた、その直後。
「後悔、しないようにね!」
「っ!」
爽やかな、とても、とても爽やかな言葉が、私へと贈られた。
その言葉一つを残して、彼女は迷うことなくどこかへと駆け去っていった。
まるでこの場に気にするモノは何一つないのだと、そう宣言するかのように。
私にはそれが、とても眩しく思えた。
(やっぱり、帆乃花は私とは全然違うわね)
改めて、彼女のようにはなれないと確信する。
ヒーローなんて柄じゃないし、きっと、ヒロインになれるほど強くもない。
誰かを支えられるほどの覚悟も、私にはないから。
どこまでも自分一人を何とかするので、精いっぱいだから。
「………」
だったら私は。
ここで引き返すべきだったのだ。
※ ※ ※
カチャ。
ドアを開け、外へと顔を覗かせる。
「ういっす、パイセン」
「むぅ……」
出会い頭に呼ばれるその呼び名に、少しだけ不満が漏れた。
それが愛称だとわかっていても、それを聞いて耳が幸せになってしまう事実があっても。
たまにくらいは、名前で呼んで欲しいと思ってしまう。
して欲しいことがたくさんあって、それが叶わないことを不満に思ってしまう。
彼の前では、私はワガママになってしまう。
「話があるんだろ? 付き合うぜ」
きっと、こっちの××になんて一切気づいてないであろう態度が、今は無性に腹立たしい。
手招きされるのも癪だけど、呼ばれているのが嬉しくて、私の足は自然と彼のもとへと向かっていた。
その途中。
「む……」
私と終夜のあいだをたまたま阻むようにフヨフヨと、小さなピンクの靄が這うのを見つけた。
八つ当たりにちょうどいいと、私はついでで浄化してやるべく、踏み出す足を靄へとぶつける。
蹴られた靄はポフンッと浄化されて消える……はずだったのに。
「え?」
どういうワケか、私の足から力が抜けた。
体を支えていた軸足がカクついて、体が前のめりに倒れだす。
「パイセン!!」
「きゃっ!」
ドサッ!!
倒れる。
硬い床の感触とは違う、硬いけど柔らかい、そして温かな物に触れる。
「ふぃー、っぶねぇー」
「ぁ……」
終夜が、転んだ私の下敷きになっていた。
小さな私の体を軽々と抱きかかえて、彼の鍛えられた体が私を守っていた。
「大丈夫か、パイセン?」
彼の、クリッとした黒い瞳が私を見ている。視線からは純粋な、私への心配が読み取れた。
勢い強く動いたせいで、彼の白い毛束交じりの黒髪が乱れ、額を晒している。乾いた汗の貼りつきは、彼がいつも通り一生懸命に頑張った証拠ね。
「パイセン?」
首を傾げながら、終夜の手が私の頭を撫でる。
肩、腕、腰と自然と触れてくれるのは、これ、私の体に異常がないか確認しているのね。
「おーい、パイセン?」
なんてことのないように、一切の気兼ねなく。
彼は私を当たり前に……出会った時から当然のように……一人の人間の女の子として扱ってくれる。
それがとても心地よくて、だからこそ余計に、腹立たしくて――。
「――――好き」
「へ?」
………。
………………。
……………………………………………あれっ?
「……ぁえっ?」
えっ、あ、今、私、何を……っっ!?
「パイ、せん?」
「!? ぁ、や、ちがっ……!!」
やらかしたに気がついた、その瞬間。
「ちが、その、ぁぁっ……!!!」
私は、全身の血の気が引いて凍りついたような感覚に陥った。
「ちがうっ」
それと同時。
「ちがうの、終夜、これは、これは違うの! 違うのよっ!!」
胸の奥の奥の奥底にある何かが、一気に沸き上がってくるのを感じて。
「~~~~~~~~~~~~っっ!!!」
私の中の、致命的な何かが、切れてしまった気がした。
面白いこと大好き田鶴原様「我じゃよ」
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