表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/14

3)「小式部内侍」作の和歌

「ああ……うん」

 片山修一は薄目で虚空を見上げたまま、岸峰純子に生返事を返した。

小式部内侍こしきぶのないしが詠んだ和歌。百人一首に入っているヤツだね。え~と、たぶん間違いない」


「小式部内侍が詠んだ歌?」

 挑戦状を睨み付けたまま、水口舞がウウムと唸った。

「だとすると『大江山おおえやま いくの道の遠ければ まだふみもみず 天橋立あまのはしだて』って解読できるってコト?!」


「うん」と修一は、何も書かれていないレポート用紙を一枚、テーブルに広げた。

「まず水口さんが貰った挑戦状を、五・七・五・七・七のリズムに書き直すよ」


『のにこくや

 すおゐゐめとゐ

 へにまたろ

 やよけめひのせ

 てやゐろみよえ』


「片山よ、オカシクないか?」

 亮平が冒頭の”のにこくや”の部分を指差し

「O・O・E・Ya・Maで始まるとすれば、一字めと二字めは同じ文字、”のの”もしくは”にに”にならなきゃイカンだろう」


 亮平の疑問に「ああ、それは違う」と純子が間違いを正した。

「ホラ、古文なんだからさ。”大江山”の仮名表記は”おほえやま”になるんだよ。だから”お”が”の”に、”ほ”が”に”に変換されてるんだ」


「どんな規則性で、文字変換してるんだろ?」

 今度は舞がつぶやいた。

「片山クン、二行目に”ゐ”が集中してるから分かったのかな?」


「『××ゐゐ××ゐ』という文字列から、上の句二行目に特徴的なリズムを含んでいる短歌って理由で、『××のの××の』を含む短歌を――あんな短時間の間に――選び出したってコト?」

 純子が修一に確認した。

「それだったらポーの『黄金虫』方式で、凄いなって思うけど」


 エドガー・アラン・ポーの『黄金虫』とは、暗号解読推理小説の草分け。

 数字と記号からなる不可解な文字列から、キャプテン・キッドが遺した財宝を見つける物語だ。

 探偵役のウィリアム・ルグランは、文字列に含まれる最も使用頻度が高い”8”を、英文で最も使用頻度が高い”e”だと仮定し、次に”;48”が”the”であると読み解く。

 このようにして不可解な文字列を、地道に意味のある英文に変換していくわけだ。


 ただし純子の『凄いなって思うけど』という発言のイントネーションは明らかに懐疑的で、『なにかウラが有るんでしょ? もったいぶってないで、チャチャッと話しなさい!』と言わんばかり。


 ――そりゃ、あんな短時間に『黄金虫』方式で暗号を解読するのは無理だわな。

と舞も純子と同じ疑惑を持った。

「まさか、とは思うけどさぁ。片山クン、花鶴女史に『映研の脚本書きに果たし状を叩き付けたいから、

気の利いた暗号文を考案してください。お礼にパンツ見せたげます』とか、色仕掛けで丸め込まれたんじゃないでしょうね?」


 問い質す舞に「いや、それはない」と、純子と亮平がハモった。


「ウラ事情が、そんなコトだったのなら、もっと上手に誤魔化してるだろうさ」と亮平。

「それに、もっと嬉しそうにニヤニヤしてるだろうね」と純子。


 そして純子は「案外、端書はしがきが暗号解読のキーなんじゃない。片山クン?」と修一を詰めた。

「『はるの推理』。Haruが漢字じゃなく、平仮名ってトコが引っ掛かってるんだよねぇ」


 和歌における端書とは、由来ゆらいや状況を書き添える短文のこと。

 その短いコメントが存在することで、詠み手の歌に込めた感情や感動を、読み手が理解する助けになるのだ。


 純子の指摘に「あっ! あっ!」と亮平が反応した。

「”はる”は、H・A・R・Uじゃなく、H・A・Lなんだよ。ほら『2001年宇宙の旅』!」


 亮平が指摘した「2001年宇宙の旅」とは、言わずと知れた1968年スタンリー・キューブリック監督作のSF大作映画。脚本はキューブリック御大自身と、SFビッグスリー作家の一人、アーサー・C・クラークの共同執筆だ。

 そしてHALというのは、作中で宇宙船乗組員に反乱を起こす自律思考型ビッグ・コンピュータ「HAL9000」の事を指す。

 HALはヒューリスティカリー・プログラムド・アルゴリスミック・コンピュータの頭文字を取って命名されたのだが、”俗説”として「IBMの上を行くコンピュータ」として名付けられた説が根強い。

 つまり「Iの一つ上でH、Bの一つ上でA、Mの一つ上でL」とされた、というもの。

 ただしキューブリックとクラークは共に、それを否定している。


 すると今度は、舞と純子が「それはない!」とハモった。


「のにこくや、をアイウエオ順に一文字上げすると『ねなけきも』になっちゃうでしょうが!」と純子。


「はるの推理、って書いてあるの見た瞬間に、アタシだって一文字上げくらいならやったって」と舞。

「ローマ字表記にしてNo・Ni・Ko・Ku・Yaにしてみても、Mn・Mh・Jn・Jt・Xzって、更にわけわからん文字列になるだけだからね」


 しかし「倉科君の言う通り、一文字上げで良いんだよ」と修一が、亮平のアイデアを支持した。

「ただしアイウエオ順ではなく、イロハ順で。だって文字列に”ゐ(wi)”の字が含まれているんだから、そっちの方が美しいでしょ。アイウエオ順にしても、文字列ワ行を、ワヰウヱヲと表記する方法もあるには有るけれどね」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ