④隕石の街
{メテイル王国・近郊の樹海}
「うむ。完璧だ、スパイが良くやってくれたらしいなぁ。」
巨神兵と呼ばれるゴーレムの肉壁が、防備を整え切った兵士らの後ろで仁王立ちする。圧倒的な守りの堅牢さ。用意周到な迎撃態勢。数の暴力を体現したメテイルの様相を前にして、ベイルは膝から崩れ落ち、言葉を失っていた。
「ス……、スパイがいるって....」
「あぁ、そうさ。私らの中には内通者がいる。」
メテイル王国を覗く樹海の中で、40人の兵士を背に絶望に暮れる。ベイルたちの練り上げた奇襲作戦は、王国に筒抜けだったのである。
「な、なんで裏切りなんか……。」
「あっあー。ごめんごめん。」
しかし、間を刺すように口角を緩めたのは、スパイの存在を断言したナナシであった。
「裏切りじゃないよ。情報を流させたんだ。『肉を切らして骨を断つ』じゃないけれど、僕らが攻め入ることくらい教えてやっても良いと判断したのさ。オリバーに。」
「団長っ……、じゃなくて隊長。総員準備が出来た。」
「――まったくカンル君。君は昨日から間違い過ぎなんだよ。まぁ良いけどさ。」
ナナシは笑う。
「じゃあ手筈通り。総員、オペレーションAlpha:Ⅲ《アルファ=スリー》、対象を殲滅せよ。」
『了解ッ!!!』
掛け声に合わせ。隊員の前方にゲートが現れる。20名の内半数は絨毯やら箒やらに跨ってゲートを潜り、もう半数は地に足を着きながらゲートを潜った。
「ナナシ何をするつもりなんだ……?」
「あぁ、失敬。作戦は最高機密ですからお教えしなかった。えっとずばり、提示されたモノ、確か『極力民を傷付けず、反乱分子と中枢機関を制圧する。なお民兵はその限りでは無い。』だったか。中々にハードな条件をクリアするために我々は伏兵を送り込んだ次第であります。まぁ見てれば分かるさ。5分後に僕らも動くから準備をするように。」
「僕らって!カラビナはもう君しかいないじゃないか!!」
「まぁまぁ、素人は黙っとれってねー。傍観者になりゃいいのさベイル。」
不敵な笑みを浮かべ微動だにせず立ち尽くすナナシ。メテイルの城壁の周りでは幾多の爆破が巻き起こり、巨神兵たちが熱光線の応酬を飛ばしていた。
「あれがオーパーツか……。」
それから4分30秒の間。ナナシが発した言葉はそれだけであった。
・
・
・
・
・
「――もう良いかい?」
「あぁ。」
ナナシが呟き、何処からともなく聞こえた返事を合図にナナシが振り返る。
「行こうか。」
「え?」
そしてベイルが息を呑む間も無く、辺りは景色を変え、流れゆく風はピタリと止んだ。絢爛豪華な装飾が、カーペットから花瓶から建物の柱にいたるまで、ありとあらゆる所に繊細に施された贅沢な空間。ベイルにとっては見慣れた場所であった。
{メテイル王国・王宮の南塔三階}
「やぁ!(よっこら)」
ナナシが楽し気に手を挙げ、ベイルは執事と共に言葉を失っていた。
「こ、ここは……。」
「さぁベイル、仕事の時間だ。アレが反乱軍を牽引したリーダーで間違い無いんだね?」
目の前に、腰を抜かしたように倒れ込むのはスキンヘッドと白髭を豊富に蓄えた高級ローブの二人組。そしてナナシらの突然の転移にも物怖じせず立ち尽くす小汚い男。
「――オッ、オルテガっ!!貴様っ、なんだ彼奴らはッ!!何とかしろッ!!」
「えへっ、オルテガって、君。そんな名前使ってたのかい?オリバー。」
ナナシは笑ってその男を見る。
「あぁ、咄嗟に出た。私も自分が疑わしいよ。まさかオルテガだなんてっ……ふふ。」
オリバーと呼ばれたその男も笑う。
「ナナシ。あ、あいつらは確かに、メテイルに隣接する小国家の将校たちだ。だ、だが説明してくれ。一体何が起こったんだ。」
「オルテガッ、貴様答えろッ!!」
問い詰められた二人は息を合わせた様に笑い距離を詰める。
「おっとこれは、初めましてみなさん。私は『カラビナ』と呼ばれる本日この国を攻め入った小隊の隊長。短い間でしたが、どうも。いやはやまさか、隊長にもなったのに上司が斥候を頼むもので……。」
「――裏切りおったな貴様ッ!!」
「二日三日の付き合いで、信じるべきではないでしょう。」
「信じたくなるのも無理は無かった……かな?」
ナナシが会話に口を挟み、ベイルに説明してやる。
「出来たばかりの反乱軍新興国家で、体制も盤石でない所に敵が来る。しかしその行軍スピードから侵攻の日付までを言い当てる者がいれば、疑わしくも利用する他に手はない。それから練られた防衛戦術は4分余りの間見事に機能した。初めは北防壁の破壊工作。それから西門の誤作動。オリバーの言う事は一言一句正しかった。そして安全な場所は南の防壁近くかな?『……ここなら敵は来ないでしょう。』ここまで戦略が噛み合えば、オリバーのそんな言葉ももはや疑う余地はない。」
ここまで7分足らず。巨神兵と呼ばれるた最強の防衛兵器を有したこの国が、たった七分でその喉元に刃を突き付けられている。そのあっけない事実に、ベイルは絶句した。
「人の弱みに付け込み、己の強さを押し付けるのが争いってものさ。」
「――ふざけるなァ!!」
スキンヘッドの様子が変わる。白目を剥き出し、背中は老婆のように曲がり、左右の五指は意識を持ったかのように機会に折れ曲がり、動く。
「バ、バロン……?貴様、オルテガッ!!バロンに何をしたッ!!」
「オリバ?」
「いや……、何も。」
オリバーはナナシの方へ向き首を傾げる。
「ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな……、教会の裁きを神々の天誅をぃ……貴様ら如きが手にしていい力では無い、貴様ら如きの傀儡ではないッ...、我らの意志を神の怒りを神の御霊を神の御加護を神の神の神の神の神のッ、かみかみかみかみかみかみかみかみかみかみかみィッ……」
スキンヘッドの男は白目を剥き、吐しゃ物を垂れ流しながら呼吸も挟まず呟きを続ける。
「なっ、どうしちゃったの……。かみ?いやいや、ワカメとか食って頑張ろうぜ。」
「――裁きをッ……!!」
刹那。スキンヘッドの男の穴という穴から光が漏れ出し、体内に殺気が収束する。
「――サテラッ!!」
オリバーは咄嗟に叫び、ナナシは舌打ちを飛ばして手の平を打ち付けるように合わせた。
――バシィッッ!!!
快い拍手の音と共に景色が移り、メテイル王国の南門正面へ一行は姿を現した。前方には崩れ行く南塔と、それを押し返すように岩の塊をぶつけるルイザの姿が見える。
「カンル。」
一行の後方には南壁付近に避難していた市民が光の輪を潜り、一人、また一人とその数を増やしていった。
「殿だ。あれが最後。一体何が起きた?」
カンルの問いかけにナナシは首を捻る。
「さぁ……。」
不可解な状況は現在進行形で視界に映っていた。崩壊の起きた南塔からは、滝のように赤い液体が漏れ出している。まるでダムが決壊したかのように、液体が巨大な塊のように、一気に外へ放り出され、流れ続けている。
「祭壇だ……。ナナシッ!!」
ベイルが叫ぶのと同時に、メテイル王国を取り囲むように配備されていた巨神兵らが――ブォオオオオ!!と、大地を揺らすほど低く巨大な咆哮をあげる。
「……うっ、るさ! ……え、なに?祭壇?!」
「そうだ。巨神兵はメテイルにある神殿の祭壇から、君主の血を捧げて動かすんだ。仕組みとかは分からない。けれど代々そうしてきた。命令の大きさによって捧げる血肉の量も変わるっ!!あれが贄だとすればっ!!」
ベイルは、かつてないほどの剣幕でナナシに詰め寄って叫んだ。
「何が起きるか分からないっ!!」
「はっは、まっさか~。あぁー、帰ってキッシュ食お(ペコペコ)。」
「――現実逃避しないでよっ!!」
ナナシは「ゲッ」とウンザリしたような顔をして、メテイル王国を見つめた。
「じゃあどうすんのさ?」
「祭壇を壊すしかありません……。」
ベイルの執事は、割れた丸眼鏡の中から淀みの無い瞳でそう言った。
「神殿学者が古代文字解読した文献を読んだことが有ります。ただの学説に過ぎませんが、祭壇を壊せば巨神兵への命令が止まる。伝達までには時差が有るのです。」
「へぇ、壊せばいいのね。簡単そ~。」
ナナシは思ってもいない言葉を真顔で呟いた。
「簡単では御座いません。命令伝達中、巨神兵に並行で下される単純命令が一つ。敵対者を排除しろと。」
「うえ~っ。」
「それに神殿地下にある祭壇の大きさは、さっきいた王宮の部屋よりも大きいんだ。ナナシ、もうこの国は止まらないかも知れない……。」
「というと?」
ベイルは俯きながら、その問いに答える。
「あの神殿には王国が出来るよりも前から、土着信仰が根付いているんだ。それも絶対主義な一神教。自らの教えを、その兵器を、過信してやまない傲慢な教義。父上も頭を悩ませていると言っていた。彼らは自分たちの地位に不満を持っていると。」
「へぇ~、めんどくさッ。」
ナナシは楽観的な態度で、耳を掻きながら言った。
「難儀だねぇ。まぁ何にせよ、僕らが出来ることはもう二つしか無い。その判断を"現王様"である君に委ねるよ。大勢の民の前で、君の責任で、君の覚悟で、君の意志に問いてみることにするよ。」
ナナシはベイルに振り向き続ける。
「1.今から安全な所まで撤退する。2.国を滅ぼしても良いなら、この『カラビナ』に祭壇を壊させる。」
それは究極の選択だった。ベイルは大勢の避難した民を見渡す。彼らの故郷が自分の一声で消えるかもしれない。しかしそう頭を過った時、すでにベイルは答えを出していた。そう彼は気付いていたのである。もし結果が同じであるならば、問われているのは責任と覚悟だけであると。
『祭壇を壊してくれ。メテイルの民を世界の敵にさせたくない。』
「そうか……、聡明な王だね。」
ベイルにそう言い残し、合図を送る。
「ならば、ことが済めば私たちは姿を眩ますよ。義勇軍とは言え、民間施設を壊したら問題に成っちゃうからね。実に、歴史とは都合の良いように歪曲される。つまりここでお別れだ。」
爆炎が立ち込める故郷を睨み、箒や光の輪っかに乗った20人の精鋭たちが、遥か上空へ浮かび上がる。
「出来るのか?ナナシ。」
「まぁね。一国を滅ぼすくらい簡単さ。最強だもの。」
「頼もしいな。」
ベイルは呆れた様に笑い手を差し伸べた。ナナシは快くその手を握り返すと「そういえば」と言って、踵を返す様に振り向いた。
「私が、サテラだ。」
「――えっ……?」
言葉を失ったベイルへ微笑み、サテラは浮かび上がりながら叫んだ。
「治ると良いなぁ~、その難儀な性格もさぁー!!」
『・・・・えっ?えぇえええええええ!!!!!??????』
つむじ風に舞い上がる軽やかな木の葉のように、上空へ浮かび上がったサテラは『カラビナ』の一団の中へ身を投じる。
「団長。命令を」
「やっと正解だよ。全くさぁ、聞いてくれよオリバー。カンルったら何回私の事を団長と言いかけたか……。」
カンルはバツの悪そうな顔を浮かべ、サテラを催促する。
「命令は、」
「はいはい、っと。総員、久方ぶりのオペレーション:Omega:Ⅲ《オメガ=スリー》だ。憶えているだろうな?ずばり手筈通り、目的に際し対象を――」
サテラの元に魔力が集まる。
『剿滅する。』
気取った様に巨神兵が上空を見合せる。まるでその地は地獄のようで、それを見下ろす最強の少女は、ポケットに忍ばせていた岩の塊を地面へ放った。
「総員、迎撃陣。サテラを守れ。」
『――了解ッ!!!』
「おぉう、苦しゅうないね。」
楽観的な言葉を挟み、サテラと呼ばれた少女は両手を前に突き出し固有魔法を唱える。それはかつて、要領の悪さと戦闘に不向きな特性から最弱と揶揄された魔法。
『扉魔法:五角形=エクステンション』
彼女が唱え発動させた魔法陣へ、放った手のひらサイズの岩石が吸い込まれ、上空から天を覆う程のサイズになり再度現れる。それは自由落下の速度のままに落ちてはまたワープゲートに呑まれ上空へ出現。巨大化した岩石には幾度となく『高さ』が加算されエネルギーが増していく。落ちては現れ、落ちては現れ。
『併用・三角形=アクセラレーション』
残像だけが残り、巨大な円柱と化した岩石の真下にそれは展開される。岩石を通過させるほどの巨大な三角の形を成す上下二つのゲートが、それぞれ逆方向にスピンを繰り返し、限界まで何かを絞り上げるようにギチギチと回って止まった。
「もういいかッ、サテラ!!」
汗を振り撒きながら、強烈な熱光線を折り曲げる様に『カラビナ』の隊員は杖を振るう。何度も放たれた光線は鏡に反射するかのように、杖を前にして四方へ散りながら消失。そしてまた放たれ消失を繰り返す。
「うん、もういっかな。壊れるでしょ、こんなん当たれば。」
圧倒的質量の着地点を気取ったかのように、巨神兵は神殿へ結集する。しかし、サテラは敢えてそれを見届けると、巨神兵らの集まった神殿目掛け、さも楽しそうに両手を振りかざした。
『大・団・円ッ!』
刹那、五角のゲートは三角の上部のゲートと結合し、弾丸のような横回転を交え、爆発的に速度を上げた岩石が下部のゲートから、射出された。




