2)挑戦状の送り主を推測する
「挑戦状……なの?」
倉科亮平が頭をひねった。
「意味が通じなきゃ、挑戦状なのかどうかすら分からないじゃないか。歴史的仮名遣い混じりの見るからに謎の文面で、確かに興味は魅かれるけど」
直前までの、水口舞の発言に対するちょっとした蟠りは、不可解な文書の出現によって、亮平の中では時空の彼方に消滅したらしい。
「イヤガラセで出してきた、何かの呪いの祈祷文とか呪文って可能性だってある。差出人に心当たりがあるなら、今からオレが問い詰めに行っても良いけどね」
「落ち着きなよ、倉科君。腕に覚えアリ、は小市民を装って生活する上では伏せておくものだよ」
まあまあ、と岸峰純子が亮平を宥めた。
「挑戦状だと判断した舞の直感を、まずは信じてみようじゃないの」
そして「パソコン作成のプリントアウトじゃなく、わざわざ原稿用紙に手書きってトコから、私も舞の考えを支持するけど」と付け加えた。
「アリガト、心配してくれて」と、舞は亮平に微笑んで見せてから、今度は純子に向き直ると「倉科君が言う通り、差出主に心当たりは、ある」と腕を組んだ。
「だろうね」と純子がウインク。
「演劇部の新たな脚本書き、かな? ルーズリーフやレポート用紙ではなく、わざわざ”これ見よがし”に原稿用紙に書いてきたトコなんかみると」
「原稿用紙なら、文芸部だって使うんじゃないのか? 演劇部の……それも脚本書きとか、決めつけちゃって大丈夫かなぁ?」
と亮平が異議申し立てをした。
「それに400字詰め原稿用紙とか、志望大学の受験科目に小論文がある高校生なら、練習用に持っていても不思議じゃないし」
亮平の疑義に「意見具申!」と修一がお道化た声で挙手をした。
「イヤガラセの呪詛文なんかだったら、それこそワープロソフトを使った印刷の方がいい。手書きは筆跡なんかから、正体露見のリスクが高くなるからね。指紋鑑定なんかしなくてもさ。それにこの文、筆跡を隠すための『利き手じゃないほうの手で書く』とか『定規を使ってカクカクした文字を引く』みたいな、初歩中の初歩ともいうべき偽装が一切行われていない。出し主は『身バレ上等!』って考えているんだよ。『さあ、とっとと解いてみな』ってね」
「そうかぁ。言われてみれば、片山の説明には頷けるところがあるな」
亮平は挑戦状説を受け入れたようだ。
その上で「で、演劇部が絡んでいるって思った理由は?」と、舞に改めて根拠を問うた。
「倉科君は、私と岡崎との間の切磋琢磨を知らないからね」
と映研の脚本書きは微苦笑した。
岡崎里美――引退を宣言した演劇部の脚本担当だ。
舞と岡崎里美とは、中学時代からの『物書き志望』仲間で、高校に入ってからも――映研と演劇部と所属する部活は違えど――互いを認めつつ腕を競ってきたライバルなのである。
その岡崎里美は「今後一年間、創作を封じて大学受験に専念する。よって、演劇部の脚本担当は後進に道を譲る」と、梅の花が蕾を膨らませる節分をもって引退を宣言し、里美が『黒歴史』と呼ぶ創作ノートをお焚き上げする儀式に、他ならぬ舞が立ち会った事も有った。
「そんな背景を考えれば、今このタイミングで私に挑戦状を叩きつけてくるとしたら、演劇部の新しい脚本担当しか思い浮かばないんだよ」
舞は岡崎里美から紹介された、演劇部の次代戯曲書きの負けん気に満ちた目を思い出した。思わず笑みがこぼれる。
「花鶴友加。うん! 良い面魂をしていたよ。不敵な、という形容詞がドンピシャな。ケンカ売ってんのか? って問い質したくなるような目元、口元以外は、清楚な美少女ってカンジの整った造形だったんだけど」
へええ、と亮平が嘆息する。
「水口さんがそんなに入れ込むほどの美少女なら、脚本書くより役者で出れば良さげなのに」
「いや、そこはさ」と純子が亮平の認識を正した。
「スポットライトを浴びるのが大好きっていうアイドル志望のワコウドがいる一方で、裏方仕事が震えが来るほど面白いっていう職人気質のニンゲンもいるわけで」
「まあ、それは判らんでもない」と亮平が頷く。
「水口さんも岸峰さんも、銀幕スタアもかくやって美貌なのに、アイドル活動に興味無いよね」
「ややや! これは驚いた」と純子が目を丸くした。
「銀幕のスタアとは、こりゃまた昭和浪漫の香り漂う褒め言葉だねぇ。映研で脚本書きに燻っているような文学少女なら、泣いて喜びそうなヨイショじゃん」
そして「舞くらいが相手なら、倉科クンも少しはスムーズに御愛想言えるようになったか。これって目に見える進歩だよ」と、亮平の女子とのコミュニケーション能力の向上を称えた。
「こそばゆいけど、諸手を挙げての褒め言葉には、悪い気はしないねぇ。素直に受け取っとくね」
と舞は喜んでみせた。
「そういう倉科君だって、トラディショナルな表現を使うなら、苦み走った良い男、だよ。純子の相方の昼行燈氏とは好対照な」
「ちょっとちょっと!」と純子が口を尖らせた。
「倉科君を持ち上げるのに、ヒトの相棒を出しにしないでよ」
そして修一の方へ顎をしゃくり
「ああ見えて、ウチの相棒はキレッ切れなんだからね」
「知ってるよ」と舞は修一にウインクした。
「昼行燈は世を忍ぶ仮の姿。実は闇を切り裂くサーチライトってコトくらい」
「フム、よろしい」と、純子は舞に胸を張ってみせ、修一に向かっては
「そろそろ解読できてるんでしょ?」
と謎解きを急かした。
「文字数が31文字、いわゆる三十一文字であるということと、普通の『い(i)』に加えて歴史的仮名遣いの『ゐ(wi)』が混在していることから、短歌――それも現代短歌じゃなく古典――ってトコまではアタシにも分かってるんだけど」




