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第34話 過去作成と調子者

 警告……つまり、何か毒を仕込まれたとかではないのか。

 俺は油断なく彼女に向き直った。


「……さっきも言ったけど、俺たちは君に危害を加えるつもりはないよ。信じてほしい」

「さっきも言いましたけど、そんなの信じられないでーすにゃ?」


 ですよね。あと可愛いなくそう。


 まずい。相手の攻撃手段がまったくわからないこの状況は危険だ。

 ここは四階だけど、最悪の場合そこの壁から飛び降りて脱出することも考えなきゃいけない。それだって無事逃げられるかどうか。


「……何かのスキルかな?」


 状況を打開するべく、会話を続ける。

 スキルの使用にはスキル(エフェクト)が生じるけど、その種類は千差万別だ。俺みたいに壁が現れるところが光る場合もあれば、ミナみたいに小さい武器だけが光ってそれほど目立たない場合もある。


 ハッキリ言って苦し紛れだったけれど、俺の問いを聞いたクラルゥは面白そうに笑った。


「気になりますか? そうですよね。でも普通、そうホイホイとスキルの詳細を話したりはしないものです。ざんねんでしたー」


 まぁそれはそうだろう。スキルによっては秘匿することこそ最大の武器になるものもある。

 と思ったんだけど――


「でも私は話しちゃいます! 私のスキルは《過去作成》――なんと! 自分にとって都合のいい『過去の出来事』を、何でも『あったこと』にできちゃうスゴいスキルなのです!!」

「え~……」


 話すんだ……。


 と呆れたのはさておき、それでもクラルゥが自慢する通りすごいスキルだ。

 いや、それが本当ならほぼ無敵の力だと言ってもいい。


 彼女が俺に気づかれず手のひらにピンを刺したのも、「手のひらにピンを刺した」という過去を作りだしたということなのか。

 それなら自分の思い通りに、目玉を刺した、心臓を刺したといった過去を作れても不思議じゃない。


 それが意味するところは、俺たちは絶対にクラルゥには勝てないということだ。


 ムルの《スキル封印》ならこの場を打開できるかもしれないけど、封印するには達成しなければならない条件がある。それは封印対象の血に触れること。

 ムルのレベルなら力ずくでもクラルゥから血を奪えるだろう。

 でも血を奪う前に《過去作成》でムルが狙われたら守る手段がない。そんな危険なことはさせられない。


「どうですか? どうですか! 自分たちが置かれた立場が十分に理解できたはずですよね? 分かったら無駄な抵抗はやめて今すぐゲロっちゃってくださーい。はい、サンハーイ?」


 これは……思っていたよりずっとまずい。

 得意気ににんまり笑うクラルゥ――既にこの場は、彼女によって支配されている。


「あの、よろしいでしょうか?」


 俺がどうやってこの場を切り抜けるか本気で悩んでいたところで、ミナの隣に座っていたムルが遠慮がちに発言した。


「ハイどうぞーっ。自白ですか? 告白ですか? 私は女の子が相手でもバッチコーイですよ!」

「ご、ごめんなさい。どちらでもなく質問です……少し気になったのですが、もし本当にそんなすごいことができるのでしたら、どうして先ほどウォル様と戦われた時に何もしなかったのでしょう……?」

「ぎくぅ――――!?」


 ムルの問いかけに、直前まで調子に乗っていたクラルゥが分かりやすく動揺した。

 言われてみれば、確かにその通りだ。


「そういえばそうね。さっき聞いた森で槍猪(パイクチャージャー)に襲われた時も、その力で切り抜けなかったのはなんでなの?」

「えっ、あっ、それはですね、えーっとえーっと……」


 ミナにも矛先を向けられ、クラルゥはしどろもどろになる。

 なんかこの光景見たことある気がする……。


「ウォル様はともかく、魔獣を相手に何かを遠慮する必要はないはずです。きっと、スキルで切り抜けようと思ってもできなかったんじゃないでしょうか?」

「うっ」


 狼狽えるクラルゥをさらに追い込むように、ムルが言葉を続けた。


 なるほど。


「例えば、もし本当に《過去作成》ってスキルが使えるとしても、それには何かしらの条件や制約があるとか……?」


 俺が例を挙げると、ムルは頷いて答える。


「はい。詳細は分かりませんが、少なくともこうして対峙している相手を一方的に害するようなことは、難しいのだと思います」


 確かに、それなら森でのことと浴場でのことは説明がつく。


 俺たち三人はクラルゥにじとーっと視線を向けた。彼女は目をぐるぐるさせながら「それはほら、あれですよあれ……」と要領の得ないことをつぶやいている。


 大丈夫? お風呂に入ったばっかりなのに汗がすごいよ。


 そうしてクラルゥを見つめることしばらく。彼女はあーでもないこーでもないと頭をひねっていたけど、やがて、


「あーっ、もう! わかりました、わかりましたよーーーだっ。私のスキルは『やるのに無理のない範囲』で、みなさんが見てる『現在の状況と矛盾しない』過去しか作れないんですぅーーーっ! ハイ、これで満足ですかっ?」


 開き直ったように喚くと、手に持っていたピンをテーブルの上に投げ出した。

 追いつめられるとすぐヤケっぱちになっちゃう性格みたいだ。


 でもなるほど。

「俺たちが見てる現在の状況と矛盾しない」とはつまり、俺たちの認識の外にしか「過去」を作れないということか。


 例えば、手のひらの傷はほとんど痛みなんてないし、俺もいちいちそこに傷があるかどうかなんて確認してなかった。だから、もしいつの間にか傷つけられてても不思議じゃない。それが「俺たちが見てる現在の状況と矛盾しない」ということ。

 ところが目や心臓を刺されて気づかないはずがない。今現在の段階でそれらが無事なら、攻撃されたという「過去」はその状況と矛盾する。だからできないのか。


「やるのに無理がない範囲」というのも、さっきクラルゥがあえて俺に近づいて来たことから、きっと実際にやるチャンスがないことはできないんだ。


 まとめると、彼女の《過去作成》は「やろうと思えばできたこと」かつ「やった場合でも他の誰かに気づかれたりしないこと」しか作れないということになる。


 そう考えると、どういう使い道があるのか悩むな……。

 あえてスキルのことを話したのも、ブラフのためだったのか。


「可愛い女の子を存分にイジメられて満足ですか? さー、煮るなり焼くなり好きにしちゃってください。あ、でもエッチなことはほどほどでお願いしますね?」

「いや、しないから」


 ほっぺたをぷくーっと膨らませて俺を睨むクラルゥ。

 ミナもムルもいるのにそんなこと、できるわけないじゃないか。


 追い詰められているんだかいないんだか分かりづらい態度に少し戸惑うけど、俺たちの立場はさっきも話した通りだ。


「君に危害を加えるつもりはないって言ったでしょ? 俺たちはその……辺境伯のことを調べるために来たんだ」

「! ウォルっ……!」


 隣でミナが声を上げた。


 でもきっと大丈夫。クラルゥはミナと同じで、あまり器用に嘘がつけるタイプじゃなさそうだ。

 俺たちの言い分を信じてくれるかはともかく、辺境伯と一緒になって何かを企んでいる風には、どうしても思えなかった。


 窮地を抜けてもお互いダンマリじゃ前に進まないし、ここは彼女を信用したい。


「辺境伯のこと……?」


 案の定、クラルゥは芝居がかった態度をやめて疑問の声をあげる。

 俺は彼女に最近の魔獣の異変、森で見つけた本来いるはずのない魔獣、それらに関係している可能性がある辺境伯の噂を話して聞かせた。



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