⑥精神汚染
「精神汚染? ならトリガーは?」
間髪入れずにテツは答えた。
「時間。僕たちがダンジョンに干渉しない"キャラバン"に居た時間、他のみんなは外にいた。それ以外には特に相違点が無い。だって、敵がいたら分かるはずなんだ、僕なら……きっと。」
テツは焦っていた。自分の感知が及ばない仮想敵、転移の確定しないワッペン。下がり続ける外気。不確定要素があまりに多く散らばっている。それはまるで地雷の様に俺たちの動きを抑制する。
「テツ。」
俺は彼女の胸に付いた壊れたワッペンに、自分のワッペンを外してから軽く当てる。
「何?セクハラ?」
「ちげぇよ...、やめてくださいよ全く。これは恐らく再生機能だ。攻撃をした時に気付いた。俺のワッペンは、俺以外のワッペンで"壊れたもの"に対して魔力を送っている。無制限に修復する様に。そして逆に補充もされ続けている。知らない場所から延々と、ここまで繋がっている対流に乗るように。」
つまり機能的には、最後に転移することになるだろう。そういえばこっちへ転移された時も俺が一番着だった。なるほどそのことも今は合点がいく。それが説明されなかったのはセカイの私怨だろう、文字通り逆鱗。そして受付で各戦闘員が記したサインは俺にこの特殊な鱗を渡すための準備でもあった。
「――近付くなァッ、ほあぁあああああああああああ!!!」
――うるせぇ。
「仕方ないな。」
俺は三人に近づきそれぞれの首をダガーで刎ねる。しかし彼らの叫びは止まらない。。数秒経ち、壊れたように叫び続ける3人は次第に身体が透け始め、やがてこの世界から完全に消えた。幻覚に幻覚を重ねても転移が始まる。死亡を誤認したのは安全装置である鱗の方かもしれない。
「もし時間が要因なら早い方が良い。魔力は有限だ。補充されてるだけで使えば減るし底が有る。」
「どうするの?」
「先に転移してもらう。もう一度ワッペンが壊れればまた時間が伸びるから、ここには俺一人が残る。」
「ナナシのリスクが高い。」
――ごもっとも。しかし、お前とは役割が違う。
「俺は飽くまで護衛役だ。お前らが転移できない時間の方が怖い。」
「おい!さっきと言ってることが違うぞ。自分が一番だって言ってただろ!!」
アラタが吠える。まぁ素人は黙っとれ。
「はぁ、優先順位?守ってるさ。なんせ俺は死なないからな。最優先は仲間だ。」
「なっ……。」
アラタは言葉を失う。
「こういう奴だよ。」
テツはため息を吐くとアラタに自分のワッペンを差し出し交換させた。アラタのは元来非戦闘員向けのワッペンだ。上手く治っていれば直ぐにでも転移が始まるはず。
「武器出すでしょ?手伝うよ。」
テツはそういうと俺を催促して、俺が両手の指で作った長方形から、小指を抑えて顔を上げた。両小指を抜いた八本の指で作る四角形の印。不思議なことに、これが俺たちの武器庫と繋がる。
「何が出るかな?」
「――カフェインが欲しい。」
「ナナシには効かないでしょ。」
「気分は上がるんだ。」
そう言いながらエルノアに噛まれた傷跡を目に焼き付け、そしてそっと瞼を閉じ腕に力を入れる。環境は異質で現状はカオスだ。しかし、テツの声色はいつも通り落ち着いている。冷静さを伝播させるように、「大丈夫。」と言葉を使わず伝えてくる。俺の不安はそうやっていつも霞んでいく。
「不思議な気分になる。これを使うと、負ける気がしなくなる。」
魔法の内情はただのワープゲートである。しかしながら、この魔法には思い入れが有る。
「それが油断じゃないことを祈るよ。」
噛み傷に残留したエルノアの魔素が活発化し、指先までに熱さを広げる。
――準備は、万端だ。
『扉魔法・死角併用八角=プロミスヴァウト』
指で囲んだ空間は決められた場所へと繋がり、俺たちの重要な装備や宝は、隠された武器庫から取り出せるようになる。それが扉魔法と言われる特殊魔法の第四角裏使用=死角。そして第八角:プロミスポータル、距離を空間を問わず接続する究極のワープゲートの併用。エルノアの噛み後からは血が漏れ出しヒリヒリと痛みを増していく。
「テツ、何が見える。」
作り出したゲートに手を入れ、テツが中身をまさぐった。
「あぁー。なんだろ、これは“過去一”の当たりかも。」
「過去一?」
本来は俺の魔法ではないこの扉魔法から出せる武器は、多くても二つ。それも転移する武器の保有魔力量や大きさによってまちまち。しかも転移出来るものはエルノアが選んだものに限られる。猫の手で変わってしまう重大な匙加減である。
しかし、今回エルノアが用意した物。それを渡された俺についての心境を例えるならば、金の延べ棒で出来た大凶の神籤とか、離婚の慰謝料で積み上げた札束とか、そういった類のおおよそ複雑な、悲しくなるような、喜んでいいのか悩ませるものであった。




