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第4話 病み上がり

「完治しました!」


 死神様やブリギッテさんの看病により、私は熱が下がった。だるさが残っているが、ずっと寝ていた故のものだろうと得意げに立ってみせると、ブリギッテさんは笑顔でベッドに押し戻す。


「病み上がりが何言っているの。」

「でも……もう動けますよ」

「なあに? 動けるだけで、本調子じゃないって?」


 大丈夫なのに。このぐらい、教会にいたときでは問題なかった。

 ブリギッテさんの圧に押されて助けを求めるために死神様に目を向けるが、気難しい顔で頷いている。


「まだ安静にしておけ」

「……はい」


 引き続き、私は面倒をかけることになる。

 気落ちしつつもぞもぞと布団を調節していると、「何かあったらすぐに連絡するように」「はい」と会話が聞こえてくる。


 死神様は仕事を休んでまで、私に付きっきりで看病してくれた。

 天界と冥界の狭間は、本来は人間が立ち入ることができない。安易に医者にかかることはできなかったのだ。だが、命に関わることがあればと、いざとなったら医者に連れて行けるように側にいてくれた。ブリギッテさんに任せなかったのは、私の存在が露見したときの対応は死霊よりも死神様の方がよいためである。


 そのような理由により、休んでいた仕事の分が溜まっている。ブリギッテさんがたびたび死神様に書類を持ってきたり、テレパシーという連絡手段で裁可したりしていたが、自宅でできることは限られていた。

 私が回復したこともあって、死神様はようやく仕事場に向かうことができる。私はガバリと身を起こして叫ぶ。


「せめてお見送りだけでも!」

「フィロメナ」


 横になっていたところを急激に動いたため、死神様の眼光は鋭かった。


「ご、ごめんなさい」

「まあまあ主様。そのぐらいならいいじゃない」

「……好きにしろ」

「はい! って、ふわっ!?」


 玄関まで移動しようとすると、足を布団に引っかけてずるりと滑る。床との衝突はあと少しで、目をつぶって衝撃に備える。


「油断も隙もないな」


 私は死神様に抱えられている。冷静に怪我をしていないか目で確認している辺り、慣れていた。私は流れるようにドジをして、そのたびに死神様は素早く反応して助けてくれる。


「そういえば、ドジっ子体質なのを忘れていたわね」

「ドジっ子……」


 これでも死神様と出会ってからは意識してドジをしないように心掛け、かなり頻度も被害の大きさも少なくなっていたが、周囲にとってはた迷惑なのは変わりないのだろう。


 言い得て妙だと思いつつ、嫌われないか不安になって顔色を見る。現段階ではそのような雰囲気はなく、困った止まりであるのを安心して、死神様に抱えてもらったままなのを思い出した。急ぎ自力で立とうとすると、死神様ががっちりと強い力で抱えられていてできない。


「あの、死神様……?」


 距離が近くて恥ずかしいので、離してもらいたいのですが。

 だが私の心情に反して、死神様は思いもよらぬ行動をとった。


「掴まっておけ」

「!?」


 揺さぶられて、死神様の服を掴む。皺になってしまうと思うが、どうやら死神様は私を抱えたまま移動していて離せそうにない。


「な、なんで? 歩くことぐらいできます!」

「病み上がりだ。玄関に行くまでに、何回転ぶつもりだ?」

「う……重いですよ!」

「この程度、どうにも思わない」


 死神様は本音からそう思っているようで、平気な顔で前を向いて歩いている。それをいいことに、私は一方的に死神様の顔をじっと見つめた。


 深い紺の髪は癖がなくストレートで、瞳を隠せるほどに長くしている。視界を確保するために窺っている瞳は金色で、初めて出会ったときの夜空を連想させる。嘲笑っているとさえ思った三日月は、死神様を表す三日月に変わることになった。金色の瞳に死神様の鎌の形。

 今では憎く思うことなどない。吸い込まれるような魅力のある死神様に、私は何度だって見惚れてしまう。


 至近距離ということで肌がきめ細やかという発見をし、長く見つめてしまったのがいけなかった。射抜くほどに真っすぐな視線が向けられて、私は素早く両手で自身の顔を隠す。


「……どうした」

「これはその、えっとですね」


 見惚れていました、だなんて言えるはずない。

 言い訳も思いつかず口をもごもごとしていると、ふっと息を漏らすのが聞こえた。指の隙間を開けると、私は笑われたらしい。ほんのりと頬が上がっているようだった。


 正面から見たかったな。

 そう思うのは、死神様が笑ったところを一度見たからだろう。


 看病されているときだった。弱った私を、死神様は甲斐甲斐しく世話してくれた。汗を拭ってくれたり、栄養のある飲み物をくれたり。濡らしたタオルに代わる、冷却シートなるものも額に張ってくれた。

 これがとても冷たいのだ。張る瞬間はまさにそうで、身構える私が面白かったのか、死神様は笑った。


 彼は表情が硬く、笑みだけでなく柔らかな表情すらしてこなかった。貴重な表情を見ることができた私はあっと驚いて、その隙に冷却シートを張られることで小さな悲鳴を上げることになる。

 追加でくつくつと笑われて、次には『ほら、もう寝ろ』と柔らかな声に手で塞がれた視界。肌に触れそうで、触れることはなかった。気軽さのない配慮した関係であるが、これまでよりその距離は縮まっている。


『死神様は、ずるいです』


 死神様の優しさは病人の私を甲斐甲斐しく看病するため、分かりやすく表面に出ていた。それだけに留まらず、寡黙と硬い表情と曝け出さない本心を綻んで、数々の一面を知らされる。



 もっと知りたい。もっと見たい。

 罪人で人間である私には、叶わない願い。それでも限られた時間で少しでも、と願うのは罪に罪を重ねることになるのかな。


 抱えられていたことでドキドキと胸が高鳴るのが、死神様の腕から下ろされることで多少落ち着く。そうならなかった部分は、手で掴んでしまった部分の服の皺を気にすることで誤魔化した。


「いってらっしゃい。お仕事、頑張ってくださいね」

「……いってくる」


 ああ、より文字数が多くなった言葉。

 死神様が心を許して距離を縮めてくれて、私は『もっと』が強くなる。




「随分と親しくなったのね」

「そうですね。寝込んでいる間でも、色々話をしましたから」


 他にもおかゆという米で作った手料理を食べた。死神様は家事も一通りできるらしい。私がいることでブリギッテさんもいるだけで、元々は一人暮らしだったのだ。

 ドジがなければ私も家事はできるが、中世の時代の人間である私は見たこともない食料や調理器具と新しく学ぶことばかりだ。この狭間では家事ができるとは言えない。


 そんな私が教えてもらって作ったクッキーを、死神様は全部平らげてくれた。寝ている隙の出来事を思い出していると、ブリギッテさんが小さく呟く。


「…………あんな主様、初めて見た」

「え?」


 聞き取れなかったので問いかけるように反応するが、ブリギッテさんは考え事に集中していて気づかない。その真剣な雰囲気に不穏さまで感じた。心配している私に、ようやく気を取り直したブリギッテさんが「なんでもないわ」と軽く手を振る。


「それより寝室に戻るわよ。私も主様みたいに、抱えてあげた方がいいかしら?」

「大丈夫です! 一人で戻れます!」


 揶揄われていると分かっているが、本当に抱えられることがないように慎重に足を進めることになった。無事ベッドに入ることができた私だが、ひたすら寝ていたことで眠気はない。


「少しだけよ」

「はいっ」


 それを察したのか、ブリギッテさんがベッドの横に置かれている椅子に座ってくれる。身を起こすことまでは許してくれないので、私は横になって顔をブリギッテさんに向けて、ブリギッテさんがいなかった死神様に看病されている間のことを話す。


「主様って細かいというか、真面目よね」


 死神様の絶対安静という甲斐甲斐しい看病をそう評するブリギッテさんだが、熱が出始めたときの彼女も似たようなものだ。昼食後に突然倒れた私を、事前に気づけなかったことに後悔しつつ、テキパキと抜かりなくすべきことをしてくれた。足りないものがあれば、走って買い出しにも行ってくれた。


「真面目って言うなら、フィロメナもそうよね」

「そうですか?」

「そうよ。率先して家事に取り組んでくれるじゃない。主様の分までね」

「お世話になっていますから……少しでも役に立ちたくて」

「私たちの都合もあるんだから、気にしなくてもいいのに。私だったら、所々手を抜いちゃうわ」


 明るい雰囲気もあるが、お茶目な発言もブリギッテさんが親しみやすい理由の一つだ。こういうところで、私もくすりと笑いを誘われる。


「元の世界でも同じ感じだったのかしら? 真面目すぎて、同じように体調を崩していそう」

「丈夫な体だったので、熱が一回出ただけですね。その分、生傷は絶えなかったですが」

「それは、ドジで?」

「はい。知っての通り、よく転んだりしますから。それでたくさん、教会の皆には迷惑をかけて……」


 私も含めて孤児ばかりで、生きていくにも大変な状況でだ。それでも全員よくしてくれて、それなのに私は。


 自身の罪深さに感傷的になって、話が途切れる。黙ってしまったことに、ブリギッテさんが気遣って明るい調子で言った。


「少しといって、だいぶ話したから疲れたでしょ。ゆっくり休んでちょうだい」


 洗濯物を干したり、掃除したりと家事があるので、ブリギッテさんは引き留めることはしない。まだまだ眠気はこないが、横になって昔のことを考えていれば、いつの間にか寝てしまっていた。





 目が覚めたのは、ブリギッテさんの声によるものだった。

 私に向けられたものではなく、誰かと言い争いをしている。張り上げた声に異変を感じて、彼女の姿を辿る。


「ブリギッテさん……?」


 玄関先にいて、私に背中を向けているところを呼びかける。


 なぜ扉越しに話をしているのか。そのときは寝ぼけていたようで、私がいるから家の中に招くことができないことも分かっていなかった。迂闊に寝室から出てきた私に、ブリギッテさんは振り向き―――バンッという音と共に何かが飛んでくる。それは破壊された玄関の扉の一部だった。


「ったく、埒が明かねえんだよ。帰れ帰れって、死霊のくせに何様だ」


 男は自ら破壊した扉に顰めっ面眺め、次に立ち尽くす私を見つける。


「新しい死霊か?」


 まだ人間だとはバレていない。見た目上は同じだが、人間の私と違い死神様や()()にとってもどこかでその違いは分かってしまうかもしれない。


 深紅の髪と漆黒の翼が目を引いた。翼があるという身体的な特徴から、最低限の知識として教えられていた死神様の他、天使や悪魔がいるという内の悪魔と判断する。

 近づいてくる悪魔に私は隠れようとするが、先ほどに暴力が私にも向けられるのではないかと怯えて足が動かない。


「いや、死霊じゃねえ? まさか、お前――」


 悪魔が瞠目し、私はその言葉にビクリと体を震わす。もう、バレてしまった。


 伸ばされた手を前にしても、動くことはできなかった。だから真正面から悪魔を、その後ろから迫るブリギッテさんも見ることになる。


「歯向かうつもりか?」

「先に手出ししてきたのは貴方でしょう? 主様の家に無理やり侵入してきた輩は排除させてもらうわ」


 悪魔が自身の翼で防ぐのは、ブリギッテさんの高く振り上げられた脚だ。その脚は蒼炎に包まれているが、焼かれた痛みなどなさそうに次の蹴りを仕掛ける。悪魔は苦も無くただ面倒くさそうに相手をするが、ごうごうと強く燃え上がる蒼炎に合わせて表情を歪めた。


「ちぃ――っ。あいつ、使役した死霊が戦闘面まで優秀だとは聞いてねえぞ! そのうえで随分と力を分け与えやがって」

「お褒めいただき光栄よ。でもそう言うなら、早々にくたばってくれていいのに」

「悪魔の意地ってもんがあるんだよ。死霊なんかに負けてられるか!」


 激しい戦闘が狭い廊下で繰り広げられる中、私はその場に座り込んでいた。

 いつ巻き込まれてもおかしくはないのだが、打ち合わされる衝撃の余波が来るだけで怪我はない。


「は、離れないと」


 巻き込まれることになるし、なによりブリギッテさんの努力が無駄になる。彼女は私を守るために、悪魔を引き付けてくれているのだ。私の正体に気づいたために、話し合いのよりなく戦闘になって、その邪魔をしないためにも今すぐに離れなくてはならない。


 でも、それだけでいいの? 怯えて守られているだけで、本当に?


 意志は私に力をくれた。動くようになった体で元いた寝室に駆ける。布団に潜り込み、隠れ過ごすつもりはない。ベッドの横に置かれたままの椅子を掴み、廊下に戻って叫んだ。


「悪魔は出て行ってください! でないとこの椅子、ぶん投げますよッ!」 


 ブリギッテさんがぎょっと目を剥いて驚き、悪魔は面白がってにやついている。とにかく戦闘はとまったことで、悪魔に狙いがつけやすくなった。


 話し合いで解決したいが、この言葉に応じないのなら暴力は辞さない。

 椅子を持ち上げ続けていることでプルプルと腕が震えていた。悪魔の答えを待つ間、気合で持ちこたえる。限界がすでに近い。



「バーソロミュー!」


 新しく玄関先から男が現れる。その一声は私に安心をもたらし、椅子を落とすように下ろす。じりじりと私の側に近づいてきていたブリギッテさんの手伝いにより、椅子はゆっくりと床に置かれることになった。


「アルフレッドか。邪魔してるぜ」


 死神様の名はアルフレッドらしい。そして悪魔の名はバーソロミューだそうだ。

 肉体の疲れが精神にも及んでいて、呆然と死神様の名を口の中で唱える。死神様らしい、素敵な名前だな。


 ふわふわとした思考は、死神様がバーソロミューの服の襟を掴んだことで吹き飛んだ。


「なぜこのようなことをした」


 濃厚な死を発していて、その怒りが私にまで伝わってくる。初めて死神様アルフレッドが恐く感じた。


「俺に隠し立てするからだろ。しかもそれが人間だなんてな」


 バーソロミューが悪びれることなく、泰然と言い返す。ブリギッテさんとの戦闘以上に、緊迫とした雰囲気が流れていた。


 ……私のせいだ。


 死神様が更に殺気立つことに、私は今すぐに消えてしまいたくなる気持ちに駆られた。


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