第104話 閑話、有能中間管理職の華麗なる会議回し
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締めはパイセンと言ったな、アレは嘘だ(ドンッ)
世界を救う化物たちの世話を焼いてるニンゲンさんのお話です。
3月11日、時刻19:10。
日ノ本、九洲天久佐。
天2基地内、第1会議室にて。
「……えー、諸君。まずは僕の緊急招集に応じてくれて感謝する」
長机を三つくっつけ幅広にしたテーブルを囲みながら、僕は集まったメンバーの顔を一人一人確かめていく。
「なに、問題はない。このボクにとっても、捨て置けない話だからな」
「えぇ、えぇ。なにしろ彼についてですもの。情報は得られるに越したことはありませんわ」
「贄はここにいる必要をあまり感じないのですが、現人神様が来いと仰られましたので……」
「いや、命。あなたはここにいないとダメよ。ほんと、今日は絶対」
「にゃふふっ。そりゃー贄ちゃんはパイセンと一緒で当事者側だもんねぇ?」
「うぐっ」
「?」
和気あいあいとした雰囲気を前にして、僕はむしろ、憂鬱だった。
(佐々、天常、建岩。今や日ノ本の中核を握る隈本御三家の中心人物が勢ぞろい。その隣には目に見える形で神の奇跡を体現する、現人神の少女。そこで場違いにも気軽に振る舞う娘に至っては、情報インフラの支配者、時代が生んだ不世出の天才ハッカーと来たもんだ)
およそこの日ノ本という国において、これ以上ないくらいに“強い”若者たちが集まったそこは、一言でいえば伏魔殿。
「……本日夕刻、隊内において急を要する案件が発生し、その相談をするべくキミたちには集まってもらった」
そんな彼らを集めて始める会議もこれで何度目か。
大体は彼らの自由をごり押しされるばかりの、会議という名のおねだり会だが、今日は違う。
ある意味で、世界の命運すらかかっているかもしれない事件が、起こってしまった。
だから司令官である僕が、やりたくもない仕事でも、絶対に、早急に、全力で挑まなければならない事態になってしまったのだ。
それは――。
「――こほん。我が天2のファーストハーベストハーベスターにしてキルスコア1000越えのエースオブエース、亜神級退治の英雄にして人類の希望の体現者……黒木終夜百剣長について」
そう。
天2の、ひいては日ノ本すべての民の希望の星たる少年の。
「彼が保健衛生管理室にて騒動を起こした件。並びに、彼が常日頃から口にしていためばえが、人類の希望の芽生え……で・は・な・く! 一個人……黒川めばえ保健衛生管理官について語っていたものだと判明した件について」
否。
天2の、最大最凶の爆弾が、特大超大絶大のやらかしをしてくれた件について。
「……キミたちの意見を、聞かせてもらいたい。意見を出し合って、ぶつけて、天2としての方針を打ち出そう」
「「………」」
終夜と同じく、手綱の握りようがない化物たちの。
世界を動かしうる傑物たちのその向きを……ほんのわずかでも掌握し、整えるために。
「正直……アレ。どう思った?」
僕は、冷や汗だらだらに、ここを死地と定めて問いかけた。
※ ※ ※
「……司令官」
黒木終夜の友人格である、佐々千代麿が手を挙げる。
「最初の意見は、このボクから出そう!」
そして、運命の会議は始まった。
「いきなり結論から言うが、黒木の好きにさせてやったらいいと思う」
初手。
黒木君への支援射撃から、佐々君は語りだした。
「あいつの功績は計り知れない。出会ってこれまで、あいつに私欲からくる行動は多々あったが、それ以上にボクたちの得た利の方が遥かに大きい。想い人の一人や二人、自由に追いかけさせてやるべきだ」
「確かに一理はあるけれど……」
それをはいそうですねと頷くワケにもいかない。
「それだと、黒川めばえさんを世界のために生贄にする、みたいな話にならない?」
「そこは問題ないだろう」
テーブルの上で両手の指を絡める佐々君。
「黒木が自らの愛する人にそのような無体をするはずがない。一見距離感を間違っているように見えたとしても、きっとそこには深い考えや未来を見据えた計画性が潜んでいるに違いない。無論、あまりに目に余るようならこのボクが止めてみせよう。そう、彼の唯一無二たる親友の……この、ボクがね!」
「……なるほど」
絶対止めるどころか説き伏せられて背中押すよねキミぃ!?
目にYU-JOの文字が浮かんでる気がするし、これはもう手遅れだぁね。
「私は反対ですわ」
続いて、天常さんから否やが出た。
「彼が特別成果を上げたという点は認めます。ですが、それを理由に自由を許しては、無法になってしまいますわ! なにより健全なお付き合いには、ふさわしい時間と環境が必要だと思いますの!」
普段ぶっとんだ献策をしてくる彼女らしからぬ、真っ当な意見。
これはイケるか……?
「ですので。黒木さんと黒川さんを、数日のあいだ基地内の個室に閉じ込め仲を深めていただく計画をここに立案いたしますわ! 名づけて! 青春の1ページ、なかよしするまで出られないルー……!」
「司令官権限で却下します」
ダメだった。
「どうしてですの!? そもそも話に聞く限り、あの程度の告白劇など所詮は猫のじゃれあいみたいなものではなくて!? 隊員たちの交流に、いちいち目くじら立てることでもないでしょう?」
「キミの言う猫は猫でも豹とか虎とかを飼ってる金持ちのスケールだからねそれ。一般人の黒川さんじゃそんな特殊環境絶対耐えられないよ」
思わず突っ込むと、「なんですって!?」な顔をして、天常さんはしょんぼり着席する。
彼女の場合、そもそも立っている視座が強者の側だった。
あの黒木君を一般人の枠に入れないで欲しい。
「はいはーい! 次はわたしー!」
入れ替わりに手を挙げたのは、手果伸さん。
気まぐれ、愉快犯、セクハラハッカーの名を欲しいままにする彼女の口から出てきたのは。
「終夜ちゃんが昔から大好きだった女の子と会えましたって全世界に配信したらいいと」
「ぜぇぇぇっっっっったいにやめてねぇーーーーーーーーー!?」
はい論外。
あえて「昔から」と付けているあたり確信犯だ。
「大丈夫! お相手は一般女性M・Kさんにするから!」
「その辺りのカバーストーリーについてはこの後に相談しようねぇ! 適当に作られると軍部も政治部も泣いちゃうから!!」
小隊員名簿は情報技能1くらいあったら確認できちゃうから!
イニシャルもアウト!!
っていうかそこ! PC開けない!
議事録はこっちで取ってるからお手手はテーブルの上!
「はぁー、はぁー……まったく」
このままじゃ僕の望む結論にいつまでたっても辿り着かない。
そろそろ介入しよう。
「……九條さんは、どう思う?」
「………」
おそらくこの場で最も常識的な判断ができるだろう人物に。
一縷の望みをかけて問う。
「……そう、ね」
軍属8年のベテラン様のご意見は。
「……もう、どうしたらいいのかしらね」
「どうしてぇっ!?」
遠くを見つめて、アンニュイなため息を吐く、でした!!!
もうダメだ! ポンコツモードじゃ役に立たない!!
っていうか無駄に色っぽいのやめてくれない!?
「だったら姫様、姫様!」
最も人類を救わんとしている建岩の姫様なら!
「そうですね……少々、煩雑な意見が多いと思います」
「はい!」
静かに立ち上がり、胸に手を当て神秘的な空気を醸し出す姫様は……。
「……ですので。今までの意見を総括し、終夜様の行動を贄たちは全面的に支持し、そのありとあらゆる行動を私たちで見守り、見届け、最大限の支援を行ないかつそれをあまねく世界に正しく知らしめる。といたしましょう。――具体的には、日ノ本の法を改正します」
「さ・い・あ・くっっ!!!」
最・悪・すぎるっ!!
(そんなことされた日にゃ、日ノ本は大混乱だよ!!! 人の心ってものがない!)
詰む!
日ノ本詰んじゃう!
希望の灯が潰えちゃう!!
人類のためにその身すべてを捧げる建岩の姫が、どーしてこうなった!?!?
「なるほど、その手があったか!」
「さすがは建岩、やはり侮れませんわ……!」
「面白そう!」
「………」
「では、決まりですね」
(待て待て待て待て待ってよねぇねぇ!?)
一歩間違えば、このゴシップは日ノ本全体の士気に関わるんだ。
せっかく今日の今日まで人類優勢、まさに希望の灯がともったかのような勢いなのに。
(こんな俗な理由で希望の芽生えというスローガンを失ったら、それこそ希望が揺らぎかねない事態になるかもなんだよ?)
弱者の……戦うことすらできない、縋ることしかできない、けれど日ノ本の未来において屋台骨を支える大切な人たちの心を、キミたちが守っているんだよ?
そのあたりの自覚をもっと――こう、なんとかならないの!?。
ないよね! 天才だもんね!!
あの輝きにこんがり焼かれちゃってるんだもんね!?
「は、はは、ははは……」
これは、ダメだ。
詰んだ。
(こんな、こんなくだらないことで……)
人類が、日ノ本が……終わる?
「………」
ぶちっ。
「――こほん」
「?」
「えー、盛り上がってるところ悪いが。ちょっと、黙ろうか、超天才ども」
「「……はい?」」
もういい。
やってやる! やってやるぞぉ!!
六牧百乃介、21歳!
命、張らせてもらいます!!
※ ※ ※
「いきなりどうした、司令?」
「雰囲気がいつもと違いましてよ?」
「百乃介、せっかくの話の腰を折っては」
「シャラップ! 御三家! お前ら生まれついての強者にこっちの気持ちがわかるか!」
「「!?!?!?」」
上司とか国の未来の重鎮とか知るか!
「僕はねぇ、人類の希望の芽生えって言葉を、日ノ本の人たちから今更奪いたくないんだよ」
賽はもうとっくに投げられている。
後は野となれ山となれ、だ!
「たとえそれが勘違いだったとしても、真実とは違っていたとしても。その言葉が、この一年でどれだけ多くの人々の心に光をともしたか。どれだけ多くの人々の救いになったか。そこをもっと考えて欲しい。それを今更違いました、英雄君は推しについて語ってましたーなんて、そんなのが公表されてたまるかぁって話なワケ」
淡々と、けれどお腹にグッと力を入れて言葉を紡ぐ。
「だ、だが黒木は」
「黒木君の功績も計り知れない。真実のままに自由にさせたい。それもわかる」
好きな人がいて、その人のために頑張ってきた。
そんなの僕だって応援したいさ! 好きにさせてやりたいさ!
「……でもね、だからと言って彼のやること全肯定されちゃ組織も社会も回らないんだ。建前は大事だってみんなも知ってるだろう?」
「それは……まぁ……」
「だからアレは、意地でも誰かが手綱を握ってやらなきゃいけないんだよ。じゃあ、それをするのは誰? はい天常さん、答えて!」
「えっ?」
「キ・ミ・た・ち・だ・よ。天才諸君」
「……!」
「キミたちしか、できないんだ。彼と対等に並び立てるキミたちが、全力で。彼のブレーキするしかないんだ」
喉が渇く。水を飲む。
喉の奥が燃え上がるように熱かった。
「正直に言うよ。僕は黒木終夜が怖い、恐ろしい。今回の件についても何もかもがわからない。だってそうだろ? 彼と黒川さんには……接点が全くなかったんだから。だってのになんだあの執着。異常だろ。明らかにおかしいだろ。ひとめぼれなんてチャチなもんじゃないだろ。いっそ黒川めばえが世界的に超重要人物であってくれた方がまだ理解できるよ。調べた限りじゃただの一般人って、逆に胡散臭いだろ!」
もっと言えば黒川めばえも僕は怖い。
でも、でもだ。
「僕にはどうすることもできない。人類の希望になることも、人類の希望の恋路を邪魔することも、人類の希望のためだけに人類を絶望させるのも、全部やりたくないしやれないよ。手に余るんだよ本当に」
僕はキミたちほど狂えない。
僕はキミたちほど強くない。
僕はキミたちほど割り切れない。
「もしもこの世界にまだ隠された真実があるってんなら、そんなもんに興味はないんだ。ただ、ただ僕は、僕を含めた今を生きる人たちの明日が保証されて欲しい。それだけなんだから」
ただの人に、この世界を背負うなんてできるわけがない。
だからこそ、この世界には彼が、そしてここにいるみんなが必要なんだ。
「黒木君がやり過ぎないよう、同時に引け目を感じないくらいに自由であれるよう、キミたちが制御する。日ノ本の民のため“人類の希望の芽生え”って言葉は残す、守る。以上が僕の思い、僕の出した結論だ。異論があるならかかってこい。人生の先達として相手してやる」
ここにいるだけで精一杯の僕の、全部は出した。
あとはただ静かに、この世界に今必要とされている、特別たちの沙汰を待つだけ。
吹けば飛ぶような弱者の意見が、どれだけ彼らに噛みつけたか。
(ははっ、明日の朝日を拝めるか……正直自信はないなぁ)
でも、しょうがないじゃないか。
違う価値観って、触れてみないと知ることはできないんだから。
「「………」」
降りる静寂は、どれくらいだったか。
無限にも感じられるくらい、生きた心地のしなかったその先に。
「私は、司令官の意見を支持するわ。国民のメンタルケアとして、必然の処置だと思う」
最初に飛び出したのは、九條さんからの賛同で。
「ボクも支持する。真実が必ずしも国民のためになるとは言えない。確かにそうだった」
「ちょっと、今の環境に慣れ過ぎていましたわ。世界をあまねく照らす天常の者として、猛省いたします。指示に従いますわ。資金が必要でしたら回しましてよ」
「OK~。それじゃあカバーストーリーは一目惚れ路線で恋愛かどうかは曖昧に、バレた時のめばえ被りは偶然ってなるように霊子ネットに誘導仕込んでおくねー♪」
異論反撃どころか無血開城。
こちらの出した意見をそのまま丸っと呑み込むように、天才たちが動き出す。
「え、と……?」
「司令官の出す意見として、至極真っ当だと贄は思いましたよ。百乃介」
「姫様……」
戸惑う僕に頷いてみせ、姫様が言う。
「おそらくですが、今、誰よりも人の命を背負っているのは、あなたです」
「!?」
微笑んだ。
その美しさと、妖しさにゾッとした。
「さすがは私たちを、天2を率いる“魔術師の杖勲章”ね」
「そうだな。改めて身が引き締まる思いだった」
「感謝いたしますわ、司令。私たちの手綱は、これからもぜひ、貴方に操って頂きませんと」
「その心で末永く、贄たちの屋台骨を支え続けてください」
そして、続けざまに投げつけられる厚い信頼の視線に。
「……それはマジで勘弁してください」
小さく小さく呟いて、天井を仰ぎ見る。
(僕には荷が重すぎて……そんな長くはもちませんって)
どっと疲れて霞む目に、黒木くんの姿がぼんやりと浮かぶ。
誰よりも人類を助けたくせに、誰よりも人類に興味がなさそうな化物の中の化物。
「……頼むから、ちゃんと世界を救ってちょうだいよ? じゃないと、ほんっっと、こんなところの司令官なんて割に合わないんだから」
命を削る会議を終えて、僕はただただ、事の発端たるはた迷惑な英雄様に悪態をつくのだった。
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翌日。
天才たちの手によって完璧に精査されたカバーストーリーが日ノ本へ流布されて。
『人類の希望に推しの子が出来た』
そんな、たった一言でまとまる噂が、新たに加えられた。
『その子の名前はめばえというらしい』
そんな裏情報も出たらしかったが。
それが人類の希望の過去発言と、結びつけられることはなかった。
天2で一番“日ノ本国民の味方”してくれてる人、六牧百乃介司令をよろしくお願いします。
応援、高評価してもらえると更新にますます力が入ります!
ぜひぜひよろしくお願いします!!