11)悪役貴公子と悪役令嬢
「千年の名声? え~と……小式部内侍の没年が1025年だから……2024年現在では、『大江山』の和歌が詠まれてから少なくとも一千年間以上になる、か。辞世の句ってわけではないから、詠まれたのは1024年以前だろうからね」
スマホで確認しながら亮平が呟く。
「まあ、岸峰・片山コンビが言いたいのは、物理的に1000年が経過したという意味ではなく、後世にまで名が伝わったという事実に刮目せよという意味なんだろうけど」
「あ……ああ、そうか……」
脚本書きが腑に落ちた、という呆けた表情になった。
「『大江山』のエピソードが残ってなかったとしたら、定頼の名は忘れ去られていたのかも知れない……」
しかし亮平の方には、脚本書きの驚愕の意味が伝わらなかったようで
「そんな事は無いだろう? 定頼は三十六歌仙の一人で、国文学者や歌人の中には今でも研究している人がいるんじゃないの?」
と疑問が口を衝いて出た。
「忘れ去られた、という表現は失礼じゃないのかい。それに、今でも百人一首は競技大会が開かれるほどの人気だぜ? 『あさぼらけ』の和歌なら、俺くらい歌道に暗いニンゲンでも、何となく記憶に残ってるし」
「じゃあ聞くけど」と脚本書きは、鋭い口調で亮平に言い返した。
「『朝ぼらけ 宇治の川霧 たえだえに』の上の句を読まれて、『現れわたる 瀬々の網代木』の下札を取ることが出来る人なら、たくさんいるでしょう。けれどね……」
ここで舞はタメを入れ
「『その和歌を詠んだのは誰?』とクイズを出した場合、正しく答えられる人の割合は?」
と生き物マニアを指差した。
「日本人全体の中で、0.1%より、上か、下か?」
「……なるほど。仮に13万人いたとしても0.1%ってことか」と、ここに至っては亮平も、現在では藤原定頼がその和歌を詠んだという事実を知る人数の割合が、日本人の中でも絶対的少数派であることを認めざるを得なかった。
「歌人としての定頼は、完全に忘れ去られたとは言えないものの、半ば忘れ去られた存在である、と」
「そうなんだよ」と脚本書きが頷く。
「モーツァルトの楽曲なら今でもよく耳にするけど、当時モーツァルトより遥かに高い名声を博していたサリエリの曲なんて、戯曲と映画の『アマデウス』が評判になるまで、完全に忘れられていた。サリエリが再評価されたのは『アマデウス』で、モーツァルトの天才性を誰よりも早く見出したが、その天賦の才に嫉妬した敵役として描かれたことからなんだ。だからサリエリの名前を思い出せなくとも、『アマデウス』でモーツァルトを嫉妬のあまり毒殺することになる音楽家って言われれば、『ああ、あの人ね』って、記憶の片隅に爪痕は残っているの」
「ふむ。その伝で言うと、定頼は自分の名前が忘れ去られた遠い未来にでも、小娘に『大江山』の和歌で言い負かされた歌詠みというカタチで歴史に刻まれることは叶う、と判断したか……」
と亮平は頭を振った。
「『悪名は無名に勝る』を、地で行ったというか……自己顕示欲が強いというか。悪役令嬢ならぬ悪役貴公子を演じることで、名は令和の未来にまで残ったんだな。『大江山』のエピソードで、小式部にこっぴどく遣り込められる才人の色男。技巧を凝らした『大江山』の和歌の巧みさコミでね。今でも古文の授業では必ず取り上げれられるというのが事実なんだから、目論見は成功したと言わざるを得ない」
「エキセントリックって云うか、ね。ま、騒ぎを起こしたり謹慎を食らうことも有ったみたい。キミがいうところの悪役貴公子は」と脚本書きも苦笑する。
「でもホラ、作品の良し悪しではなく奇行で注目を集める芸術家って居るしさ。閲覧数を稼ぐために迷惑行為を連発する配信者なんてのも例を挙げるに事欠かない。定頼の場合、歌詠みとしての実力はホンモノなんだけど、ベルトにプラスしてサスペンダー、念には念を入れるという考えだったのかも」
「よっしゃ、片山よ」
亮平は探偵の目を見据えた。
「小式部・定頼コンビが、千年の名声を得るために『大江山』の芝居を打った可能性、ゼロではないと認めよう。……いや、可能性が有るとカヅル某が考えた、としよう。しかしその場合、芝居を持ち掛けたのは”どっち”なんだ? 小式部側からか、あるいは定頼からなのか?」
「魚心あれば水心。けれど小式部内侍の方は『カンニングを疑われている』という現況を打破したいだけだっただろう。千年の名声なんて考えている余地は無かったに違いない。だから定頼クラスの歌人から芝居を持ち掛けられたら、喜んで飛びついたと思われる。一方で定頼が芝居を持ち掛けられた側だったとすると――定頼が凡庸な男なら――応じるメリットに思いが至らず、突っ撥ねる可能性が高い。むしろ小式部内侍を笑い者にするために『こんな取引を持ち掛けられた』と暴露するだろうね。小式部内侍にとってはリスクが大き過ぎるんじゃないかな? だから提案者は定頼だったと考えるのが妥当だろう」
「なるほど?」と亮平は、今度は純子の方に向き直り
「せっかく和歌の才をお持ちなのに、外野から有るコト無いコト五月蠅く噂を立てられ、さぞや迷惑を感じておられることでしょう」
と、即興で藤原定頼を演じた。
「確かに困惑しております」
と純子が小式部内侍に成り代わって返答する。
「しかしこれも、私が至らないためでございます。もっと良き歌を詠んで、皆さまに御納得いただいた暁には、疑いも晴れましょう」
「それでは、どうです? 御母堂が都を離れておられます今ならば」
大根役者の亮平から、定頼役を引き継いだ――引っ手繰った――のは脚本書きだ。
「ちょうど生野を越えて、丹後あたりまで進まれておられる頃合いでございましょう。手紙の遣り取りも、そう容易くは行えますまい」
「と、申されますと?」
純子が怪訝気な表情を作り、あどけなく小首を傾げる。
「確かに文の遣り取りを行なうには、困難が伴いましょうが」
「今、良き歌を詠まれたならば、それは紛うこと無き貴女の実力と、万人が認めるところ」
スキル『イタコ』を発動させた脚本書きが、悪役貴公子の説得手口を再現する。
「不肖この定頼、歌詠みとしてなら”それなりの”名声を得ております。衆人環視の下、私めが貴女に空戦を仕掛けて、貴女さまが見事にそれを退けられたなら……」
「それは確かに……我が名のみは上がりましょう」
受ける純子の演技も堂に入ったものだ。
「けれど、定頼さまには何の得もございますまい。徒に御名を損なうのみ」
そして上目遣いに「何をお望みなのです?」と呟くように脚本書きに質した。
対して脚本書きは「話が早い」と、酷薄と評してもおかしくない表情を作って、薄く笑った。
しかし、表情を急に真面目そのものに改めると
「けれど誤解なさいますな。私が欲するのは束の間の悦楽などではございませぬ。我が心から渇望するは、今の宮中での刹那の誉に非ず。千年の後にも残る声望!」
と言い切り、目を閉じた。
「そして私が『御母堂からの手紙は届いているのですか?』と、皆の前で嘲ったら、こう答えるのです。『大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみもみず 天橋立』」
「ブラボー!」
生き物マニアが脚本書きの熱演を、拍手で称えた。
「ただし舞台照明ってセリフは……どうなのかね? 今や古の舞台を彩ったカーバイト・ランプ照明は、電気にとって代わられてしまったわけだし、和歌の応酬は限られたマニアの間での風雅な趣味に収まってしまっているわけだけど」
「良いんじゃないのかな?」
同じく拍手を送っていた探偵が微笑む。
「歌による応酬を、和歌に限らなければラップバトルみたいな形式で盛んなんだからさ。案外、定頼は今生きていれば、凄腕ラッパーとして名声を博していたかもしれない」
「そして花鶴ちゃんは、舞の実力をホンモノだと称えた上で『私に力を貸して下さい。力を分けてください』って頭を下げてきたんだね」
純子が脚本書きを見つめた。
それから探偵――信頼する相棒――に顔を向けると
「ただし口に出して頼み込むわけにはいかない」
と確認した。
「だからこそ『解けて当然の単純極まりない暗号による奇妙な挑戦状?』という、一見すると不可解な手段を用いた。まっ、高いプライドが、そんな屈折し過ぎて分かりにくい、変な方向に走らせちゃったのかも知れないけどさ。素直にドンとぶつかってきても、舞なら”がっぷり四つ”に組み止めてあげるタイプなのに」
「しかし『後生畏るべし』、だねぇ。花鶴友加、読み筋のユニークさとそれを発現させる構成の巧みさ、確かに岡崎が後任にと、一目置いたのに納得するよ。こんな出来星の後輩がいたら、安心して後を任せられるわい」
と脚本書きが、論語を引き合いに出して嘆息した。
「コッチには片山修一という知恵袋がいたから、なんとか出題意図に辿り着くことが出来たわけだけど、アタシ一人だったら”お手上げ”だったぜぃ。ホント、モーツァルトに驚愕したサリエリの気分。嫉妬すら覚えるよ」
そして脚本書きは亮平に向き直ると
「さっきは、若さなんて負い目に過ぎない、とかエラソーなこと言っちゃたけど、ゴメン」
と、もう一度謝った。
「未熟であることは負い目なのかも知れないけれど、若い才能や伸びしろの可能性を否定しちゃイカンのだわ。古代エジプトの壁画に『近頃の若い者は……』って書き残した5000年前のオッサンから成長してないコトになっちゃう」
亮平は、いやいや、と小さく両の掌を振って
「水口発言は寧ろ、自分自身の若さ・未熟さに向けた戒めだからね。エジプトのオサーンとは趣旨が違うってことくらい、俺だって存じてますって」
と苦笑した。
「じゃないと、感銘を受けたなんて言っちゃたオレ、馬鹿みたいじゃないか」
「ま、猪武者だった呂蒙の急成長に驚いた呉の軍師 魯粛が、『呉下の阿蒙に非ず』とそれを喜び、呂蒙が『士、別れて三日すれば、即ち更に刮目して相待すべし』と応えたという、三国志の一幕を思い起こさせる対決だよ。舞と花鶴ちゃんの決闘は」
純子はそう面白がると
「受けてあげるんでしょう? 悪役令嬢」
と脚本書きに念を押した。
「悪役貴公子の藤原定頼に成り代わって!」




