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第5話 高望み

「主様、それは今すぐすべきことかしら?」


 死神様とバーソロミューがどちらも退かぬ緊迫した状態に、ブリギッテさんは割って入る。私ははっと意識が目の前のことに戻ると、彼女にそっと体を支えられる。


「死神様……」


 これ以上争ってほしくない。私という人間がいるせいであるなら、今すぐに消えてしまっても構わない。元々魂を狩り取られることになっていた身だ。


 だから、私以外の人が傷つくことなんてない。


「……フィロメナ」


 死神様はバーソロミューの襟を掴んでいたのをやめて近づいてくる。


「泣くな」

「泣いていません」

「な、泣きそうになっている」

「なってないです」


 このやりとりに安心して余計に視界が潤むのを、ぎゅっと口に力を入れて耐える。

 死神様を更に困らせたくはない。

 悪魔やその彼との戦闘への恐怖を乗り越えたと思ったがただの強がりで、今という後になって襲い掛かってきている。なんて不甲斐ない。


「不甲斐ないです……もっと、私が強ければ」

「え」

「人間が介入できるような戦闘じゃないんだから……」

「でも、ブリギッテさんは私を守ってくれました」

「それは主様に使役されていて力も分け与えていたからで、そもそも死霊の違いが……ああ、もうっ。私はフィロメナを守るためにもいるんだから、今後は今回みたいなことをしないで。助けようとした気持ちは嬉しいけど、傷つくようなことになったら逆に悲しいわ」

「はい……」

「怪我はないか」

「ないです」

「恐がらせて、すまない」

「いえ……もっと鍛えておきます」

「まだそんなことを考えていたの!?」


 だって肉体的でなく精神的に強くなったら、怯えることなく隠れることができたから。


 死神様とブリギッテさんは私をとても大切に思ってくれていて、「気づいていないだけで怪我をしているかもしれない」とか「まだ病み上がりなんだから」と寝室送りにしようとする。このような状態なのでそれには及ばないと抵抗していると、バーソロミューが「くっくっく」と笑い始める。死神様の目が鋭く細くなった。


「そいつ、変な人間だな。勇気と無謀は違うってことを知らねえのかよ。だがまあ嫌いじゃねえぜ」

「バーソロミュー」

「睨むなよ。オハナシアイでもしようぜ。説明、してくれんだろ?」

「……」


 睨み合って険悪な雰囲気となるが、先に身を引いたのは死神様だった。


「扉を仮でもいいから直しておけ。説明はそれからだ」


 体を軽く押されて、私は死神様に背を向けて寝室に戻ることになる。戦闘の跡もない場所で心を休めつつ、ブリギッテさんが作ってくれた料理で空腹を満たす。

 その間に玄関は外から見えないように遮ったらしい。バーソロミューの説明には私も参加したいことから、リビングに移動して柔らかなソファーに座らせてもらう。二人は余裕で座れる大きさなのだが、私の横に座ろうとしたバーソロミューを死神様が蹴とばす。その容赦のなさに驚いていると、代わりに死神様が座ったのに私は別の意味で驚いた。抱えられたときのように密着していないが、その近さにドキドキと脈打つ。


「俺への対応が雲泥の差じゃねえか」

「お前は侵入者だからな」


 それにしては気安さのある態度である。名前を呼び合うことから知り合いではあるのだろう。


「お二方はどのような関係なのですか?」

「……友人だ」

「おー、そこは親友って言ってもいいんだぜ」

「そうだったのか?」

「真顔とか本心かよ。学生時代からの付き合いなのによー」


 バーソロミューの行いから死神様と不仲と思っていたが、そうではないらしい。バーソロミューの言葉を否定せず、不機嫌とはいえ硬い表情がよく動いていることに、事実なのだと理解した。


「それで? そんな俺に何を隠してたんだよ」


 促されて、死神様が口下手にもぽつぽつと説明していく。


 私を罪人として魂を狩りにいったが、本当に罪人であるか疑問を感じたこと。再調査することになったが、その間に拘置と家なしの私への保護を兼ねて、家を提供したこと。狭間に人間がいると知られたら騒ぎとなるため、限られたもの以外には内密として動いていたこと。


 私が知っている内容と変わりない説明だった。私がいることで、知らせてもいい内容に厳選しているのだろう。バーソロミューにどこまでの内情を話せるかは分からないが、死神側の詳細が省かれているのは私が影響していると思われる。


「大体の内容は分かった。問い詰めたいことは色々あるが、死神案件だからな。だが、一つだけ答えろ」


 バーソロミューは一息置く。それほど重々しい言葉だった。



「神に逆らうつもりではないんだな」



 神様は実際にいるんだ。

 教会暮らしにより縁が強く、毎日何度でも祈ってきた。そのために身近で、身近でもなかった。一度だってその姿を見たことも、その力による奇跡も罰も受けたことはない。


「俺は死神だ。これからも、この先もずっと。私欲で動くことはない」


 それは私にとって突き放すもので。私に罪があっても、手を抜くことはないということだ。


 人間はそれを無慈悲と言うのかもしれない。

 でも私はそんな風に責める気持ちは欠片も湧かない。揺らぐことなく、真っすぐな心の在り方が如実に現れているその眼差しが好ましかった。


「あ……」


 死神様の横顔に、ドキンと胸が高鳴る。接触も何もない、また一つ彼の魅力に気づいただけ。だがそのことによって、私は自身の気持ちに自覚してしまう。


 私、死神様のことが好きだ。


 見惚れるほど素敵だと思ったことはあった。死神様は魅力に溢れていて、新しく発見したものも含めて一つ一つ言葉にしてきた。それで、私はようやく自覚に至る。


 真っすぐな心の在り方が好きだ。仕事熱心なところも、不器用ながらも優しくしてくれるところも、ふと緩んだ柔らかな表情と声も、夜空のような髪と瞳の色も、全部。


『もっと』知りたい、見たいというのも、この気持ちからきていた。

 好きの自覚から破裂しそうなぐらいに高鳴ってとまらない胸を、手で押さえる。


「フィロメナ?」


 真っすぐな眼差しが私に向けられる。心配から弱弱しくもあって、この恋心は絶対に伝えてはいけないと知る。


 罪人で人間の私には『もっと』以上に叶わない望みだ。それでもと伝えても、私の気持ちが晴れるだけである。


 死神様に魂を狩られることで最期を迎えることが、私の叶えられる最も幸せな望みだ。

 死神様は優しいから、おそらく傷つくことになる。その悲しみが深くならないように、私は努めなくてはならない。


「なんでもないです。死神様」


 にっこりと笑って、嘘をつく。また罪が増えた。


「……すまない」


 その謝罪の意味は私の気持ちを鋭く突いたものではなく、バーソロミューへの言葉にあった、私でなく仕事を優先することだろう。そちらは全く気にしていないので、申し訳なかった。


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