第170話 ロマンスな雰囲気
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本章はKENZENです。レーティングチェックしたので!(純粋な眼)
一面ピンク色の視界。
喉を焼くほどじゃないが妙に粘っこく貼りついてくるような煙ったさ。
「げほっ! ごほっ! えぇっほ! えほっ! えほっ!! カーッ!」
何度も何度も咳をして、不快感を減らせないかと足掻く。
「はぁー、はぁー、はぁー……」
そんな努力の成果か、ただの時間経過か。
次第に喉の嫌な感じは溶け消えて、まともな呼吸を取り戻す。
視界もだんだんと晴れてきたが、ピンクのそれは未だ靄のようにそこかしこに留まり世界を染めていた。
「はぁー、はぁー……だ、大丈夫か? オリー!」
咳を繰り返した影響か妙な火照りを感じながらも、何とか声を絞り出す。
「えほっ、えほっ……の、No problem.シュウヤ~」
「そっちか」
これまた何とか出しましたって声で返事を貰えば、声のした方へと目を向けて――。
「――うぇっっ!?!?」
俺は慌てて、顔を背けた。
「Oops.錬金、失敗しちゃったよ~……ん? どうしたの、終夜?」
「いや、あー、その……」
これは、どう伝えるべきなのか。
「うん?」
キョトンとした声を上げるオリーに対して、俺はその顔を覗き見ることができずにいる。
エマージェンシー。
理性という名の警報が、ガンガンに頭の中で鳴り響く。
「どうしたの、終夜?」
「……オリー」
繰り返し問いかけられて、観念して俺は口を……開こうとした、その時。
「へぁぁぁ!?!?」
「!?」
響いたのは、オリーの叫び声。
思わず顔を彼女に向ければ、そこには……。
「え? あれ? なん? あれ?」
着乱れた白い制服と床にへたり込んだ姿勢はそのままに。
紅潮させた頬に両手を当てて、困惑しながらもこちらに瞳を、緑が強めの碧眼を真っ直ぐに向ける英国美少女。
「しゅ、しゅうやぁ……」
感情を持て余しているのがわかる、不安げな視線で。
いつもより3割増しで艶のある、桃色吐息に甘い声を零すハピハピハッピーギャル。
「はぁ、はぁ、なんだか、なんだかしゅうやがすっごく……」
「っ!」
普段の姿とは明らかに違う……ありていに、そう、ありていに言えば。
「すっごく……すっごく“えっっっっ!!”に、見えるよぉ~~~?!?!」
「それこっちのセリフなー!?」
やたらめったら“せくしー”なアトモスフィアを醸し出すオリーが、そこに居た。
脳内に、なぜだかとってもムーディーな、トランペットのBGMが流れ始めた。
※ ※ ※
「……あー、なるほどな」
「うぅ」
ピンクカラーな食堂兼調理場。
お互いに顔を見ないよう、壁に背中を預け、丸椅子に腰かけ前を見て会話する。
「つまり、だ。この状況……オリーがアレを作ろうとしたのが原因だと」
「うぅ~~……だって、魔女が錬金するって言ったら、こういうのだって思ったから……」
「まー、気持ちはわからんでもない」
オリーが錬金に失敗した物。
「んでも最初にチャレンジするのが“惚れ薬”ってどうなんだ、オリー?」
「Oh sorry...でもでも! 好奇心には勝てなかったんだよ~~!!」
そのアイテムの名は“真・モテ薬”。
原作ゲーム版にも登場する、由緒正しきトンチキチートアイテムである。
(ここで、超常技能“錬金”についての零れ話を一つ)
六色世界の一つ“紫の一族”が彩る世界は、いわゆる魔法なファンタジー世界だ。
そこでは様々な魔法にまつわる技術が育まれており、HVV世界における錬金術もその系譜に連なるものとなっている。錬金技能が超常系技能枠なのはそのためだ。
(そして今回、オリーが失敗した“真・モテ薬”には、そんな世界の技術の一端が使われている)
具体的には紫の名を冠するエッセンスが、そうとは知らずに扱われているのだ。
“紫の思慕”。
紫の世界に存在する異界成分で、これを用いて精製したモテ薬は名実ともに惚れ薬と呼んでいい代物となるのだ。
錬金技能レベル4になると、これの抽出……というか召喚? の技術が扱えるらしく、技能レベル2で作れるちょっと好感度上がりやすくなる“モテ薬”とは一線を画す効果を発揮する。
原作ゲーム版だと世界に1つしか存在しない“任意の技能1つのレベルを1上げるレアアイテム”を使って無理矢理技能レベルを4にして、それを作ることができるのだが……。
「……それ、使った相手を強制的に運命の人だと思わせるレベルで効果出すんだぜ?」
「ヒェッ」
“真・モテ薬”は服用後最初に声をかけた相手の愛情値を強制的にMAXにするチートアイテム。
相手にどれだけ運命の敵だと思われていようが、一発でメロメロにできてしまうのだ。
ゲームだったからまだ面白がれるが、いざ現実でとなれば笑えない激ヤバアイテムである。
「そ、そんなにヤバかったの?」
「ヤバいなんてもんじゃねぇなぁ。世に出してはいけない類の物だ」
こういうのをポンポン作れてしまうのが、製造系技能レベル4の怖いところである。
人の域を超えた天才の領域は、異界技術にまで手が届く。
錬金技能が原作ゲーム版、三大“レベル4に上げちゃいけない技能”に数えられるのも止む無しだ。
ちなみに他に上げちゃいけない技能は“情報”と“天才”である。わかるね?
「ともかく、今そこらでふわついてるピンクの靄は“紫の思慕”が混じったモノだと思ってよさそうだ。それを吸うか、触れた奴に訪れる変化は……」
チラと、オリーを見る。
「……ウッ!」
それだけで、心の中がざわめいて、脳内にムーディーなBGMが流れ始める。
心が、音楽が俺に訴えかけてくる。
(あぁ、ロマンスが……ロマンスがしたい!! ……ガッ、ぐおおおお!!!)
頭の中を支配しようとする情念を、無理矢理振り払う。
隙を見せたら一瞬で、脳内ピンクに染め抜かれそうな勢いだ。
「ガッ! グガガガッ! ガァァァ!!」
「終夜っ!」
俺の挙動不審な動きを心配してか、思わずといった様子で肩を掴んでくるオリー。
自然と体が動き、お互いの目がカッチリと、見つめ合う形で絡み合う。
「「あっ」」
次の瞬間。
「「!?」」
ぽわわわっ。
美しい花が咲き乱れたかのような、甘い気配に包まれて。
「ふんぬらばっ!!」
「きゃあっ! ……ハッ!?」
パァンッ! と、猫だまし。
慌てて顔を背け、BGMをカットする。
「失敗して霧散したのを摂取しただけでこの威力……ほ、ホントにヤバいんだね……っ」
「そういうことだ」
赤べこみたいに高速首振りするオリーを横目に、俺は深く息を吐く。
そして、こんな時にもかかわらず、ちょっとだけ……そうほんのちょっとだけ、感慨深さを感じていた。
(実在したんだな……雰囲気)
※ ※ ※
FES……ゲーム版HVVに存在した、感情値管理システム。
ゲームの都合で用意されただけの仕組みの、その残滓。
雰囲気システムはココに在った。
(範囲内の人間関係を反映し、普通や真面目、明るいや悲しいを演出し、世界を彩った名システム……まさかこんな形で、この世界に存在していたなんて……!)
大きな戦いを幾度も乗り越えてなお、こうした発見があるのが嬉しい。
(とはいえ、今はこの雰囲気を何とかするのが先か)
感動に浸るのはほどほどにして、意識を問題解決へとシフトさせる。
今の状況は、放っておいていい奴じゃ決してないのだ。
(それは……“ロマンスな雰囲気”と呼ばれている)
発生すると、その雰囲気に呑まれたモノは、一定以上の愛情値を持つ相手とロマンスがしたくなってしまう。
それを世界も望んでいるのか、自然とロマンスしやすくなる状況も巻き起こる。
(ついさっき、オリーと変に目が合ったのが、多分それだ)
ロマンスの強制。
“真・モテ薬”と同じく、ゲームだから笑えるが、現実じゃヤバさのが際立つ状況である。
(おそらく条件としては原作ゲーム版と同じで、一定以上の仲良しさんが近くにいると発動する。明確に互いを目で見ることも条件に数えられるかもしれない)
部屋を見回せば、ドアと窓は吹き飛び、建物の外にもピンクの靄が広がっている。
この様子だと、被害は思った以上にデカいかもしれない。
今日は一斉休暇日明けの隊員全員出勤日。
どこでどんな被害が巻き起こっているのか、想像もつかない。
「各隊員の位置はテレパスセンスで確認できる。後は……オリー、ちょっと錬金で作って貰いたい物がある」
「なぁに?」
俺は必要な素材を“精霊纏い”で取り出して、オリーに託す。
今回のような事件を解決するのに適したアイテムを、今ここで彼女に作ってもらう。
「俺は隊員たちの様子を見ながら、司令室の放送機器を使って基地内のみんなに状況を説明しに行く、そのあと戻ってくるから、それまでに用意してくれ」
「それは……」
「オリー?」
言葉を濁すオリーが気になって、彼女をまた見てしまった。
「……私に、できるかな?」
「ウッ」
ぐおおおおお!?!?
オリーが、いじらしい態度のオリーが可愛いっっ!! ……ハッ!?
(……堪えろ、黒木終夜! この状況を正しく理解して、正しく対応できるのは俺だけだ!)
歯を食いしばり、気合を入れる。
こんな異界の魔法成分なんかで、自分の心を惑わされてなるものか!
そもそも、今の俺がこういう気持ちを抱くべき人は、たった一人だけのはずだろう!?
「……できる。オリーは未来の偉大なる魔女なんだろ?」
「終夜……うん、わかったよ!」
照れ笑い。
いつもの3割増しに愛らしく映るオリーの笑顔から目をそらし、俺は端末を起動する。
ヴンッ。
(テレパスセンス……とりあえずめばえちゃんは保健室に一人、っと。安全確認ヨシ!)
すでに動き出している奴がいるのも確認して、俺も椅子から立ち上がる。
「オリー! 一度や二度の失敗なんて気にしなくていい! むしろ今のうちに失敗しまくって、本当に大事な時に絶対成功できるよう、経験値、貯めておこうぜ!」
「……うん!」
パァンッ!
顔を見ないまま突き出した手に、オリーの手が勢いよく叩き込まれて。
「Let’s go! 終夜!」
「おうっ!」
気合一発。
貰った勢いそのままに、俺は問題終結のため動き出した。
作中あまり語られませんが、六色世界は六色世界でいろいろなトンチキネタが豊富です。
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