第102話 Who am I?
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黒木終夜オリジン。
「は?」
今日一低い声でパイセンが喋る。
「恋じゃない? 恋じゃないの? あれで?!」
目は据わり、完全に疑いモードだ。
「……詳しく、言葉にしてもらえるかしら?」
椅子に座り直し、足を組んで腕を組むパイセン。
周りに浮かぶ羽衣も、どこかグニャッとした感じで俺の言葉に半信半疑アピールしていた。
「あぁ。ちょっと……いやしばらく、考えてから話すけどいいか?」
対して俺も、自分の口から出た言葉を意外に思ってちょっと落ち着かない。
いや、欲としては持ってる。持ってるはずなんだよ恋愛的な好意。
それでも……。
(俺自身の口から出た否定の言葉を、間違っているとも思わないんだよな……)
恋であることを否定した俺の心は、それを口から出まかせだとも照れ隠しだとも思っていなかった。
「大丈夫よ。アナタのお母さまからお時間は頂いているから」
「そっか。それじゃあ……」
メンケアのプロであるパイセンが話を聞いてくれるという今。
せっかくだから、俺は俺の気持ちについてじっくりと考えてみることにした。
(より詳しく……深く…………)
マイフェイバリットラブエターナル、黒川めばえ。
ついに目の当たりにした彼女について、俺がどう思っているのか。
俺自身の中にある、形を求めて。
※ ※ ※
前世の俺が黒川めばえというキャラクターと出会ったのは、元の世界の西暦2000年。
当時の友達に勧められるまま購入したゲーム、シミュレーションRPG『ハーベストハーベスター』……いわゆる原作HVVをプレイしたのがきっかけだった。
魅力的な登場人物たちと紡ぐ戦いと青春の日々。
独自の思考AIをもって自由に生きているように感じられる彼らとの日常は、俺に未来とワクワクを感じさせてくれた。
そんなプレイ体験の中に彼女……黒川めばえは存在していた。
『今日は天気がいい……わね……空を……呪う、わ』
『お断り……よ』
『こんなこと……無意味……希望なんて……ない』
なんなんだぁ、この子はぁ?
……なんて、最初は驚きまくったのを覚えている。
空を想えば空を恨み、人を想えば人を妬み、己に幸福が舞い降りてすら、それを厭う。
言うことやること暗いわ重いわ。
話をするたび、なにかしらネガティブな反応が返ってくる。
当時“仲間とはみんな仲良くするもんだ”なんて思ってた俺にとって、彼女という存在はあまりにも奇異に映った。
そもそもハベベというゲーム自体が、俺のこの考えを否定するように人間関係が複雑化するものだったのだけれど、それでも彼女とのやり取りは、特に俺の心を強く打った。
そう……俺は彼女に、興味を持ったんだ。
『何の用? ……なにもないなら、どこか……行ってくれる?』
『それは……上官命令、ですか? ……どうして……別の人に任せれば、いいのに……』
『雨は、好き。わずらわしい他人の声が……聞こえにくくなる、から……(ちらっ)はぁ……』
ゲームプレイ中、毎日毎日彼女のもとへと通った。
俺の操作する真白一人君は、間違いなく彼女の追っかけになっていた。
すると。
『……何の用? ……用があるなら、教えて』
『はい……十剣長。任務でしたら……請け負い、ます……』
『雨……。どこかでゆっくり……いえ、なんでも……』
すると。
『あ……、何か、頼み事? わ、私で……よければ……がんば、る。から……』
『は、はい。千剣長。任務でなくとも……あ、いえ、その、私……なんでも、ありません』
『雨音が好き。すべてを打ち消してくれるから。でも、今は……(ちらっ)……んんっ』
変化していく主人公と彼女の関係性に。
『……!? 私で、いいの……? 私、私は……私なんか……わた、わ…………』
『………』
『よ、よろしくおねがい、します……』
その上で辿り着いた、告白イベント。
そこで目の当たりにした彼女のはにかんだ、不慣れでぎこちない笑みに。
『――ゲームクリア! 君は無事期間中生存した――クリアランク:B!』
プレイ期間限界いっぱいまで彼女との日々を堪能し終える頃には、もう。
「……黒川、めばえ。黒川……めばえちゃん!!」
当時の俺は、彼女にすっかり熱を上げて夢中になっていた。
「うおおおおおお! もっと知りたい! もっと触れ合いたい!!」
それからの俺は、何周もゲームをプレイしてはめばえちゃんとの蜜月の日々を過ごした。
ゲーム内に設定されているデートスポット全制覇はもちろん、好みのアイテム、嫌いなアイテム、訓練や昼食の誘い誘われ、精霊殻の二人乗り、いろいろなイベントをこなしては、彼女の反応の一つひとつを掬いあげ、集めて、堪能しまくった。
そうしてプレイした数2桁を越えてきたところで、ふと気づく。
『――ゲームクリア! 君は無事期間中生存した――クリアランク:B!』
……クリアランク、変わらなくね? って。
「……よし!」
どうやらトゥルーエンドを迎えなければ、ランクAにはならないらしい。
達成するにはめばえちゃんだけでなく姫様、建岩命とも仲良くする必要があるという。
どれ、世界の真実とやらを見てやろう、と。
俺はその周回で、サクッとエンディング条件を満たした。
「……は?」
そして、3日ほど寝込んだ。
・
・
・
世界の真実を知ってからの日々は、戦いだった。
「うっそだろ、めばえちゃん犠牲にならないトゥルーとかねぇの!?」
俺は俺の理想のエンディングをあらゆる媒体で探し求めた。
だが小説版でも、アニメ版でも、劇場版でも、およそ公式が認める正しい歴史において彼女は……そのすべてで踏み台にされていた。
「くそっ! なんでだ! なんでなんだよ!!」
公式による彼女の未来の否定。
作品ファンたちによる彼女の主要な扱い。
すべてが俺にとって逆境で、これに抗う日々は困難だった。
だが、そんな日々が続くほど、俺の中にあるめばえちゃんへの想いはより強く、深くなっていた。
『俺はめばえちゃんが好きだ!』
『めばえちゃんを幸せにしたい!』
『彼女にだって、明るい未来があってもいいはずなんだ!』
日々募る思いを積み上げながら、俺はゲーム版ハベベで彼女との日々を重ねた。
時にはトゥルーエンドへ向かいながらも、そこに隠しルートがないか、バグは、グリッチはないかと掘りつくされたイベントを、攻略技を総舐めしたりした。
けれどどれだけやり込んでも、トゥルーで彼女が踏み台になるのは避けられなかった。
ラスボス戦をスキップしてエンディングを呼び出しても、モノローグで彼女の死が語られたなら意味がないのである。
そんな抗いを、想いを。
覚えている限り20年以上持ち続けて今に至るのが……俺、だった。
※ ※ ※
「………」
「考えはまとまったかしら?」
「多分……」
話を促してくれるパイセンに従って、俺は改めて口を開く。
「……俺は、黒川めばえを愛している」
これは淀みなく、口にできる。
「うん、それで?」
「……俺は、黒川めばえに恋をしている……?」
これは……少し、迷いがあった。
でも今なら、その迷いの原因がわかっている。
「俺はもう、前世を含めてかれこれ20年以上、彼女について考え、想い続けてきたんだ」
20年。
それは、黒木修弥の人生よりも長い時間だ。
「恋っていうのは、熱量だと思う。今の俺に、これが恋だと胸を張れるほどの熱があるとは……断言できないんだ」
「それは……」
この言葉も、自分で口にして腑に落ちた。
「そりゃ、彼女と恋人になれたらきっと、嬉しい。人と関わることを拒絶しようとしながらも、本質的には誰かを求めている彼女の、その誰かに俺がなれるなら……なんてのも、思う」
「終夜……」
心配そうに俺を見つめるパイセンに、なるべく上手に笑顔を作って微笑みかける。
気にかけてくれた彼女には悪いが、恋する気持ちよりももっともっと大きな気持ちが、俺にはある。
(彼女がラスボスになる未来なんて、踏み台型ヒロインになる未来なんて、歩んで欲しくない……!)
それは俺自身のわがままよりも、もっと優先したい想いだ。
「そう。俺は彼女に……黒川めばえに幸せな未来を掴み取って貰いたい。彼女にとっての最上級の幸福に満ちた人生を過ごして欲しくて、それを応援したいんだ」
恋心はきっと、ある。
添い遂げたいなんていう下心だってきっと、ある。
でも、それ以上に――!
「――俺は、何よりも、誰よりも……推しの幸せを望んでいる!」
勢い込んで立ち上がる。
再び俺の全身に、燃え盛るほどの熱量が生まれたのを感じた。
「きゃっ! ちょっと、終夜!?」
「そう、そうだ! 何を迷っているんだ! 俺は! 俺のするべきこと、やるべきことなんてもう、とっくに決まってたじゃんよ!」
こんなところでサボってる暇なんて、ない!
この残酷な世界の1分1秒が、俺にとって、彼女にとって、どれだけ大事なのか俺は知っている!
「ちょ、まっ! 何を……!?」
「ありがとう、パイセン! 俺、吹っ切れたぜ!」
「! だ、ダメ! それは何かおかし……!」
「うおおおおおお! こうしちゃいられない! 今すぐ行くぞ! めばえぇぇぇーーーーーーーー!!」
「きゃあああ!!」
なんか勢いでパイセンがベッドに吹っ飛んでった気がするが、羽衣さんが何とかしてくれるはず!
謝罪は後で、今はこの俺を突き動かす火柱のような衝動を止められない!
「サイコセル、セット! 超常能力! ゲートォ、ドラァァァイブッ!!」
熱い滾りと共に、空間を跳ぶ!
目指すは天2基地の……彼女の職場である保健衛生管理室!
「めぇばぁえぇぇぇーーーーーーーーっっ!!」
「……えっ!?」
OK! 推し発見!
記憶の中に見慣れた制服姿でも、生で見る彼女のそれはもっともっと素敵で。
「く、黒木終夜!?」
突然の俺の登場に慌てふためく姿もめちゃ可愛い! ビッグラブ!
……そう!
ビッグラブ!! だっっっ!!!
「な、なんで……ここに!?」
ワタワタしつつも手に持ってた小物を収め、こちらへ向き合う彼女に向かって、俺は――!
「――黒川めばえ……さんっ!」
全身全霊をもって、投げかける!
「初めてあなたを見たその時から、俺はあなたを特別に感じてました!」
「!?」
「だから、俺と……!」
正直な、俺の気持ちを……!
正直な、俺の言葉を……!
「……一緒に青春、過ごしてください!」
跪き、手を差し出して懇願する。
それが、今の俺にとってもっとも正しくて、もっとも真っ直ぐな想いの乗る言葉だった。
「お願いしまぁぁーーーーすっ!!」
告白よりも勇気を燃やし。
何もかもを曝け出して、俺は彼女にぶつかった。
「……黒木、終夜」
「はい!」
その結果――。
「――私は、あなたと仲良くする気なんて……ましてや、青春するつもりなんて……これっぽっちも、ない……わ」
返ってきたのは、絶対零度の視線と。
「……私は、あなたなんか……認めない……っ!」
「……ヒュッ」
予想をはるかに上回る……拒絶の言葉だった。
「……ハハッ!」
俺は笑った。
悪意ゼロ、想いのみ、覚悟あり。
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