⑧セクター2の能面↓
血が噴き出している。心臓が跳ね上がる様に鼓動する。すごく痛い、とても苦しい。しかし眠気のせいか、この痛みにはリアリティが無い。そして俺は既に慣れていた、見慣れていた。これは俺がいつも見ている(見せている)幻覚の類。
俺は無い足を地に付き立ち上がる。無いはずなのに体重を支えている。やはり幻。幻覚は幻覚と認識できれば脆い。靴の爪先もやがて鮮明に見えてきた。バランス感覚はどうにも定まらず、膝から下に力が入らない。けれど二足で立てている。今のところは五体満足。しかし今度は腕が無くなる。失くなっては血を吹き、幻肢痛を伴ってまたジワジワと元に戻る。眠気と幻覚のせいか感覚が身体から乖離していく。幻覚への耐性がある俺ですら、波状攻撃のように発生する幻の連続に船酔いのような不快さを覚える。
「はぁア...!!」
疲れた。
『疲れた?!帰りたい!?』
目の前に、音も無く唐突に表れた子供程の大きさの"能面"が浮遊しながら声を出す。
「はぁ…?」
「のうめん?」「疲れた!」「疲れた!」「儂も!」「疲れた!」「疲れた!」「僕も!」「ケケケ!」「疲れた!」
六体ほど、1.5mはある能面に囲まれた。面だけが浮いている。その様相は明らかに敵。不気味な笑顔と嘲るような声色、弄ぶような雰囲気の中に明確な殺意が隠れている。
「疲れたねぇ。」「のうめん?」「疲れたねェ!!」「疲れたの!?」「殺せ」「疲れたに!!」「ちかづくな?」
ゆっくりと能面が近付いてくる。近付くにつれ幻覚作用が強くなり、全身の毛穴から血が滲んでくる。爪の中、耳の穴、涙や汗のように、鮮血がベタベタと身体に纏わりついていく。
――これも幻覚か。でも、本物だったらどうする……?
「ほんもの?」「ものほん」「ねむい」「つかれた?」「けけけけけけけけけ」「武竹多恵k手開けk堪え」「毛毛ケケけけあた……ああ乖あff」
能面の声の一部は、俺の心の声だ。読まれている。というより侵食されているような感覚。見透かさているのではなくて、思考と外界との壁が消えたような気色悪さ。頭が痛い。頭痛が強さを増していく。危害を加える素振りは無いが、これ以上近付かせてはいけない気がする。
――危険だ。
本能がそう告げている。




