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12)名探偵の狼狽

仕方しかたあるまい。乗り掛かった舟だ」

 脚本書きはけわしい顔で頷いた。

「しかし、分かってて恥を晒しに行くってのも妙な気分だし、それに上手く事を運べるかどうか……」


「そんなコトはない」と亮平が太鼓判たいこばんを押した。

「さっきの定頼役なんて、1000年前の悪役貴公子の魂を召喚したのかってくらい、ハマってたよ」


 それを聞いて「そう思うよねェ」と純子がフフフと含み笑いした。

「倉科君は、舞がなぜ脚本書きに成ったのかを知らないから」


 そして「舞は元々は前の映研部長から、将来の看板女優に、とスカウトされたんだよ。でもね、彼女は頭抜ずぬけた才能と美貌を持ちながら、カメラの前では全く演技が出来なかったんだ。全身から脂汗がれて、声が出なくなっちゃう」と脚本書きが、トラウマ持ちであるという秘密をバラした。

「あんだけ傍若無人ぼうじゃくぶじんな性格に見えて、なぜか不思議にもね。だから、さっき倉科クンが舞を『銀幕スタア』に例えた時には、本当は私はちょっとだけヒヤッとしたんだ。知らぬ事とはいえ、痛いツボを押したかな、って」


「傍若無人。『かたわらに人無きがごとし』か。史記しき 刺客列伝しかくれつでん 荊軻けいか伝じゃないの」

 脚本書きは純子が口にした故事成語に「こんな時にまた……」と反応し、絶句した。


「『壮士そうし、ひとたび去って かえらず』だ。行くと決めたら、振り返らず進め」と純子が盟友の背中を押した。

「『士は己を知る者のために死す』は、同じ刺客列伝の豫譲よじょう伝だっけ? ま、花鶴ちゃんはアンタを”女の中の女”と認め、頼って来たんだ。ガンバんな。骨は拾ってやるからに」


 純子と舞の会話に耳を傾けていた亮平が

「片山よぅ。オマエら、俺が居ない時、部室で何時いつもこんな複雑怪奇な論戦を交えているわけ?」

と修一にボヤイた。

「ちょっと付いて行けんわ」


「いや、今日は特別」と名探偵は苦笑した。

「古文・漢文成分が多めなのは、水口さんが持ち込んできた――花鶴女史が繰り出して来た――謎々のせいだろうね。好奇心を刺激されるには充分な出来の問題だったから。暗号そのものは単純だったけど」


「まあ、そうだろうな」と生き物マニアは探偵に向けてわずかに笑ってみせた。

「けれど、おかげで俺は水口さん相手になら、少しは口を動かせるようになったよ。彼女が演技イップスなら、俺は女性イップス。ちょっとだけリハビリが出来たかな?」


「言わんとする意味は汲めるけど」と探偵は、亮平が口にした『イップス』という単語を淡々と訂正する。

「イップスというのは、ゴルフを始めとするスポーツにおける運動機能障害なんだよ。精神的なものではなくてね。だからキミや水口さんの場合は心的外傷トラウマとか恐怖症フォビアというのが正しい、と思う」


「さいですか……」

と亮平はタメ息をいた。

「今日はオマエもちょっと変だぞ。あの二人に輪をかけて、さ」


 亮平のタメ息に反応した純子が

「ちょっとオーバーヒートしちゃったかな?」

と、慌てて相棒の額に手を当てた。

「今日はグルングルン、いつもより多めに頭を高速回転させてたからね。まるで太神楽だいかぐらみたいだったよ。……あるいは、もしかすると脳内血糖が足りなくなったか」


「大丈夫。知恵熱は出てないから」

 探偵は、相棒の華奢きゃしゃで柔らかな手首を握ると、そっと額から外した。

「岸峰さんの掌の方があったかいよ。それに……脈拍みゃくはくが少し早めだね」


「ちょっと、ちょっと! アンタたち」

 脚本書きが仁王立におうだちになって、腰に手を当てた。

「こっちは今から演劇部に殴り込みに行こうかと、気力をたかぶらせている最中さいちゅうなのに。傍ラニ人無キガ如シにイチャイチャしおって!」


「あの二人、あれでイチャイチャなのか?」と亮平が舞に確認を入れた。

御凸おでこに掌って、小学校低学年レベルじゃんよ! 俺はてっきり、二人はキスくらいはしている仲なんだとばかり……」


「あの二人にとっては、ウルトラ・スーパー・マックスレベルのイチャイチャだよ。そもそも片山クンは純子から、『パンツ見たら目をつぶす』って宣言されてるくらいなんだから!」

 そして脚本書きは、返すかたな

「それに倉科亮平! キミは女性恐怖症の分際ぶんざいで、他人の――友人の――つつましやかな恋愛形態をアレコレ言える立場じゃないだろうが」

と、無神経な生き物マニアを一刀両断した。


 袈裟懸けさがけに切られて絶息した亮平を尻目しりめ

「で、片山クン。具体的にアタシは、どう動くのがベターなんだろうか?」

とアドバイスを要求した。

「正解や最適解を教えろ、とまでは言わないよ。推理そのものが、花鶴友加の思惑おもわくも含めて不確定要素は限りなく多いし、アタシが言われたままに寸分の狂いもなく演技できるとも思わない。臨機応変の対応が必要というのも理解している」


「そ・そうだね」

 相棒と二人して赤い顔になっていた名探偵が、狼狽うろたえ気味に言葉を選んだ。

「状況を総合すると、『謎は解けた』と暗号解読に成功した事実のみ、を主張するのが無難かなぁ。あるいは『挑戦状に無反応でいる』こと。この二択だと思うんだけど」


「ふむふむ。『大江山』の解読成功事実のみを主張した場合、花鶴友加は『和歌には和歌で返答するのがマナーでございますわよ。お姉さまも”まだまだ”ですわね』と勝ち誇り、アタシが『しまったぁ!』と一本取られた事を認めて、花を持たせれば一件落着って趣向しゅこうか」

と脚本書きが理解の速いところを見せた。

「シンプルだから、下手を踏む要素が少なく抑えられる、か」


「そうなんだよ。『大江山』の謎かけに対して、水口さんが清少納言の『よに逢坂の関は許さじ』で『いやいや、まだまだアンタらの前に関門として立ちはだかってみせるよ』と返した場合、花鶴女史が行成の『逢坂は人越え易き関なれば』を知ってさえいれば、一番スマートな決着になるんだけどね。『開きっ放しの関所など、簡単に越えてみせます』って恰好良かっこうよ応酬おうしゅうになる」

 落ち着きを取り戻して、探偵(軍師?)が淡々と策を伝授する。

「だけど花鶴女史が、百人一首にある清少納言の歌だけを知っていて、その返し歌である行成の和歌を知らなかった場合、これは非常にマズイ。水口さんに勝ちが付いちゃった形でオワリ、だろ」


「たしかに」と脚本書き。「返り討ちにしちゃったカタチだわ」


「それに別ルートとして、太田南畝の『早蕨の握り拳を振り上げて』で応えたとすると、『ひよっこのパンチだとたかくくっていたら、意外に効いたぜ。オヌシなかなかやりおるな』って、水口さんが花鶴女史の才を認める感じにはなるけれど」

と探偵は異なるパターンの解法についても言及。

「けれど、これだと水口さんが余裕綽々でパンチを受け止めたようにも取れる」


「うむ。小式部内侍に対する藤原定頼のピエロっぷりには、遠く及ばないねぇ」

と脚本書きも同意した。

「負けるが勝ちとか、金持ち喧嘩けんかせず、韓信かんしんの股くぐり的な……どうも片手で赤子をあしらってるような横綱相撲よこづなずもう雰囲気ふんいきが出ちゃうか」


 すると死んでいた生き物マニアが、ムクリと復活し

「しかし、もう一つの選択肢『挑戦状に無反応なままでいる』っていうのはどうなんだ?」

と、意味がワカランという風に首を振った。

「水口さんが暗号を放置した場合、カヅル某は『定頼から助け舟を出してもらえなかった小式部』になっちゃって、演劇部内で孤立状態。後ろ指をされたままになっちゃうんだろ?」


「この場合、そこは心配しなくて良いんだよ。いくさを仕掛けたのが、花鶴ちゃん・小式部内侍側で、舞・定頼側が受けて立つという逆転の構図になっているわけだから」

 ほほわずかに赤味を残したままの純子も、戦線に復帰した。

「花鶴ちゃんは挑戦状を出す前に、部内で『これから映研の脚本担当 水口先輩に挑戦状を叩きつけてきます。私の創った暗号文に、正しい形式で返答ができるかどうかを問うもので、同じ脚本書きとして勝負してもらいます』と宣言してるだろうからね。映研と演劇部とは、競い合ってはいるけれど、別に対立関係にあるわけではない。だから『これはまで、私が水口先輩に対して個人的に、文学の知識を競うゲームです。フェアな挑戦である証拠として、暗号和歌には端書はしがきとして解法のヒントを添付します』と念を押した上で。多分、岡崎さんにも話は通している、と思う」


「ま、岡崎に了承を得たのは間違いないだろうね。そして『おもしろい。やってみな』と、彼女なら花鶴友加の後押しをしただろう。部員が集まっている前で」

 脚本書きは、かつて切磋琢磨せっさたくましあった仲の、前演劇部脚本担当の名前を挙げて微笑んだ。

「ヤツは結構けっこうアタシの事を信頼しているからね。遠慮会釈えんりょえしゃくなく平気で面倒めんどうを押し付けてきやがったか。まあ心中しんちゅうは、おが心算つもりでの決断だったかも知れないが」


「だから舞が挑戦状を黙殺したとしても、『水口舞は勝負から逃げた』か『水口舞は、そもそもあの簡単な暗号が解けなかったんじゃないか?』と演劇部内では判断されることになり、花鶴ちゃんは面目めんぼくほどこすことが出来るんだ」

 純子は舞の顔を見て頷いた。

「ただし、一方で花鶴ちゃんの一人相撲ひとりずもうにも見えるから、黙殺せずにリアクションを取ってあげる方が優しいよね」


 そして「今回、舞を追うカメラは回っていない」と、脚本書きが苦手とするのは演技することではなく、撮影される事だという事実を思い起こさせ、恐怖症フォビアの対象外であるのを意識付けした。

「仲間内での余興の即興コントだよ。後に残ることのない」


「それだな。仕方がない、片山クンの献策通り御輿みこしを上げるか」

と脚本書きは腹をくくった。

「倉科亮平、ともをせい!」


「え? オレ?」

 唐突とうとつに名指しされて面食めんくらったていの亮平だが

「横綱土俵入りには、露払つゆはらいが必要だろ」

と脚本書きにさとされて、しぶしぶ立ち上がった。


「映研の後輩でも連れて行きゃいいのに……」

と不満タラタラの亮平に

「それだと映研対演劇部の構図に成っちゃうからマズイんだよ」

と探偵がニヤニヤしながら言い聞かせた。

「生物研の偏屈なトビハゼマニアがエスコートするのなら意外性もあり、無難というか……平和な組み合わせだろ? 見届みとどけ人としても、フラットな立ち位置にいるキャラだと、演劇部の面々に誤認してもらえるだろうし」


 それに対する亮平の反応は、今日一番のタメイキと

「片山よ。……オマエ、俺の事、実はまだ少し怒ってる?」

というものだった。

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