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第57話 始まる裁判と王の鍵

 グランヴェンシュタイン城、領主謁見の間。

 玉座に座ったハーヴォルド伯爵がまじまじとミナの顔を見て驚きの表情を浮かべる。


「まさか……ナジェラーダ家のご令嬢が生きていたと? グァバレア卿、彼女は間違いなくミナティリア嬢なのですかな?」

「さあな。儂はそのつもりで当家の庇護下に置いていたが、考えてみれば本人がそう言っただけで何の証拠もない。あるいは、儂も騙されていたのかもしれん」


 ハーヴォルド伯爵の問いに、辺境伯はしれっととぼけた答えを返した。


 こいつ……あの晩はあっさり認めた癖に……!


 貴族は平民より量刑が軽くなる傾向にあるから、ミナを確実に死罪にしたい辺境伯にとって、彼女が貴族であるのは都合が悪いのかもしれない。

 もちろんクラルゥもハーヴォルド伯爵に口添えしてくれたけど、当の辺境伯が「騙されていた」なんて言いだしては、元々の前提が崩れてしまう。


「ミナティリア嬢。私のことを憶えておいでかな? 確かそなたが三つか四つの頃、王都の宮中でご両親に連れられたそなたに会っているはずだが」

「……申し訳ありません。幼い頃のことなので……」


 ミナは申し訳なさそうに頭を下げる。でも三つか四つの頃に、遠い別の街で一度だけ会ったことがあるだけの大人の顔なんて、憶えていなくても無理はない。

 伯爵も咎めるようなことはせず「まあ、そうであろうな」と玉座の背に身体を預けた。


「残念ながら私も幼い頃のミナティリア嬢としか面識がない故、今ここに立つそなたが本当に彼女なのかは断定できぬ」

「そんな……」


 とミナは抗議しかけるけど、やめた。

 先ほどから両親であるナジェラーダ夫妻や、ナジェラーダ領のことなどを色々質問されたものの、ミナが両親と一緒に故郷で暮らしていたのは十年前。彼女が四つか五つという年頃までだ。

 答えることができたのは朧げな思い出ばかりで、そのどれもがミナをミナティリア・ナジェラーダだとする決定的な証明にはならなかった。

 彼女にもそれが分かっているんだろう。


「故に、此度の沙汰においてそなたはいち平民として裁かれることになる」


 ハーヴォルド伯爵は厳粛に、宣言した。




 王都からの帰還途中にあったハーヴォルド伯爵は、その道中で領都襲撃の知らせを受けたそうだ。

 そこで馬車から降りると自身で馬を駆り、数名の護衛だけを引き連れて帰路を急いだのだとか。

 結果、伯爵の帰還は想定していたよりだいぶ早いものとなった。


 ハーヴォルド伯爵には既に、クラルゥからミナに関わる一連の事件について、詳細を伝えられている。


 魔獣は無事撃退したとはいえ事後処理が残っているから、本当はこんなことをしている場合じゃないんだけど、辺境伯の強い希望でミナの罪を裁く場が設けられたのだ。



 そして、それは俺たちにとって非常に都合が悪い。

 まだリナは戻ってきていない。辺境伯の不正を告発し、ミナを救う証拠は手元に届いていなかった。



「……両者の話を聞く限り、確かにグァバレア卿の主張には不可解な点がいくつかある。屋敷の財宝とて無造作に飾られているものばかりではない。特に、卿は屋敷の地下に造らせた金庫室を日ごろから自慢しておられましたな。誰でも持ち出せるものではない」

「ふん、金庫の鉄扉とて獣侵領域の魔獣にかかれば紙屑も同然だ。大方、魔獣に破られた後から持ち出したのだろう」

「ふむ。ミナとやらの言い分には証拠となるものがない。そなたが罪から逃れようと、グァバレア卿の密輸関与を偽証しているだけだとされても、反論できまい」

「……はい」


 それぞれの主張を聞き、いくつか質問を投げるハーヴォルド伯爵。それに対して辺境伯はもっともらしい答えを返す。

 対してミナは、そんな辺境伯の主張を覆すことができないでいた。


 物的証拠が無いこちら側は辺境伯の証言を崩すことで――その矛盾を突いたり、不可解な点を指摘することでしか勝ち目はないのに……。


 ここはやはり、この問題における最大の謎を議題に挙げるしかない。


 ミナの背後に控えていた俺は、一歩前に進み出てハーヴォルド伯爵へと一礼する。


「伯爵。私から発言させていただいてもよろしいでしょうか?」

「……そなたは?」

「私の友人、ウォル・クライマーです」


 辺境伯が口を挟む前に、クラルゥがハーヴォルド伯爵にそう伝える。


「そして彼女、ミナさんの仲間でもあります。例の事件があった際、彼女を取り押さえたのもウォルさんです。人柄は私が保証します。仲間が公正な裁きを受けられるよう、お伝えしたいことがあるのでしょう」

「ふむ……」


 ハーヴォルド伯爵は観察するように俺を見る。

 すこし緊張するけど、すぐに「申してみるがよい」と許可が下りた。

 俺は再度一礼してから発言する。


「この事件、財宝の持ち出しが辺境伯の指示によるものだとしても、彼女の窃盗によるものだったとしても、明らかに不可解な点があります」

「ほう、それは?」

「いち冒険者が単身で獣侵領域へ向かい、無事に戻って来ていることです」


 そう言葉にした途端、辺境伯が物凄い形相で俺を睨んだ。

 怒りじゃない。驚愕と恐怖と焦りに歪んだ顔だ。


「ふむ……確かに、単身で獣侵領域へ乗り込むなど正気の沙汰ではない。まして無事帰るなど、どれほどの幸運に恵まれたものか分からんな」

「それが幸運ではなかったとしたら?」

「……なんだと?」


 ハーヴォルド伯爵は怪訝そうな表情を浮かべた。


「申し上げます。なぜ彼女が単身で獣侵領域へ乗り込み、生きて戻ってこれたのか。それは何者かが魔獣を操り、意図的に彼女の行く道から退避させたためです」


 俺がそう言い放つと同時に、その場はどよめきに包まれた。

 ハーヴォルド伯爵だけでなく、室内に控える騎士たちも戸惑いを隠せない様子だ。


 そんな中でいち早く口を開いたのは、辺境伯だった。


「くっ、くだらんっ!」


 語気を強めて否定する辺境伯。だけど傍目からも見て取れる動揺っぷりだ。


「魔獣を操るだと? そんなことが、可能なはずあるまいっ!!」

「まあお待ちくだされグァバレア卿。ひとまず彼の話を聞こうではありませんか」


 憤る辺境伯を宥めるように言うと、ハーヴォルド伯爵は「それで?」と続きを促す。


「その事実に気づいたのは、彼女……ミナが第五層の屋敷を行き来しているという話を聞いたことと、もうひとつ。今回の魔獣たちの大移動(スタンピード)があまりにも不自然なものだったからでした」

「不自然?」

大移動(スタンピード)の原因になったのは槍猪(パイクチャージャー)本来最終防壁(フロントライン)の外側にはいないはずの魔獣です。この槍猪(パイクチャージャー)が森から大量の魔獣を追い出し、結果として街が襲われました。その数は約二〇〇〇体です」

「二〇〇〇体……? それにしては、人的損耗はほとんど無かったと聞いているが?」

「お父様。それは戦士団だけではなく、ここにいるウォルさんを始めとした冒険者の方々、そして何よりミナさんが街を守るため戦ってくれた結果です」

「なるほど」


 まだ防衛戦についての詳細な報告を受けていないんだろう。それだけ辺境伯が強引にこの場を設けさせたということだ。

 ハーヴォルド伯爵は二〇〇〇体という数に驚いた様子だったけど、娘であるクラルゥの話を聞いて、ひとまずは納得した様子だった。


「そなたの言いたいことは分かった。一体の魔獣によって動かされたにしては多すぎるな。それで、何者かが意図的に魔獣を操っていると考えた、と」

「はい。それならミナが度々獣侵領域へと足を踏み入れ、無事に戻ってこれた理由も説明できます」

「ふむ……」

「そして今回の魔獣襲撃によって、俺……私たちは彼女の無実を証明するための時間が奪われました。獣侵領域の行き来と魔獣の襲撃……そのどちらもが、辺境伯にとって都合の良い出来事です」

「なっ、何を抜かすか貴様っ!!!!」


 辺境伯が喚いているけど、そんなことは気にしない。


 俺の話を聞いたハーヴォルド伯爵は、何かを考え込むように目を閉じた。

 数秒ほどそうしていただろうか。やがて目を開けた伯爵は「ウォル・クライマーに尋ねたい」と俺に声をかける。


「仮に、グァバレア卿……ないしその周囲の人物が、魔獣を操る力を持っていたとしよう。ならば、なぜ彼らはその力で自らの領地を奪還しようとしないのだ?」


 ハーヴォルド伯爵の問いに、その場の視線が俺に集中した。


 たしかに、それは俺も疑問だったことだ。


 もし、辺境伯やその仲間が魔獣を自在に操れるのだとしたら、そもそもミナにちまちまと財宝の回収なんてさせる必要がない。

 その力をもって領地そのものを取り戻したほうが、遥かに効率的だろう。財宝は無事手元に戻るし、領主としての地位と権力にも返り咲けるし、領地を奪還した栄誉も手に入るんだから。


 そうしない理由はいくつか考えられた。例えば、魔獣を操ると言ってもそこまで万能じゃない……操れる数や、距離や、時間に制限があるとかだ。

 とはいえ、そうした可能性はすべて推論でしかなかった。


 けれど、俺はこの疑問に対する答えを既に得ている。

 この領主謁見の間にくる道すがら、少し外れて辺境伯の仮邸宅まで足を運んでいたのだ。


 魔獣を操る存在と関りを持つ辺境伯が、自らの領地奪還に動かない理由。

 それは――


「それは辺境伯と『魔獣を操る存在』は、完全な協力関係にあるワケではないからです。彼らは――何らかの取引によって互いを利用し合っているだけみたいでした」


 俺の発言に、再びどよめきが起こる。


 辺境伯はすかさず「デタラメを抜かすな!」とがなり立てた。


 ミナ、ムル、クラルゥも驚いたように俺のことを見ている。

 何を根拠にそんなことを言っているのか? そう言いたげだ。


 彼女たちですらそうなのだから、他の人たちにとって、俺の話はさぞ妄想じみたもののように感じられただろう。

 端から見たら、俺はなんとかミナを助けようとして、有りもしない与太話を振りかざしているように見えるかもしれない。


 そしてハーヴォルド伯爵も同じことを思ったらしい。


「……そう考える根拠は?」


 問いかける伯爵の眼光が、やや鋭くなった気がした。

 無理もない。


 でもこれは賭けだ。

 俺は怯むことなく、その問いに対する答えを返す。


「先ほど、辺境伯が住んでいる邸宅に鳥の魔獣を従えた男が現れたのを目撃したからです。その男は友好的な態度ではなく……辺境伯から『鍵のようなもの』を受け取り、立ち去って行きました」


 それを横で聞いていた辺境伯は「なっ、なっ、なっ……」と言葉を失い、驚きのあまり目を剥き出して後ずさった。

 なぜ俺がそれを知っているのか分からず、驚愕しているのだ。

 当然だろう。奴の主観ではその場にいたのは自分とその男だけ。そこでの出来事が第三者に漏れるはずはないのだから。


 だけど、実際には見ていたし聞いていた。俺がじゃなくて、壁がだけど。


 壁には目も耳もあるってことを知らなかったのが、奴の運の尽きだ。


 そして――


「『鍵のようなもの』と言ったか……?」


 ハーヴォルド伯爵が、俺の証言に喰いついた。

 俺はすかさず答える。


「はい。青っぽい岩でできた、形は鍵そのものでした。ただ鍵というにはかなりの大きで、実際に何だったのかは、ちょっと……」


 それを聞いたハーヴォルド伯爵、そしてクラルゥも、驚きに目を見開いた。


 やっぱりだ! 彼には「鍵のようなもの」に心当たりがある……!


 残念ながら、俺にはその「鍵のようなもの」が何なのかは分からない。

 分からないけど、魔獣を従えた男はそれを受け取るだけですぐ帰っていったらしい。


 つまり、わざわざそのためだけに辺境伯を訪ねて来たということだ。

 それならかなり重要な品だったに違いない。


 だったら、もしかしたらハーヴォルド伯爵や他の貴族なら、その「鍵のようなもの」が何なのか知ってるんじゃないだろうか?

 そして、辺境伯が正体の分からない相手にそれを渡したという話に興味を持つのではないだろうか……そう考えた。


 正直、本当に興味を持ってくれるかは賭けだったけど、当たりだったみたいだ。


「今、そなたの話に出て来たのは、間違いなく『王の鍵』……その特徴だ」


 ハーヴォルド伯爵は重々しい口調で、「鍵のようなもの」の正体を口にした。

 俺に説明する、というよりは自分自身で考えを整理しているようだった。


「でででデタラメだっ! 儂は知らんぞ……!! こやつ、儂を陥れるためにとんでもないでまかせをっ……!! ハーヴォルド卿、騙されてはいかんっ!!」


 衝撃から立ち直ったらしい辺境伯が吼える。

 けれどハーヴォルド伯爵は納得しかねる様子だ。


「しかし……『王の鍵』の存在は一般に秘匿されている。それを何故、彼が知り得たと?」

「決まっておろうがっ! その小娘……ミナティリア・ナジェラーダも『壁の守り人』だ。そいつに吹き込まれたのだ。この小僧が知るはずのない『王の鍵』の特徴を言い当て、それを儂が『奴ら』に渡したと証言すれば……そなたを騙せるとなっ!」

「だが『王の鍵』については『壁の守り人』の跡取りが一三を迎え、成人した時に初めて知らされることになっている。彼女はその前に両親とは離別しているはずでは?」

「そんなことは分からんだろうがっ!! ナジェラーダの奴めが掟を破って娘に『鍵』の存在を知らせていなかったと、なぜ言える? もう少し考えてものを申せっ! これでは奴らの思う壺ではないかっ!!」


 叫びすぎてフーッ、フーッと肩で息をする辺境伯。けばったい紫のガウンはずりおち、その禿頭は汗と脂で光を照り返している。


 この過剰な反応こそ、奴に後ろめたいことがあるという証拠に他ならない。


 あとは、それをハーヴォルド伯爵がどう判断するか。

 すべてはそこに懸かっている。


 俺は緊張で鼓動が早くなるのを感じながら、ハーヴォルド伯爵の言葉を待った。


 ミナも、ムルも、クラルゥも、きっと同じ気持ちだろう。


 ハーヴォルド伯爵は目を閉じたまま、長い、長い沈黙を挟む。


 そのあいだ、誰も声を上げる者はいなかった。

 ただ辺境伯の荒い呼吸だけが耳に届く。


 やがて目を開けたハーヴォルド伯爵は、ひと言「そうだな」とだけ口にした。


 どっちだ……!?


 息をするのも忘れて待つ俺に、ハーヴォルド伯爵の視線が冷たく突き刺さった。


「そなたの話はどれも興味深くはあるが……そなた自身の主張だけで根拠に乏しい。そのような曖昧な情報では、グァバレア卿を罪に問うことはできぬであろう」


 それは厳格であり、冷徹な決定だった。


 ハーヴォルド伯爵の判断を聞いた辺境伯が、ニヤリと顔を歪める。


 対照的に、俺は無意識の内に自分の拳を握り締めていた。


 くっ……やっぱり推論と状況証拠だけで、貴族である辺境伯の主張を崩すのは難しいか……!


 勝つためには、より客観的な物証が必要だ。

 奴が確かに運ばれた財宝を手にしていたという証拠。それさえあれば辺境伯の主張は一気に崩せる。


 俺たちにとって、最後の頼みの綱となるのは――




「――失礼しますっ!」


 突然、謁見の間の扉が開いてソフィア団長が姿を現した。


「お話し中に申し訳ございません。こちらの方が、どうしても大至急お取次ぎをと仰られて――」


 そう言うソフィア団長の背後から姿を見せたのは、リナだ。


「……今は重要な話し合いの最中だ。用があるのなら、改めて出直させよ」

「それが……」


 ハーヴォルド伯爵の厳粛な言葉に、ソフィア団長は若干の緊張を見せながらも、背後にいるリナを指す。


「この子――彼女が、どうしてか領主代行の指輪を持っていまして……」

「何?」


 ハーヴォルド伯爵は怪訝そうにリナを見る。その指には、黒い円盤状の宝玉がついた、金の指輪がはまっていた。


 それは俺がクラルゥから受け取った「引換券」。

 万が一、俺やムルが防衛戦で負傷するなどして動けなくなった場合に備えて、彼女だけで登城できるように予め渡しておいたものだ。


 リナはてくてくと俺の元へと歩み寄ると、手にしていた紙の束――帳簿を差し出した。


「おかえり、リナ。これが?」

「うん」


 それだけ言うと、リナはぐっと親指を立てる。


 間違いない。やったんだ。

 俺はリナから帳簿を受け取ると、彼女の頭を撫でた。


 それから改めてハーヴォルド伯爵へと向かい合う。


「ハーヴォルド伯爵。ミナが辺境伯の指示で財宝を回収していた証拠を提出します」


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