第174話 告白の返事
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楽しんでもらえてるんだなと実感が沸きます。
誤字報告も助かっています。本当にありがとうございます。
これもまた、青春の1ページ。
7月の夕刻。
夏空はまだ青色を強くして、日はなお高く尞の屋上から見える景色も明るい。
落下防止の網越しに見下ろせば、ピンクの靄が基地内をまだ、名残を惜しむようにちょこちょこと漂っていた。
「えっと……“紫の思慕”だっけ? 世界にはとんでもない物がまだまだあるんだね」
「そうだな」
俺の隣に立つ清白さんも同じモノを見ていたようで、感慨深げに零れた彼女の言葉を拾えば、顔を見合わせ緩く微笑みあう。
「清白さんがいた寮にも集まって来てたんだろ? 大丈夫だったか?」
「大丈夫……だったと言えば大丈夫、だったのかな?」
めばえちゃんのいる保健衛生管理室と同じように、清白さんがいたこの寮にも靄は集まっていた。
今は綺麗になっていることから察するに、パイセンは正しく浄化を成功させたらしい。
「私ね、自分の部屋に居たんだけど、そんなことになってたなんて、全然気づかなかったの」
「そうなのか?」
「うん。でも、巡ちゃんが言うには、とんでもない濃度で靄は集まってたんだって」
「……大丈夫、だったのかそれは?」
パイセンが言うんだから相当だったに違いない。
だがしかし、隣にいる清白さんに妙な雰囲気が憑いてる気配はない。
ただ真っ直ぐに眼下の基地を見つめる、カッコかわいいヒーローの姿があるだけだ。
(……こういうのも、垢抜けたっていうのかねぇ?)
出会った頃に比べて、清白さんは大きく変わった。
ビジュアル面のランクアップはもちろん、性格面においても。
(なんていうか、自分スタイルってのが固まった感じだよな)
半端だった中二スタイルは極まって、少年少女憧れのヒーローガールスタイルに。
ひたむきに努力を続けた先で、遂には亜神級すら凌駕する、みんなを守れる本当の強さを手に入れた。
今の彼女はどこに出しても恥ずかしくない、人類救済の新ヒーローだ。
「私ね、騒動が起こってるあいだも、ずっと考えてたの」
そんな、魅力に溢れた清白さんの視線が……誰でもなく俺へと向けられる。
「くろ……終夜君に、どんな顔して会えばいいのかなって」
深海の氷のように濃い青の瞳は微かに揺れていて。
「だって……」
それでも。
俺を捉えて逃がさぬよう、真っ直ぐ向き合う強さを湛えて。
「……これから私、フラれるんだよね?」
清白さんは、寂しげに笑った。
※ ※ ※
これからフラれるのだと、清白さんは言った。
その通りだった。
(俺はこれから、清白さんをフる)
恋していると告白してくれた彼女の想いを、これから俺は袖にするのだ。
(俺も、自分の中でずっと燻ぶってた気持ちに気づけたから……)
ほぼほぼ冗談くらいにしか残ってないと思ってた望みが、本物だったってわかったから。
(……俺は、めばえちゃんが好きなんだって、わかったから)
大好きな推しで、恋してる相手。
その人のことを考えるだけで、胸の奥が熱くなる。
その人のためだって思ったら、なんだってできそうな気がしてくる。
そんな想いを抱えてしまったら、他の何かに目移りなんて出来やしないのだ。
だから。
「清白さん」
「うん」
「俺の返事を、聞いてくれるか?」
「……うん」
俺はこれから、清白さんの想いを拒絶する。
「……清白さん。今、俺の胸の中を、身を焦がすような感情が渦巻いてるんだ」
「うん」
「その人のことを考えるといっぱいいっぱいになって、まともな思考が回らない」
「うん」
「でもその辛さが、苦しさが、どうしてだか幸せに思えるんだ」
「うん……私も知ってるよ、その気持ち」
清白さんは、俺の話に真剣に耳を傾けてくれていた。
「世界がその人のことを中心に回っていて、思えば思うほど振り回されるんだ」
「うん、うん……」
「その人に笑って欲しい、その人に喜んで欲しい、怒ってたら、泣いてたら、その人の隣に立って寄り添いたい」
「うん……」
「こんな想いを強く強く抱いてるのが、恋なんだって思う」
「うん。私もそう思う」
俺の言葉に頷く清白さんの手が、ぎゅっと握られた。
そよ風が、彼女の青みかかった綺麗な白髪を揺らしていた。
「………」
言葉を止めて、胸に手を当て大きく一度、深呼吸する。
次に言うべき言葉に間違いがないように、込める想いを違えないように。
そしてゆっくりと息を吸ってから。
「俺、やっぱりめばえちゃんのことが好きだ。だから、清白さんの想いには応えられない。ごめんなさい」
そこからは一息で言い切って、頭を下げた。
清白さんから、息を呑む音が聞こえた。
俺は、清白さんをフッた。
「………」
寮の屋上に沈黙が降りる。
少し強めの風が吹いて、誰かが干したシーツがバサバサと音を鳴らした。
「……あー、そっかぁ」
沈黙を破ったのは、清白さん。
「うん、うん。だよね、だよね。そうだよね、そうだよね」
しきりに頷き、同じ言葉を繰り返す。
「うん、わかってた! わかってたよ! うん、うん!」
頭を下げている俺には、彼女の表情はわからない。
「うーん、そうだよね。うん、そうだよね。終夜君ずっとそう言ってたもんね」
彼女の言葉は、俺に向けられているワケじゃない。
どこまでも、彼女自身に向けて放たれたモノだ。
「知ってたし、わかってたよ? こうなるって、うん、わかってた」
きっといつものように身振り手振りで大きくリアクションしているんだろう、見えてなくても騒がしい反応をしているのが、なんとなく伝わってくる。
それはとても彼女らしくて、けれど、いつもと確かに何かが違っていて。
「………わかってたつもり、だったんだけどなぁ」
そんな小さな呟きが聞こえたところで、思わず顔を上げてしまった俺が見たのは――。
「――あちゃー! やっぱりダメだった!! う~ん、残念っ!」
「!?」
ぺっかー!
なんて、いかにもな効果音でも聞こえてきそうなくらいの、清白さんの満面の笑顔だった。
「あ、えーっと?」
「あははっ! ごめんね終夜君! 私ね、もう覚悟自体は決めてたんだ~」
戸惑う俺をよそに、清白さんはむしろ、サッパリした様子で笑っていて。
「見てたらね、わかるよ。終夜君は根っこのところで、めばえちゃんが大好きなんだろうなぁって。だから私の気持ちは、きっと受け取ってもらえないだろうなって、告白したその直後からもう、こうなることはわかってたの!」
「それは……まぁ」
告白されたあの瞬間。
戸惑いながらも俺は確かに、断ろうとはしていたから。
「だからね、むしろ今、私……嬉しいんだ」
「嬉しい?」
「うんうん、嬉しい嬉しい。だって、終夜君が一生懸命考えてくれたって、よーく伝わってきたから! 私にちゃんとお返事しようって、いっぱい想ってくれたんだって、すごくすごーくわかったから!」
そう言って、俺に向けてくる彼女の笑顔は、本当にキラキラと輝いていて。
「だからね、終夜君!」
濃い青の瞳は、変わらずゆらゆらと揺らいでいて。
「答えてくれて、ありがとう! 考えてくれて、ありがとう!」
彼女の心からの感謝の気持ちには、確かに嘘はなくて。
けれど、どうしてだか俺は。
「……っ」
胸が、ギュッと苦しくなった。
※ ※ ※
清白さんの告白を断った。
彼女の想いに、応えなかった。
それを選んだのは俺で、俺には俺の想う心があったからそうした。
それでも……。
「……清白さ」
この時の俺は、いったい何を考えていたのか。
ワケも分からないまま口を開こうとした、その直後。
「って、ことで!!」
パンッ!!
「!?」
突然のことに言葉を失う。
響いた音の正体は、清白さんが柏手を打った音。
「あははっ、ごめんね?」
動きを止めた俺を見る彼女の口元が、これまでとはまた違った笑みを浮かべる。
そう、それを言葉に表すのなら……不敵な笑顔。
「終夜君!」
「はい!」
不意に強い口調で呼びかけられ、反射的に直立し返事をする。
驚きにカッ開いた目で見た先の清白さんは、こちらにビシッと人差し指を突き出して。
「《《今回は》》、《《引き下がるね》》!」
高らかに、そう宣言した。
「…………はい?」
風が止む。
「…………………………はい?」
何か……風向きが変わった気がした。
余談ですが、この話時点で鹿苑寺君と竜胆さんの婚約が確定しました。
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