第175話 ただひたすらに、真っ直ぐに!
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乙女の本気が、炸裂する……!
清白さんは宣った。
『今回は、引き下がるね!』
と。
(何か……何か、引っ掛かりを覚える言葉だ)
受け止めきれず、考えを巡らそうとしたが。
「終夜君終夜君!」
「はい、はい」
呼びかけられて、阻止される。
目を向ければ、フラれた直後とは思えないほど力強い笑みを浮かべる清白さんがいて。
(ん? んん?)
頭の中で何かが警鐘を鳴らしているのに、その答えに至れない。
全力で想いに応えるっていうこれまでになかった経験が、俺の思考を鈍らせていて。
「私は今日、終夜君にフラれました。フラれたよね?」
「はい」
「そう、フラれたんだよねぇ」
「???」
そのせいか、彼女の言葉の意味を、正確に掴み取ることができない。
「清白さ……」
「でも!」
「!?」
言葉を遮られてしまえば、反射的に聞きに回ってしまう。
もうこの時点で、俺は。
「だからこそ、終夜君には聞いて欲しいことがあります」
彼女の――清白さんの術中にハマっていた。
「私は、黒木終夜君のことが、好きです! 恋してるって意味で、好きです!」
「…………!?!?!?!?」
大胆な告白は女の子の特権。
じゃあ禁断の二度撃ちは、それもまた、特権なのだろうか?
※ ※ ※
「え? あ、え?」
「えへへ。サプライズ成功、かな?」
あまりのことに、今日何度目かもわからないくらい言葉を失った俺を前にして、清白さんは照れ臭そうにまごつきながら言葉を紡ぐ。
「私ね、終夜君のことが好き。もうずっと、ずーっと長いこと好きだった気がするくらい好き。どれくらいかっていうと、最初に好きだなぁって思ったのは強さ。私、これでも自分が世界でも結構強い方だって思ってたのに、それを軽々飛び越えるどころか人間の領域あっさり突き抜けててすごいなって思ったのが最初で、最初は終夜君のことを推せるって気持ちで思ってたんだけど……」
紡ぐ、というか。
怒涛の勢いで語り始める。
「文化祭の時に、私の心を掬い上げてくれて、お母さんも助けてくれて、あの瞬間にバーンって、胸の中にある何かが弾けて、しかもしかも、自由にしていいなんて言ってくれたから、私もう止められなくなって! 全部全部くろきっ終夜君がくれて! 全部全部許されたから! 私こんなになったんだよ!」
「お、おおう!?」
ずいっと距離を詰められて、網が背中に当たるまで追い込まれる。
「私ね! もうずっと、ん、ん、終夜君が! 大好きなの!!」
圧倒的熱量。
目をらんらんと輝かせて、頬を真っ赤に染めて。
溜め込んでいたモノを全部吐き出す勢いで、清白さんの俺語りが続く。
「私にとって終夜君は光なの! 出会った時から……ううん、きっとあの時、すれ違った時からきっと! 私にとって終夜君は、ずーっとずーっと、ヒーローだったの!」
ヒーロー。
その言葉を聞いて思い至るのは、世界を救う選ばれた存在……という意味ではなく。
今まさに、彼女が体現している姿。
『私ね。我慢しないって決めたんだ。欲しい物には手を伸ばすんだって、そう決めたの』
『私は今この瞬間だって、強くなる。強くなりながら、一緒に戦うよ』
彼女が目指した者の正体に、今更になって気づく。
清白さんはどこまでも真っ直ぐに、ただひたすらに、俺の背中を追いかけていたんだ。
『黒木終夜君のことが、恋してるって意味で、好きです』
燃え盛るほどに強い想いを、胸に抱いて。
清白帆乃花は、大好きな人の隣に立ちたい、恋するヒーローだったのである。
「だからね、終夜君。私ね、諦めないよ」
恋するヒーローが宣言する。
「終夜君が他の人を好きでも、この想いが燃え尽きない限り、終夜君を好きでいるから」
それはある意味とても傲慢で、身勝手な誓い。
けれど。
「少なくとも、終夜君の恋が成就するまでは、諦めない」
正々堂々と。
敗北も視野に入った誠実な誓いでもあった。
「終夜君の恋を邪魔するつもりはないよ。でも、終夜君がまごつくならその分だけ、私は私の大好きを、終夜君にぶつけるから」
海底の氷のように深い青の瞳に、今や炎が燃えている。
一度は吹き消したはずの火が、今はこれまでの何倍にも大きくなって燃え盛っている。
「だって、終夜君が言ったんだよ? 私が決めたことなら好きにしたらいいと思う……って!」
「………」
覚えてる。
バチクソかわいい笑顔の花が咲いたあの顔は、しっかりと心のスチルフォルダに記録済だ。
ただし、今見せている清白さんの笑顔の方が、その何倍も魅力的だった。
「あ、でも……」
笑顔の清白さんの顔に、不意に影が落ちる。
表情は曇り、不安げに目を逸らし、少しだけ肩を落とす。
ゆっくりと。
後ろに数歩、距離を取られた。
「終夜君がダメっていうなら、しない。この恋を、終わらせてもいいよ」
続く言葉に冗談の色はなく、真剣に……けれど心底から不服そうに、律を紡ぐ。
「潔く、ワンチャンスしかないのなら……私の恋は、もう。終わってるもんね?」
「!?」
その言葉に、ギクリとなったのは。
『初めてあなたを見たその時から、俺はあなたを特別に感じてました! だから、俺と……一緒に青春、過ごしてください!』
自分自身のこれまでの行ないに、心当たりがあったから。
「あ……」
口を開けたまま、清白さんを見る。
「………」
無言の彼女は――笑っていた。
「あー……」
俺のこと、よーくわかってくれてるんだなって、感心した。
「……そうだな。ダメ……とは言えないな」
俺も、ようやく理解する。
恋するってのは、こういうことなんだって。
(なりふり構わず真っ直ぐに、そうでもしないと止められない、後悔してしまう。それくらいどうしようもない想いの爆発が……恋なんだな)
きっと、正しく恋することに関しちゃ清白さんの方が先輩だ。
そして、今の彼女を否定することは、そのまま今の俺を否定することになってしまう。
心でそれを、受け入れてしまった。
「終夜君。私、まだまだ終夜君のこと、好きでいていいかな?」
「……いいよ」
「今の終夜君に、アタックし続けてもいいかな?」
「……いいよ」
「終夜君の恋、応援してもいいかな?」
「いい……って、いいのか?」
「うん! もちろんだよ!」
納得フェーズ中に飛び出た意外な提案に戸惑う俺に、清白さんが笑って頷く。
「だって私は、終夜君が好きなんだもん。緑の風の終夜君も、めばえちゃんを推してる終夜君も、全部……ぜーんぶ! 大好きだからっ!!」
「おわっ!?」
飛びついてきた清白さんを慌てて受け止める。
子犬みたいにドーンと飛び込んできた彼女から、いつもの犬尻尾をぶんぶん振ってるイメージが見えた。
「えへへっ。終夜君終夜君!」
抱かれた勢いですりすりと頬ずりされる。
ただじゃれ合ってるってだけじゃない、明確な好意を含んだそのスキンシップには、これまでにない何かが過分に含まれているような気がした。
「終夜君。これからは、私のこと、帆乃花って呼んでね?」
「え?」
引っ付き虫になってた清白さんに、ふと、膨れっ面で提案される。
「だってお母さんのことはなずなさんって呼んでるのに、私が清白さんなのっておかしいと思うの。私の方が仲いいのに、仲いいのに!」
「お、おう」
呼び分けのためにそうしていたつもりが、彼女には不服だったらしい。
俺が頷いたのを確かめて、彼女はようやっとハグから解放してくれた。
「へへへっ。それじゃ、これから改めてよろしくお願いします」
今度は大きく距離を取った清白さん――帆乃花が、ぺこりと丁寧に頭を下げる。
「これまで以上にアタックするつもりだから、ホントにホントによろしくねっ!!」
顔を上げた帆乃花からの、かわいいポーズ付きの熱烈なラブコール。
俺は不思議と、向けられる矢印を心地よく感じていた。
※ ※ ※
「……それじゃ終夜君、またねー!」
元気に手を振り屋上を後にする帆乃花を、俺も手を振って見送る。
バタンと勢いよくドアが閉じられれば、それを最後に大きな音はしなくなる。
屋上にただ一人、途端に世界の色彩が落ち着いたイメージに変わった気がした。
「ふぅ……」
さらには再び見上げた青い空が、なんだかさっきよりも濃くなった気がして。
(あー、チョロいか? 俺……)
彼女にぶつけられた感情の余韻が、まだ胸の中にあるような気もしてて。
(チョロいねぇ……まったく)
なんともふわっとした心地が、俺を満たしていた。
そんな最中に。
カチャ。
「ん?」
再びドアから鳴り響く、けれど帆乃花のそれよりだいぶん大人しく控えめな音。
「………」
「あー」
そこからゆっくりと顔を出した人物を見て、思わず肩の力が抜ける。
「ういっす、パイセン」
「むぅ……」
心配そうにこちらを窺う、小さくて頼れる先輩に声をかける。
大方、事の顛末を気にして様子を見に来てくれたんだろうとあたりをつけて。
「話があるんだろ? 付き合うぜ」
俺は中々ドアをくぐろうとしないパイセンに、手招きをした。
同時刻。眠りから覚めた佐々君は、冷静に自分の言動を思い返し、二度寝を選択しました。
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